『silent』想が「また好きになれてよかった」と言えるラストを待っている

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『silent』想が「また好きになれてよかった」と言えるラストを待っている

主人公の青羽紬(川口春奈)だけじゃなく、戸川湊斗(鈴鹿央士)や桃野奈々(夏帆)、春尾正輝(風間俊介)、そして佐倉律子(篠原涼子)と、取り巻く人々ひとりひとりの胸の内を、まるでそれぞれが主人公のように丁寧に描いてきた『silent』(フジテレビ系、毎週木曜22:00~)。

となると、やっぱり最後は佐倉想(目黒蓮)しかいないだろう。自分の耳がいつか聞こえなくなると知り、誰にも何も言わず姿を消した想。『silent』第10話は、ずっと胸に秘めていた想の葛藤に光が当たった回だった。

『silent』が描く変わったものと変わらないもの

湊斗は言っていた、想はポニーテールが好きだと。

キッチンに立つ紬のポニーテールに、まるで猫じゃらしに戯れる猫のように、想はちょっかいをかける。きっと想はこうやってじゃれるのが好きで、だからポニーテールが好きだったんだろうな。と、決して目にしてはいない2人の高校時代を思い出したような気持ちになった。

でも次の瞬間、あの頃との違いを突きつけられる。「やめて」と笑いかける紬の声は聞こえない。笑い声も聞こえない。ただ唇を動かしているだけ。あの頃と同じような場所まで2人が戻ってきたからこそ、わかる。もうあの頃とは違うんだということが。

ずっと『silent』は、変わったものと変わらないものを描いてきた。8年経って、想は耳が聞こえなくなった。病気は、想の世界を変えてしまった。電話もできなくなるし、一緒に音楽も聴けなくなる。2人で共有したいろんなものがもう分かち合えなくなる。それがわかっているから、想は別れを決めた。

それから8年経って、音のない世界と、音のする世界の間に引かれた線を、2人は一緒に乗り越えたんだと思っていた。だけど、そんなに簡単なものではなかった。だって、一緒にいればいるほど、あの頃との違いがどんどん目につくから。いくら映画を観たいと言っても、バリアフリー上映に対応している映画は限られている。昔みたいに、紬が自分の名前を呼ぶ声を聞くことだってできない。そして、その違いは、少しずつ、でも確実に想を苦しめていく。

「青羽の声がどうしても思い出せない」

あの告白は、どんなに辛かっただろう。目の前にそこにあるのに、他の人はみんな“普通に”聞いているのに、自分だけが聞くことができない。二度と手に入れることができない。単純に、この世から影も形もなく消えてしまったのなら納得できる。でも想の場合は違う。今もそこにある。なのに自分だけふれることができない。その喪失が、どれだけ苦しいものなのか。僕たちは、想像することしかできない。

声が聞きたい。そう言われた紬の心だって、どれほど辛いことだろう。抱きしめてほしいと言われたら、いくらでも抱きしめてあげられる。キスをしてほしいと乞われたら、夜ごと飽きるまでくちづけを交わすだろう。でも、声を聞かせてあげることはできない。自分がどれだけ頑張っても、できない。自分は持っているのに、それを大切な人に与えることができない。その苦しみの深さもまた、僕たちは想像することしかできない。

声が2人をつなぐ大切なものだったからこそ、その大切なものを失ったまま、もう一度手をつなぐことなんてできない。この第10話は、変わってしまったものの重さを、改めて観る人たちに突きつけるような回だった。

変わらないものを抱きしめて生きていく

でも思う。変わってしまったものは、確かにもう戻らない。僕たちはいろんな喪失や変化を抱きしめて生きていくしかない。

けれど同じように、変わらないものもたくさんある。CDのケースと中身が違うちょっと大雑把な紬の性格も、それを人にせいにしたり言い訳したりする憎めなさも、想と会うときに前髪を気にするいじらしさも、8年前と何も変わらない。そういう変わらないものを抱きしめて生きていくことだってできるんじゃないだろうか。

たとえば、湊斗の声は聞こえない。だけど、LINEで「想!」と呼びかけることで、あの頃みたいに想は悪戯っぽく振り返った。そんなふうに、変わったものもあるけれど、変わらずにそこにあるものもきっとある。

思えば8年前の冬、何の不安も疑いもなく幸せを噛みしめていたあの冬、2人の頭上には雪が舞っていた。紬は興奮して、今日、サッカーをしたらどんどんボールが大きくなるね、と目を輝かせた。たぶん雪だるまみたいにボールが大きくなることはないと思う。でも、きっと紬は今もそう信じているんじゃないかな。その無邪気さは、8年経っても、100年経っても、変わらないと思う。

あの頃と同じように雪はこの冬を彩るだろう。それは、何があっても変わらない景色だ。音のない雪は、ただ静かに2人の肩に降り積もる。そんな雪を見て、あの頃と変わらずに笑い合うことができたら。きっと、紬も想も変わらないものに気づくことができるんじゃないかな。

たくさんの人の心を震わせた『silent』もあとは最終話を残すのみ。2人はどんな結末を迎えるのだろう。想像するだけで、息が止まりそうになる。

でも少なくとも、今までたくさん泣き顔を見てきた2人だからこそ、最後は笑顔でいてほしい。

これもまた、僕たちにとっての何があっても変わらない願いだ。

想に「また好きになんてならなきゃよかった」なんて言ってほしくない

そんな紬と想を軸にしつつ、10話ではこれまで描かれてきた登場人物のその後もまた印象的に描かれていた。

特に心に残ったのは、奈々と春尾だ。春尾が手話通訳士になったら、手話はできるのは一緒だけど、自分に通訳はできないことを思い知らされる。できること/できないことの溝の深さを目の当たりにすることが嫌で、奈々は春尾を拒絶した。それは、僕には想像できなかった心情で、改めて見えている世界の違いに気づかされた。

その一方、湊斗も加わった居酒屋で、湊斗には伝わらない手話で本音をポンポンと繰り出す奈々は、なんだかすごく可愛くて、リュックの口をわざと開けているよりもずっとチャーミングだった。たぶん8年前の奈々は、あそこまでタフな性格じゃなかったと思う。たくさん辛い思いをして、失恋の傷も味わって、奈々は強くなった。より魅力的な人になった。

そして、そういう奈々だから、8年前には自ら閉ざした春尾との道を進むことだってできると思う。きっと恋とか出会いとか、そういうのはタイミングで。8年前に叶わなかったことが、今だから叶うことだってたくさんある。

奈々は言った。湊斗がいなければ春尾と再会できなかった。それだけは感謝していると。

世界には80億人の人がいて。その中で知り合える人なんてごくわずかで。心を通い合わせる相手に絞れば、もっともっとわずかで。一度は結ばれた2人がまた再会できたことは本当に奇跡みたいなことだからこそ、想に「また好きになんてならなきゃよかった」なんて言ってほしくない。

もう一度、出会えてよかったと。また好きになれてよかったと、想が心から言える、そんなラストを、みんな、みんな待っている。

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