全員が物語の主人公『silent』が今多くの人に愛される理由

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全員が物語の主人公『silent』が今多くの人に愛される理由

silent』(フジテレビ系、毎週木曜22:00~)を観ていると、世の中に「脇役」なんて登場人物はいないと確信させられる。

みんなが、それぞれ自分の物語の主人公として生きている。叶わなかった夢も、実らなかった恋も、悲しいけれど、無駄ではない。

図書館でおかしそうに笑う奈々(夏帆)を見て、そんなことを思った。

奈々の長い片想いの終わりにあったもの

奈々はずっと夢見ていた。自分の耳が聞こえて、想(目黒蓮)の耳も聞こえて。電話をしたり、2人で手をつないで、何でもない話をしながら歩いたりする夢を。それは一生叶わない、誰に明かすこともない夢だった。

でも、同じような夢を想も見ていた。あの告白は、奈々の長い長い片想いの終わりを飾るエンドロールだ。好きな人が、自分の夢を見ている。それだけでもう何でもない日にもらったプレゼントみたいにうれしいのに、その夢が自分の見た夢とすごく近いものだったなんて、2人で撮った写真みたいに大切にアルバムにしまいたくなる。夢が潜在意識の表れだとしたら、想もまたひそかにそんな世界線に憧れていたということ。その事実だけでもう十分だ、たとえ同じ未来を歩くことはできなかったとしても。

奈々は、想の声を聞いてみたかった。他の人はみんな想の声を聞くことはできる。でも、自分は絶対に聞くことができない。どんなに望んでも手に入らないもの。想の声は、一生解読できないパスワードみたいだった。

でも、今回、何があっても他の人が手にできない、自分だけのプレゼントを奈々はもらうことができた。それが、自分の声だ。想が夢の中で聞いた、奈々の声。どんな声色かはわからない。再現だってできない。想の頭の中にあって、他の誰もそれに手を伸ばすことさえできない。まるで幸福な暗号のように、誰にも知られず、2人だけで分かち合う。そんな秘密を持てた奈々の片想いはきっと悲しいだけじゃない。きっといつか笑って話せる恋になる。

あの図書館のシーンが示す、分断の先にある希望

奈々は、聾者と聴者と中途失聴者、みんな違うからわかり合えないと思っていた。それは本当にそうで、耳が聞こえる/聞こえないにかかわらず、僕たちはきっと誰も誰とも本質的にはわかり合えないものなんだと思っている。

でも、図書館での想とあの子どものやりとりは、わかり合えない僕たちの道に射した、かすかな光だった。子どもの身振り手振りを見て、本棚にある本を取ってほしいんだろうなということまではわかる。でも、その本がどれかは想にはわからない。筆談にしたら、この子には伝わるだろうか。あるいは、他の人を呼んできた方がいいのだろうか。咄嗟に、いろんなことを考えた。

そんな中、想は思いついたように、子どもを抱き上げた。そして、指差しをしながらどの本か確認する。あの光景が、なんだかとても美しくて、特別泣けるシーンではないはずなのに、気づいたら涙がこぼれていた。

僕たちの間はいくつもの川で隔てられていて、大人になればなるほどその川を渡る勇気すら持てず、対岸にいる人と関わりを持つことをあきらめてしまう。川があること自体を無視はできないと思う。僕たちはやっぱり人それぞれ違っていて、違いを軽視することは、その人のオリジナリティを軽視することになる。

でもその川は意外と足を上げれば、ひょいとまたぎ越せるものでしかなくて、僕たちはわかり合えないまま、それでも共に生きていくことだってできるんじゃないかな。大袈裟かもしれないけど、図書館のあのシーンを見て、そんな希望さえ感じた。

話す言葉が違っても。抱える痛みが違っても。目線の高さを揃えれば、同じ景色は見られる。一緒に笑い合うことだってできる。子どもを抱きかかえながら、屈託なく笑う想を見て、強張っていた肩の筋肉がすっと緩んでいくような気持ちになった。

きっと奈々も同じだったんじゃないかな。だから、「使い回された」と思った手話を「お裾分けした」と言い換えられるようになった。想に教えた手話が、想を起点に少しずつ他の人に広がっていく。そうやって川に橋を架けるように、想が孤独ではなくなっていく。初めて出会ったときの塞ぎ込んでいた想から、自分しか話し相手がいなかった想から、少しずつ変わっていく。それはちょっと寂しいけど、幸せなことだ。そして、そんな想の幸せが、自分が教えた手話から始まっていくなら、心を曇らせるものなんて何もない。そう思えたから、奈々もまたあんなに自然に笑えるようになったんだと思う。

まさかこんなに奈々のことを好きになるなんて思いもしなかった。リュックの口をわざと開けている場面を見たときは、ちょっとあざとい子だななんて警戒したのに、想から向けられる眼差しが恥ずかしくて、本で顔を隠すところなんてもう愛らしくて仕方なかった。もしかしたら奈々は、紬(川口春奈)や他の別の誰かに憧れたり羨んだりしたのかもしれない。でも、どうか覚えていてほしい。奈々もまたこんな女の人になりたいなと思う、素敵なヒロインだった。

そして、紬と想の時間が今再び動き出した

そして、紬と想の間に横たわる川にも、ひとつの橋が架かった。声で話そうとする想を止め、無理に喋らなくてもいいと紬は伝える。「声好きだったけど、それは本当だけど、でも声以外も好きだから」と。手話は使っていない。想には伝わるはずのない言葉。でも、想にはちゃんと伝わった。紬の想いが届いた。

これは、1話の再会のシーンと対になるような場面だった。あのとき、想は「声で話しかけないで」と言った。何も聞こえない紬の言葉を「うるさい」と跳ねのけた。でも、今は違う。何も聞こえない紬の言葉が、ちゃんと届く。胸に響く。きっとそれは、わかり合えない者同士が、お互いの中にある痛みを想像しながら、それでも寄り添おうとしたから。だから、紬の言葉が伝わったんだと思う。

8年分の空白を超えて、今ようやく2人の時間が動き出した。どうかこの先、ひとつでも多く幸せな瞬間が2人の道に降り積もりますように。

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