『下剋上球児』鈴木亮平“南雲”に無免許という重い設定を課した理由

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『下剋上球児』鈴木亮平“南雲”に無免許という重い設定を課した理由

人は、いつか自分の犯した罪を償うときが来る。

教員免許偽造という、決してやってはいけないことをやってしまった南雲脩司(鈴木亮平)もまた贖罪のときを迎えようとしている。第1話の段階で視聴者が予想した筋書きとはまったく違う方向に進んでいる日曜劇場『下剋上球児』(TBS系、毎週日曜21:00~)。はたしてこの道の先には何が待っているのだろうか。

私たちは、南雲を許すことができるか

南雲は、教員免許を持っていない。その衝撃の事実が発覚して以降、視聴者の心は真っ二つに引き裂かれていた。どんなに南雲がいい先生でも、いや、いい先生であればあるほど、教員免許偽造という罪が重くのしかかってきてストーリーに入り込めない。生徒たちが頑張れば頑張るほど、やがて訪れるであろう偽教師発覚という展開が脳裏をちらついて、純粋に感動できない。

制作者たちが仕込んだ最大級の爆弾は、胃の縮むような緊張感をもたらす一方、ドラマを楽しむ上での足枷にも感じられた。教員免許偽造という設定は不要。もっとシンプルに高校生の青春を追いかけたい。そんな声も散見された。

だが、第4話まで終えて、そうしたハウリングが発生することも十分に覚悟した上で、教員免許偽造という十字架を南雲に背負わせたのだなと確信した。つくり手たちがこの作品で挑もうとしているものは何か。

それは、人はやり直せるのか、というテーマだ。

不寛容社会、という言葉が広まって久しい。今の日本は、やり直しが認められない社会だと言われている。一度過ちを犯した者は再起不能になるまでバッシングを浴びる。叩いた側は責任なんて一切とらない。正義感という名の憂さ晴らしをしているだけ。川に落ちた犬を棒で叩き、飽きたらまた次の獲物を探す。そんな醜悪な光景が、まるで恒例行事のように繰り返されている。

とは言え、あくまで見ず知らずの他人へのバッシングに血道を上げているのは、ごく少数のネット中毒者だけ。多くの人は、閉塞的な監視社会を苦々しく思っている。そう思い込んでいた。

だけど、南雲に対して湧いてくるモヤモヤに、少なからず正義中毒の萌芽が含まれていることに気づいて、背筋が凍った。人は誰だって間違いを犯す。それなのに、主人公には純粋でいてほしかったと強要するのも勝手なエゴだ。主人公はこうあるべきという願望を押しつけているだけで、それは自分の正義に他者を当てはめ、枠からはみ出る者を罪人のように叩く人たちと大きく違わない。

むしろ人は間違いを犯す生き物だからこそ、過ちを認め、罪を償った上で、どう再起するのか。注目すべきは、そこなんだろう。

そして、このドラマが南雲を通して描きたいのもまた、人はどうやって再び立ち上がるかということなんだと思う。

教員職員免許法違反に、有印公文書偽造。南雲に前科がつくことは、もはや避けられない。教壇に立つことはもうないだろう。生徒からも保護者からも信頼の厚かった南雲だが、おそらく潮が引くように人は遠のく。野球部の部員たちだって、今までのようには慕ってくれないかもしれない。南雲の咎を考えれば、ある程度は当然の報いなんだろう。

だが、罪を犯したからと言って南雲の全人格が否定されるわけではない。南雲が誠実で思慮に富んだ温かい人であったことは事実だ。南雲は偽教師だったけど、南雲と過ごした日々がすべて偽りだったわけではない。

そして、南雲の人生はここで終わるわけでもない。批判の嵐をくぐり抜けたその先も南雲は生き続けなければならない。では、そのときにどういう道を選ぶのか。そして、彼の選択を人は受け入れることができるのか。問われているのは、そこだ。

2年後の夏、越山高校のベンチに南雲がいることはもう明示されている。つまり、南雲が監督として再合流することは既定路線。その道筋を私たちははたして許すことができるのか。

『下剋上球児』は、人はやり直せるかを描いたドラマであり、罪を犯した人を許せるかを問うドラマでもある。「下剋上」がかかっているのは球児だけじゃない。地に落ちた南雲の「下剋上」の物語なんだと思う。

そういう意味では、非常に今やるべき作品だと思うし、この作品が放つメッセージは意義深い。この挑戦がはたして大衆に受け入れられるかどうか。ザン高野球部の勝負の行方以上に気になってきた。

叶わなかった目標と、叶えることができた夢

また、新生ザン高野球部の1年目の夏は儚く終わった。「夏に一勝」の目標を叶えることなく、1回戦で敗退。日沖誠(菅生新樹)ら3年生は引退を迎えた。

「玉拾いでいいから、みんなで野球やりたいなと思ってて」

ずっとひとりで素振りをしていた誠にとって、みんなで野球をやれるだけでうれしかった。「夏に一勝」の目標が叶わなくても、自分が選手として立つことはなくても、それだけでもう十分だった。なぜなら、誠の夢はもうすでに叶ったから。みんなで野球をやる。それが、誠のすべてだった。

だけど、弟の壮磨(小林虎之介)は自分が兄の夢を潰したと責めていた。兄にバットを振ってほしかった。だから、野球部に入ることを決めた。兄の夢を受け継ぎ、弟が「下剋上」へ。ザン高野球部はどんどん変わりつつある。

強くなっていくということは、時に残酷だ。今回、1回戦で敗れたものの、ナインの表情に悲壮感はなかった。なぜなら今まで9回まで試合ができたことがなかったから。彼らにとっては「夏に一勝」よりも、コールド負けせずに最後まで試合ができることの方がよっぽど現実的な目標だったのかもしれない。

でも、強くなっていくと、そうは言っていられない。強くなればなるほど、敗北の傷は深くなる。悔し涙を流すことだってあるだろう。来年の夏は、1回戦で負けたら笑ってなんていられなくなる。今は眩しすぎるくらい明るいザン高野球部の顔つきがこれからどんなふうに変わっていくのか。2年目の彼らの表情の変化を追うのもまたこのドラマの楽しみのひとつだ。

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