名作『ROOKIES』から15年…『下剋上球児』に見る令和らしさ

公開:
名作『ROOKIES』から15年…『下剋上球児』に見る令和らしさ

「野球、楽しー!」

土埃舞うグラウンドにその声が弾けた瞬間、目の前が涙で熱くにじんだ。それは、無我夢中になって野球をする彼らの熱量に、観ているこちらの体温まで上げてしまったから。

走り出した越山高校野球部。日曜劇場『下剋上球児』(TBS系、毎週日曜21:00~)第2話は、その軌跡が美しいダイヤモンドを描いた回だった。

ひねくれたやつがいないのが、このドラマの美点だ

それは、“幻の1点”だった。

強豪・星葉高校野球部との練習試合。地元の選りすぐりが集められた強豪校の1年に、越山高校は歯が立たない。エース・犬塚翔(中沢元紀)は序盤こそ好投するも、打者が一巡した4回表、容赦なく打ち崩され、ノックアウト。点差は5-0に広がった。

だけど、暗い顔をしている人なんていなかった。「まあ、負け慣れてますから」と3年・長谷川幹太(財津優太郎)は笑う。やる気に欠けるところは難点だけど、意外とひねくれたやつがいない。みんな、素直でいい子だ。同じ高校野球ということで、『ROOKIES』(TBS系)と比較する声も上がっているが、この屈託のなさこそがこのドラマの令和らしい特徴であり、美しさと言えるだろう。だから、“画面越し”という観客席にいる僕たちも、彼らに力いっぱいエールを送れる。

突破口を開いたのは、野球初心者の1年・椿谷真倫(伊藤あさひ)だった。事前に決めたサインさえ頭から飛んでしまうほど緊張している。でも、意気込みだけは十分だ。

短く握ったバットを振る。目を瞑って振ったら当たっただけのまぐれ当たり。「経験ない分、想定外の動きが出る」。星葉高校野球部の監督・賀門英助(松平健)の言葉通りだ。

不細工なヘッドスライディング。審判のコールは、セーフ。俺だってチームの力になりたい。椿谷の不器用な懸命さがそのまま形になったようなヘッドスライディングに涙腺が緩む。

そして、伝令係として駆り出された俊足・久我原篤史(橘優輝)が代走。楡伸次郎(生田俊平)のバントで1塁から一気にバックホームまで駆け込んだ。ダイヤモンドを駆け抜ける久我原は、まるで流れ星みたいだった。それは、まばたきひとつの間に過ぎ去っていく青春の日々のようで、その美しい走りに瞼にたまっていた涙が一気にこぼれ落ちた。

判定は、3塁の踏み忘れでアウト。逆襲は、幻に終わった。だけど、落ち込んでいる人なんて誰もいない。みんな、興奮で目をキラキラと輝かせていた。だって、彼らは1点以上に価値のあるものを、あのホームインで得たから。それは、野球って楽しいという喜び。自分たちはやれるという自信。

「コーナー意識しすぎた」

陸上経験者らしい久我原の一言に、みんなが笑う。失敗を責めない。トライを称える。その空気感が、眩しい。「ザン高」は決して「ザコ」なんかじゃない。優しくて、明るくて、へこたれない、いいチームだ。

弱さを知った犬塚は、きっともっと強くなれる

この試合が越山高校野球部にくれたのは、野球の喜びだけじゃない。大きく変わったのは、犬塚だ。賀門も認める実力者は、チームのレベルの低さに辟易としていた。頼れる人なんて誰もいない。自分ひとりで戦うしかない。心の中で悪態をつき、南雲脩司(鈴木亮平)のサインさえ無視する。プライドが、犬塚の視界を塞いでいた。

けれど、そのプライドは星葉高校野球部の猛打に打ち砕かれる。学力は、星葉高校に通用しなかった。でも、野球なら負けない。そう信じていたはずなのに、渾身の球は呆気なくスタンドへ。

「そうか、野球もか」

絶望に打ちひしがれた犬塚を、あえて顔のアップではなく、遠景でとらえる。そのルーズショットが、犬塚の無力さを強調し、やるせなくなる。

リリーフの根室知廣(兵頭功海)によってピンチを切り抜けた後も、犬塚の顔は浮かない。そのとき、キャッチャーの富嶋雄也(福松凜)が景気づけるように犬塚の尻を叩く。まっすぐな瞳だ。もしかしたら犬塚はこのとき初めてちゃんと富嶋の顔を見たんじゃないだろうか。練習では、犬塚の球をとりこぼしていた。バッテリーなんて信頼を、犬塚は持っていなかった気がする。

でも、いつも真正面から犬塚を見ていたのは、富嶋だ。球を受ければ、気持ちなんてすぐわかる。富嶋だけじゃない。「すみません」と謝る犬塚に、「周り見てみろ」と南雲は言う。みんなが澄んだ目で犬塚を見ている。だって、知っているから。犬塚がどれだけ必死に投げていたかを。後ろで守っていた仲間だから、ちゃんとわかっている。

野球は1人でやるものじゃない。ありきたりな言葉を、犬塚は改めて噛みしめる。倒れそうなとき、歯を食いしばる力を与えてくれるのは、仲間なのだ。感極まったように頷く犬塚は、もう今までの犬塚ではないだろう。犬塚もまた素直だ。鼻持ちならないお坊ちゃんじゃない。自分の弱さをちゃんと認めることができる。そして、自分の弱さを知った人は、もっと強くなれる。犬塚の3年間は、ここからだ。

根室に渡したグローブは、南雲の「決別」のメッセージだった

思わぬポテンシャルを示した根室にも泣かされた。両親を失った根室の日々は決して楽なものではない。祖母の介護のために学校を休み、バイトに明け暮れる。昨今、ヤングケアラーという言葉が広く知れ渡るようになったが、根室のように家庭の事情で青春を犠牲にしなければならない子どもたちはこの国にたくさんいる。部活は、もはや贅沢品なのかもしれない。

だけど、根室は泣き言を言わない。真面目にコツコツと努力ができる根室だから、大事な場面で力を発揮できた。そして、決して目立たない根室の良さをちゃんと見ている人がいることに救いを感じる。南雲の目は、いつも温かく生徒を見守っている。

「俺、何もお返しできやんです」。硬球用のグローブを譲り渡された根室は、泣きそうな顔で戸惑う。それに、南雲は答える。

「大人になってから、誰かに何か返せばいいんだよ」

なんていい言葉だろう。きっと子どもたちは思うはずだ、南雲先生みたいな大人に出会いたいと。そして大人たちは思うだろう、南雲先生みたいな大人になれているだろうかと。

自分は一切見返りを求めない。自分がしたことがめぐりめぐって、また別の誰かへと広まっていけばいい。そうすれば、きっともっと世界は優しいものになる。その姿を見せることが、大人の使命なのだ。

鈴木亮平の南雲先生は、鈴木本人の持つ知性や思慮深さ、柔らかな物腰、いろんなものが相まって、もうそこにいるだけで頼れる存在感を放っている。

だが、根室に渡したグローブは、南雲にとって「決別」の意味だった。南雲は、山住香南子(黒木華)に部を去ると伝える。なんと南雲は教員免許を持っていないという。仏のような南雲の犯した不正に言葉を失ってしまった。一体ここからどうやって南雲は2年後の甲子園へと辿り着くのだろうか。

一方、日沖壮磨(小林虎之介)にも波乱の気配が。爽やかな感動の中に、不吉な展開が入り混じる『下剋上球児』。確かな安定感と思わぬ意外性のミックスが、「次も早く観たい」という期待を掻き立てる。

約17分にわたって繰り広げられた試合シーンも臨場感抜群。たとえ野球を知らなくても、ルールがわかなくても、つい惹き込まれる吸引力がある。この秋いちばん熱い青春は、日曜夜9時だ。