『下剋上球児』鈴木亮平“南雲”が解き放つ、封印した夢への情熱

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『下剋上球児』鈴木亮平“南雲”が解き放つ、封印した夢への情熱

「返すぞー、まずは1点!」

あの瞬間、空気が変わった。あきらめかけていた球児たちの闘争心に火が灯った。

こうやって人の心を動かすことができる人を、先生と呼ぶのだろう。この人がベンチにいてくれるから、みんな胸を張ってグラウンドに立つことができるのだろう。

動きはじめた新生・越山高校野球部。初の試合は黒星に終わったけれど、それはやがて訪れる“下剋上”に向けての未来ある敗北となった。

世の中には、夢を追う者と夢を笑う者がいる

夢と聞いたとき、人は2種類に分けられる。絶対に叶うと信じて突き進む人と、バカげた話だと笑う人だ。

練習に出ているのは、3年生で主将の日沖誠(菅生新樹)だけ。他は、やる気のない幽霊部員ばかり。指導者もいない。練習場もない。どこにでもいる弱小野球部に、突然“神風”が吹いた。

強豪野球部に入るはずが、学力不足で叶わず、不本意ながら越山高校に入学することになった名門クラブチームのエース・犬塚翔(中沢元紀)。孫を溺愛する地元の大地主・樹生(小日向文世)は専用のグラウンドを建てて、度を超えた応援を始める。

「ここから甲子園行こう」

興奮する樹生に、主人公・南雲脩司(鈴木亮平)は言う、「なにバカなこと言ってるんですか」と。このときはまだ南雲にとってバカげた話だった、こんな弱小野球部が甲子園に行くなんて。

かつては自らも甲子園を目指した球児だった。けれど、忘れたい過去とともに野球への情熱は封印した。もう野球に関わるつもりもないはずだった。

だけど、どんなに理性の錠をおろしても、本能は嘘をつけない。体が、泥にまみれて白球を追いかけた日々を覚えている。誠がひとりでバッティングの練習をしているのを見ると、つい体が反応する。翔の投球練習を見ないふりして、でも目が吸い寄せられる。細胞に染みついた野球への愛が、なくしたはずの夢を取り戻すように疼き出す。

それが爆発したのが、地元の草野球チーム・越山ドーマーズとの練習試合だった。試合は、6回表が終わって、8-0。守備も攻撃も穴だらけの越山高校野球部に勝ち目なんてなかった。「まだ終わってない。こっち若いからね。夢があるから!」と言い張る樹生に、大人たちは「夢ってね」と鼻で笑う。

その瞬間、重く閉ざされていた南雲の錠が外れた。「返すぞー、まずは1点!」と叫んだ南雲は、「なにバカなこと言ってるんですか」と呆れたような声を出したときとは、もう別人の顔をしていた。自分でもバカだとわかっている。それでも、はち切れそうな想いを止めることはできない。だって、南雲もまた“球児”だから。

この南雲の咆哮こそが、第1話のハイライトだった。監督を引き受けるのは、あくまで誠ら3年生が引退する夏までの期限付き。だけど、きっと南雲はまた野球にどんどんのめり込んでいくだろう。そしていつか、樹生に迫られたからではなく、自分の口から言うはず、「ここから甲子園行こう」と。

下剋上球児』(TBS系、毎週日曜21:00~)は、20年前に夢をマウンドに置いていった男が、再び夢を掴むための物語だ。

野球を見ているときは、どんな大人も少年少女の顔になる

もう一つのハイライトは、誠だろう。他の部員たちが部活に来なくなっても、ひとりずっと練習に励んでいた。動画をまわし、自らのバッティングを確認する。その素朴な顔つきから、野球が好きで好きでたまらないことが伝わってくる。

だけど、試合で一度もヒットを打てたことはない。周りは、誠の報われない努力を笑うだけ。それでも、誠はあきらめなかった。新入部員の面倒を見、幽霊部員たちが試合のときだけやってきても愚痴も皮肉も一切言わない。野球ができる。ただそれだけで、誠はうれしかった。

そんな誠に訪れた運命の場面。楡伸次郎(生田俊平)の二塁打で初めての走者が出た。「まずは1点」。南雲の言葉を実現するチャンスがやってきた。ネクストバッターズサークルにいた誠が「キャプテン」という南雲の掛け声に応えるように立ち上がる。

意気込みとは裏腹に、その顔はプレッシャーで押し潰されそうだ。今にも泣き出しそうな顔でバットを振る。あっという間にツーストライク。ダメかもしれない。やっぱり努力が報われることなんてないのかもしれない。

でも、そのとき、頭の中でよぎった、南雲に教えてもらったバッティングフォームが。ずっとひとりで練習してきた誠は、誰かに野球を教えてもらうことさえなかった。だから、あんな何気ない瞬間でさえ、うれしい思い出だった。軸足を回し、グリップをキャッチャーの方に引く。大きく振ったバットが、ボールをとらえた。目の覚めるような、金属バットの打球音。笑われ続けた誠の、初めてのヒットだった。

こういう胸揺さぶる瞬間があるから、高校野球はたくさんの人の心をとらえて離さないのだろう。たった1本のヒットに、その選手が積み重ねてきた日々を感じるから、熱い涙がこぼれるのだろう。

ベンチが湧く。みんなが飛び上がって笑顔になる。野球を見ているときは、どんな大人も少年少女の顔になる。それが、いとおしい。きっとテレビの前にいる僕たちも同じだろう。仕事や勉強、家族のこと。やらなければいけないことは、みんなそれぞれたくさんある。でもこの瞬間、テレビの前で彼らの野球を見ている瞬間だけは、現実を忘れて熱くなれる。

『下剋上球児』は、そんなドラマだ。

ただ好きなことに打ち込める日々を、青春と呼ぶ

個人的には、試合終了後に越山ドーマーズが言った「ええのう、お前らは毎日野球やれて」という台詞が心に残った。大人になると、好きなことだけに時間を費やすことはできない。もちろん高校生だって勉強や家のこととかいろいろあるけれど、それでも時間という意味では大人たちよりずっと自由だ。きっと部活に打ち込んだ多くの人たちが、卒業したあとで、あんなにもただ部活のためだけに過ごした日々を貴重に思うだろう。そういう1日1日を青春と呼ぶ。

だが、どうやらただの青春野球ドラマというわけではなさそうだ。生徒とも保護者とも厚い信頼を築いているように見える南雲だが、すでに退職を決めているという。次回予告で、山住香南子(黒木華)が「犯罪では」と遠慮がちに尋ねていた。あれは、南雲に向けた言葉だったのか。だとしたら、南雲はどんな秘密を隠しているというのだろうか。

球児たちのドラマも気になる。おそらく今後クローズアップされてきそうなのは、根室知廣(兵頭功海)だろうか。往復4時間かけて通学する苦労人。真面目で、少し臆病そうにも見える根室が部を支えるキーマンになっていく気がする。実力はあるものの、いかにも問題児らしい誠の弟・壮磨(小林虎之介)も台風の目となりそうだ。初心者の椿谷真倫(伊藤あさひ)がなぜゆくゆくは主将になるのかも気になる。

ドラマの格調を高めるのは、三重の豊かな自然を切り取ったスケールの大きい映像美や、エモーショナルな印象を残すスローモション。プロデュース:新井順子、監督:塚原あゆ子、脚本:奥寺佐渡子の『最愛』トリオだが、女性3人が日曜劇場でスポーツものをやるというのも、新しい時代の風を感じる。

期待を裏切らぬクオリティの高さは、もはや連ドラ界のエースと呼んでいいだろう。ここからどんなドラマを見せてくれるか。さあ、締まっていこう!