『あなたがしてくれなくても』不倫を純愛に見せる岩田剛典“新名”のポテンシャルと、それぞれの「離婚」宣言

公開:
『あなたがしてくれなくても』不倫を純愛に見せる岩田剛典“新名”のポテンシャルと、それぞれの「離婚」宣言

二組の夫婦が離婚をめぐり向き合うシーンをみて、演技の山場をここに持ってきたんだなと感じた。それぞれ真に迫る演技で、思わず息を呑んでしまった。6月8日放送の『あなたがしてくれなくても』(フジテレビ系、毎週木曜22:00~)第9話は、吉野みち(奈緒)と陽一(永山瑛太)、新名誠(岩田剛典)と楓(田中みな実)がついに本音で語り合う。それぞれの夫婦にとって「離婚」は前向きな決断となるのだろうか。

優しさがゆえに相手を傷つける、まっすぐな新名

新名は誰にでも優しい。はにかんだ顔で、どんな人でも魅了してしまう。これなら営業成績がいいのだって納得感がある。きっとすごい人たらしだ。本人はそんな自身の魅力に気づいていなさそうなぐらい不器用なところも、余計に女心をくすぐるポイントだろう。

でも、「誰にでも優しい」はいいことばかりではない。恋愛ドラマの金字塔『ロングバケーション』で木村拓哉が演じた瀬名秀俊も優しい人だった。そしてこんなことを言われてしまう。

「瀬名さん、いい人だけど、いい人で優しいけど、いろんな人に優しくて、いろんな人ちょっとずつ傷つけてるんですよね」。

これは核心をついた台詞だった。新名も結局、楓のこともみちのことも優しくすることで傷つけている。

楓が家を出ていった夜、新名はキッチンでカップラーメンを立ち食いしていた。いつも食べている手の込んだ料理をみると、生活水準に合わせて食べる物には毎日気を使っているのかと思っていた。でも、料理は本当に楓の美と健康のためにがんばっていただけだったのか。なんだか泣けてくる(それでもカップ麺を作るのにきっちりタイマーをかけるところはやはり新名らしい)。

だからこそ楓に連絡を入れてほしかったが、もう本当に気持ちがないのだろう。楓が出ていったあとのみちとの接近はバレやしないかとヒヤヒヤしてしまったが、そんな心配をよそに二人の時間はほほえましく流れる。

きっとはたからみたら二人はただのカップルで、ここだけみたら普通の胸キュン純愛ドラマだ。これが日陰の恋だなんて、到底思えない。まったくじめっとしていない。爽やかな風が吹きまくっている。

不倫モノといえばドロドロとした作品が多いなか、本作がそれをうまく避けられているのは岩田剛典という俳優を起用したおかげだろう。万人が好きな柔軟剤のような香りが漂ってきそうな清潔感、職業由来のきめ細やかな身のこなし、甘やかでムーディな声、笑った犬のような表情……こんなの「善」でしかない。新名は不倫モノの湿り気を取る除湿剤の役割も担っているのだ。

みちとの最後のあいさつを交わしたあとの展開のドラマチックさも見逃せなかった。ついに逃避行? やはりドロドロ展開? と見せかけておいて、そうならないところが今っぽい。歌舞伎の演目や『失楽園』のように駆け落ちからの心中なんて、つらすぎて見ていられないから。

カッコよさを崩さずに離婚に応じる楓

「女が惚れる女」。楓がつくる雑誌の特集タイトルだった。雑誌にはどういう読者に向けてつくるかを反映した、独自のペルソナ(人格)が存在している。楓がつくる雑誌が目指すのはきっと、カッコいい女だ。楓は編集者として、それを自ら体現している。

でも、本当はただの頑張り屋で、泥臭いタイプの人間だということを、編集長の川上圭子(MEGUMI)は知っている。みちにとっての北原華(武田玲奈)のように、楓に編集長がいてくれて本当によかった。

恋敵の夫・陽一に会いに行くという野暮な行為に出てしまうところなんて、本当に泥臭い証拠だと思う。それだけギリギリの状態だったのだろう。負けず嫌いで我慢して突っ走る、そんなところは本来、楓の魅力だというのに。

そしてラスト、新名から離婚を突きつけられたときの楓の万感の表情にはさすがにやられた。これは楓一番の見せ場だったかもしれない。

「わかった」という返事は、新名の幸せを願ってというよりも、もう一緒に居て傷つきたくない、「可哀想な女」になりたくないという自己防衛と、聞き分けのいい(それは男にとっての都合のよさもつながるが)「いい女」を演じたい虚栄心もあってのことだろう。

目を潤ませても、そのまま決して泣き叫んだりしない。そんなことをしたら女がすたる。そういうプライドの高さも楓らしい。そうやってずっと自尊感情を保ちながら生きてきたんだろうな。カッコいいよ、楓。

陽一への愛情がなくなったみち

かいがいしくいろいろなことをしてあげる世話焼きのみちと、どこまでも子供っぽい陽一。今まではそれでバランスは保たれていたし、お互いのそういうところが好きだったと思う。でも、ひとつピースが欠けただけでバランスは崩れる。

愛情ありきで成り立っていた関係性は特にそう。作ったナポリタンにすぐ粉チーズをかけるところとか、何食べたいか聞いても「なんでもいい」と返答されるところとか、すべてが違和感に変わる。

決定打は「子供を持つ」というパーソナルな選択が夫婦で噛み合っていなかったこと。もちろん、今はそうだとしても考え方が変わることだってある。でも、度重なる陽一のNG言動を思うと、もうみちは不信感しか抱けない。

離婚について優しく諭すみちと、すぐにうろたえる陽一。こちらの夫婦のやり取りも、表情から声の出し方まで完璧で見入ってしまった。二組の夫婦の「離婚」宣言を対にして見せる構造もうまいとしか言えない。

はたしてこの決断は四人を幸せにするのだろうか。少なくとも陽一にとってはまだこれが『最高の離婚』だとは言えなさそうだけど。

(文:綿貫大介)

PICK UP