タイタン社長太田光代、爆笑問題のどん底時代を語る「33kgぐらいまで落ちました」

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タイタン社長太田光代、爆笑問題のどん底時代を語る「33kgぐらいまで落ちました」
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2月24日に放送された『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系、毎週金曜20:57〜)で、爆笑問題太田光田中裕二)とウエストランド井口浩之河本太)、所属事務所「タイタン」社長で太田の妻である太田光代がテレビで初共演。爆笑問題をどん底から這い上がらせた光代の手腕が注目された。

今年はタイタンの創立30周年で、爆笑問題と光代は出会って35年。3人が出会った88年、爆笑問題は太田プロダクション所属の漫才師で、光代は同じ事務所のマルチタレント。光代宅の自宅で合同ライブの打ち合わせを行なった日から太田が入り浸り、同棲。その後、結婚した。ところがわずか4日後、マネージャーが太田プロのホープだった爆笑問題を引き抜いて移籍を画策。さらに、ビートたけしの代役で出演したラジオ『ビートたけしのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)で太田が失言したことで、芸能界を干された。

光代は、爆笑問題の仕事を取るためにテレビ関係者へ売り込む。コンビニのアルバイト、タレント活動と並行すると、「私どんどん痩せていきましたから、あのころ。33kgぐらいまで落ちましたから、42kgぐらいあった体重が」と振り返るほど。「お医者さんには『突然死するよ』って言われていたんですけど。心労みたいな感じです」と粉骨砕身の日々だった。

テレビ関係者に4000通もの手紙を書いて、単独ライブ開催の案内状を送った。さらに、不義理をした太田プロの恩人にも会いに行って、花を出してほしいと図々しいお願いをした。辞めた事務所から花が届いていれば、揉めた退所ではなかったと業界関係者にアピールできると目論んだのだ。ライブ当日、小さな会場に見合わないほど大きなスタンドフラワーが太田プロから届けられた。再現VTRで光代役の女性が涙を流すと、スタジオで見ていた藤本美貴ももらい泣き。これを機に爆笑問題の仕事が増加し、93年に3人でタイタンを法人化した。

番組後半では、井口から爆笑問題と光代へ感謝の気持ちが語られる。

次回は3月3日に放送される。

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