『エルピス』“沼男”斎藤の手練手管と揺れる恵那、多面的な登場人物みんなが最低で最高すぎる!

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『エルピス』“沼男”斎藤の手練手管と揺れる恵那、多面的な登場人物みんなが最低で最高すぎる!

前回、岸本拓朗(眞栄田郷敦)が冤罪事件を覆すほどの有力な証言をつかんだ『エルピス―希望、あるいは災い―』(カンテレ・フジテレビ系、毎週月曜22:00~)。11月28日に放送された第6話では、事件がひとつの節目を迎える。

スクープが引き起こした予想外の事態

拓朗のスクープを、チーフP・村井喬一(岡部たかし)は独断で『フライデーボンボン』内の特集で流すと決定。これまでの事件の概要と争点、そして独占取材による衝撃的真実を放送した。

視聴者の反応はすさまじく、全メディアがニュースで取り上げるようになる。先のことを見通して番組側で証言者の安全は確保していたが、取材される人に心理的な苦痛を与えたり、平穏な生活を妨げたりするメディアスクラムは制作陣の想像を超えたものだった。

証言者の子供たちや、元夫であり嘘の目撃証言をした西澤正(世志男)のもとにもメディアが殺到。それにより重要な参考人の西澤は逃亡し、松本良夫死刑囚(片岡正二郎)の再捜査の可能性もまた暗礁に乗り上げる。

真実に近づきスクープを打てば打つほどに、松本死刑囚の再審の道はより閉ざされていく。そして今回のスクープ報道で、『フライデーボンボン』は残留する者と追放される者と栄転する者とに運命が別れた。

番組はけじめとして打ち切り。後継番組に男性MCは続投するが、出演者の女性陣は代替品かのように若い子へと総取っ替えされるという図は実際にテレビで見たことがある。

村井は制作の現場を外され関連子会社へ、拓朗は経理部へ異動。局としても扱いやすいプロデューサーの名越公平(近藤公園)はチーフに昇進。そして人気が再熱した浅川恵那(長澤まさみ)は、古巣『ニュース8』でアシスタントではなくメインキャスターを務めることとなる。恵那の人事は、話題性と人気に局が乗っかってのものなのか、監視下に置いておきたいからかはわからない。

恵那の異動辞令と、斎藤の退職届

恵那と斎藤正一(鈴木亮平)に待ち受けた選択も、2人にとっては残酷なものだった。斎藤には疑念を抱きつつも、会うと胸の中で幸福を感じてしまっていた恵那。理屈で整理しきれないほどに好きなのだからどうしようもない。その心のゆらぎも描き方が丁寧だった。

大事なことを絶対に言葉にせず、ただサインだけを送ってくる斎藤。時代によっては“粋な男”としてもてはやされるべきことかもしれないが、恵那にとってそれは呪い。問い返しを封じて、疑問の渦に迷わせるのが男の手口であるとわかっている。でも、離れられない。一度ハマったら抜け出せない、斎藤の“沼男”としてのポテンシャルの高さはいつみても圧巻だ。

それでも、「この仕事は今の私自身」という思いで記者として『ニュース8』に凱旋出演する恵那と、恵那よりも副総理の大門雄二(山路和弘)をとり退職を決意する斎藤は、もう袂を分かつしかなかった。もともと“相克の関係”にあったのだから。

男性中心の権力の渦中にいる斎藤にとって、女を手中から切り捨てるのは容易い。別れの連絡を恵那の番組出演直前に送ってくるのは、誠意というよりも非道だと思えてしまう。

しかし、そのLINEをちまちまと小分けにして送るタイプであるという描写はなんだか人間的で、斎藤をより魅力的に感じてしまった。それに恵那への愛情にもきっと嘘はなかっただろう。

狡猾な面もかわいい面も、どちらも当人の本質として共存し得るもの。人の一面だけで善悪を判断してはいけないということは、セクハラモラハラ三昧の村井が再び報道マンの矜持をたぎらせたことからもわかる。

本作はいかなる登場人物もわかりやすくは設定されていない。多面的に描かれていて、それゆえにみんなが魅力にあふれている。それはもちろん、恵那や拓朗も同様に。みんな当たり前に、最低でいて最高すぎて憎めない。人間とは本来、そういうもの複雑なものなんだよなぁ。

エンタメのように消費され続ける日々のニュース

恵那の主戦場は、月〜金の夜8時からの帯番組『ニュース8』へと変わった。その時間にバラエティではなくニュースを放送するなんて、大洋テレビはまだ硬派な局のようにも思う。しかし、その放送内容の質はまだ不明瞭なところがある。

冤罪事件の続報を流せていないところをみると、骨太な報道をしているとはいえないだろう。誰かの人生を変えてしまうほど大きな冤罪という事件すら、ニュース番組はエンタメとして消費しただけ、終わったかのように見せる展開はリアルすぎた。

新証言スクープから5か月以上は経っているというのに、元にある冤罪についてはなにも進展がないまま。放送当時に司法に怒りをぶつけたであろう視聴者すら、きっと事件のことなんか忘れてるに違いない。

非当事者の関心というものは、結局は当事者に対する暴力になり得る。あんな熱量で取り組んでいたはずの事件なのに、めまぐるしい毎日の中で忘却されてしまう。結局、自分の自己実現や利益に関係なく、純粋に松本死刑囚を助けたいと思っていたのはチェリーこと大山さくら(三浦透子)だけなのだろう。

改正入管法案の施行、新元号の政府発表、ウクライナ大統領選でゼレンスキー氏が当選……日々新しいニュースが世界に生まれ、駆け巡り、それらに追いつくだけで、恵那も視聴者も精一杯なのだ。

これは私たち自身の問題でもある。どんなにニュースを見て怒りや悲しみをつぶやいたとしても、それらは結局、一瞬で通りさる関心事のひとつにすぎず、忘れていく。

実際に起きているさまざまな事件の中には、必ず被害者がいて、その人たちは毎日絶望したり、怯えながら生活しているかもしれないのに。日々タイムラインは新しい情報で埋め尽くされて、忘れてはいけないことも記憶の隅へとどんどん追いやられてしまう。

ドラマの初回で自覚的に制作陣は「森友」という言葉を出したのも、忘れることなく何度も蒸し返さなければいけない事実があるということをメッセージとして忍ばせてのことだろう。

このメッセージを受け取るように、最後に現実の2022年の話を書いておきたい。去る11月25日、森友公文書改ざん訴訟において、元局長の賠償責任に対する判決がでた。原告の赤木雅子さんが納得できるような判決文ではなかったけれど、2000日におよぶ闘いをずっと続けてきた人がいたこと、そして闘いはまだ続いていることを改めて気付かされた。

報道番組の中で「夫のことを覚えてくれている人はここにいるのだろうか」と語った赤木さんの言葉が、胸に痛い。『エルピス』を見ていると、日々のニュースの視聴体験がまた変わってくるから不思議だ。

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