『初恋の悪魔』はルービックキューブのようなドラマだ

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『初恋の悪魔』はルービックキューブのようなドラマだ

赤、青、黄、緑、オレンジ、白。いろんな色がごちゃまぜに並んでいる。まだ1面も揃っていない。どこから動かせば揃うのかもわからない。でも、思わず手が伸びる。ああでもないこうでもないと頭をひねる。気づいたら、そのわからなさに取り憑かれている。

初恋の悪魔』はルービックキューブのようなドラマだと思う。

脚本は、坂元裕二。停職処分中の刑事・鹿浜鈴之介(林遣都)、総務課の馬淵悠日(仲野太賀)、生活安全課・摘木星砂(松岡茉優)、会計課・小鳥琉夏(柄本佑)という捜査権のない4人が、捜査権を持つ刑事たちが見落とした難事件の真実に迫るミステリアスコメディだ。

捜査権がないから、メインは“考察”。パワポで相関図をつくり、生真面目に事件現場の模型を組み立て、ここで何が起きたのかを“考察”する。凶悪犯罪マニアの鹿浜はついなんでも猟奇事件に仕立てようとする。窓に絵画がかっていたら、そこから犯人は窓のそばに人が立っているのを見たらつい突き飛ばしたくなる衝動を持った異常者だと“考察”する。その強引なこじつけは、ドラマや映画、漫画や小説にふれるたび、なんでもない描写を無理やり意味ありげな伏線や象徴にしたがる昨今の考察ブームによく似ていて、皮肉が効いている。

一方、小鳥はふた言目には犯行の動機を社会背景と結びつけたがる。それはどんな事件の容疑者も社会からはじき出された落伍者とし、こうした孤立を生む社会の構造そのものに問題があるのだと、もっともらしい(でもどんな事件にでも言える)言説でまとめて自分を納得させたがるコメンテーターのそれに似ている。

ならば、「前向きなのは結構だが、社会を悪くする前向きさもあるんだよ」と評された馬淵は、さながら善良で無批判な一般市民だ。対立や衝突を恐れて性善説を気取り、その行為は問題から目をそらすだけでなく、実際に困っている人たちの声すら無効化するものであると知っていながら、なかったことにする。

変人ばかりに見える4人だけど、実のところは今の社会の縮図なのだと思い知らされる。そんな4人がこれからどんな事件に挑んでいくのか。なんとも贅沢で不穏なドラマだ。

各話で扱う事件が横糸なら、縦糸となるのは、悠日の兄・朝陽(毎熊克哉)の死だろう。悠日は捜査中の事故によって死んだと思っていたが、署長の雪松鳴人(伊藤英明)によると何者かによって殺されたらしい。この事件の真相が、4人のドラマにどう関わってくるのか。

鍵を握るのは、摘木だ。悠日と小鳥が捜査資料管理室に忍びこんだとき、摘木はある段ボールに手を伸ばそうとしていた。段ボールにラベリングされた数字は「04419号」。ラストで雪松が「お前には兄貴を殺す動機がある」と迫ったときに映し出された段ボールも同じく「04419号」だった。おそらくあの段ボールの中に朝陽の事件に関する資料が保管されているのだろう。ならばなぜ摘木は朝陽の事件を調べようとしていたのか。摘木は何かしら朝陽の死に関わっているのかもしれない。

また、摘木がいつものスタジャンにはまるで不似合いなフェミニンなヒールやバッグなどを買っていた姿も明らかになった。しかも摘木はそれらを自分が買ったことを覚えていないようだった。鏡に映る自分を見る摘木の目は、まるで他人を見ているようだった。この描写から考えると、摘木は二重人格者なのかもしれない。しかも、小洗杏月(田中裕子)との写真に写っている摘木は「捜査」の腕章をつけていた。かつて摘木は刑事課にいたようだ。なぜそれが生活安全課に異動になったのか。今のところ摘木が最も多くの謎を抱えている。

また、鹿浜と悠日の対比も巧みに張り巡らされていた。雪松は悠日に「お前の兄貴も(ボウリングの球を)上から投げてたぞ」「お前も兄貴のように上から投げてみろ」と話していた。言うまでもないが、ボウリングの球を上から投げるのは非常識である。つまりこれは、朝陽も(そして雪松も)常識から逸脱した規格外の人間であるという意味にとれる。そして、悠日は常識の範囲内の人間だとも。

一方、鹿浜は自宅を訪ねてきた悠日のためにスリッパを差し出す。だが、そのスリッパを置いたのは床ではなくテーブルの上。当然ながらスリッパをテーブルの上に置くのも常識外れだ。そして仕事が嫌いな理由が用意された四択の中にないところも、鹿浜が類型におさまらない人物であることを意味しているし、逆にその四択を考えた悠日は「その他」になれない人間であることを表している。

ボウリングの球を上から投げる兄を持ち、その兄と比べられ、コンプレックスを抱えながらも「負けてる人生って誰かを勝たせてあげてる人生です。最高の人生じゃないっすか」とおおよそ本音でもないことを言って劣等感に蓋をしている悠日は、兄と同じように常識や類型から遠いところで生きている鹿浜と出会って、どんな影響を受けていくのか。そして、ルービックキューブの6面が揃ったときに、そこにどんな絵が描かれているのか。

坂元裕二の掌の上で踊らされる3か月が始まった。

(文:横川良明)

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