『silent』恋と青いハンドバッグ、奈々の叶わない夢に涙が止まらない

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『silent』恋と青いハンドバッグ、奈々の叶わない夢に涙が止まらない

青いハンドバッグみたいな恋だった。

ウィンドウに飾られているのを見て、素敵だなと憧れて、だけど自分はきっと持つことがない。片手が塞がると、手をつないで手話ができないから。

恋が叶っても叶わなくても、奈々(夏帆)には叶わないものがある。『silent』(フジテレビ系、毎週木曜22:00~)第6話は、奈々の片想いが描かれた回だった。

どうして人を好きになると自分が嫌いになるんだろう

音のない世界は悲しい世界じゃない。聴力を失っていく想(目黒蓮)にそう教えてくれたのは、奈々だった。あのとき、想の前に現れた奈々はとてもキラキラしていた。誰かに話を聞いてほしかった想の言葉を、静かに受け止めてくれた人。ありきたりの言葉で言うなら、「障害に負けずに前向きに生きている女の子」。

でも、このドラマはそんな一面的な見方で彼女を語らない。

想を好きになっていけば好きになっていくほど、奈々の中でどんどん意地悪な気持ちが膨らんでいく。紬(川口春奈)の落としたイヤホンの値段を見て、お金持ちなんだねと僻みっぽいことを言ってしまったり、紬に傾いていく想の気持ちを聞きたくなくて、「想くんのこと、可哀想だから優しくしてくれるだけだよ」とひどい言葉で遮ってしまったり。

「聴者もろう者も同じ」と言った自分が、今度は聴者とろう者の間で線を引きたがっている。そんな嫌なところを好きな人に見せて、がっかりさせてしまう。

どうして恋は自分を嫌な人間にしてしまうんだろう。好きな人の前でだけは、せめて可愛い自分でたいのに。わざとリュックの口を開けて、ドジな自分を装う知恵はあるくせに、肝心なところでいつも余裕がなくて、言わなくていいことを言ったり、わがままになったりしてしまう。「障害に負けずに前向きに生きている女の子」でいさせてくれない。

たぶんあのとき、音のない世界は悲しい世界じゃないと言ったことも、聴者もろう者も同じと言ったことも、嘘なんかじゃない。綺麗事だったつもりもない。

でも、世界はイルミネーションと同じだ。ふんわりと遠くで見ている分にはキラキラとしていて綺麗で、でもよく見ようとして近づけば近づくほど、野暮ったい電線まで見えて幻滅する。知ろうとすると、見たくないものまで見えるのだ、人も、世界も、全部。

奈々は想のことが本気で好きになったから、音のない世界の静けさだけじゃなく、悲しみまで知ることになった。聴者とろう者の間にある、たくさんの同じじゃないことに気づいてしまった。好きな人とただ電話をすること。そんななんでもないことさえ叶わない自分に傷ついてしまった。

想は耳が聞こえなくなってから「すみません」と言うことが増えたと話していた。きっと奈々も同じ気持ちなんじゃないかな。たとえば紬とカフェに行ったとき、紬が注文を引き受けてくれた。ただの親切だ。いい子なんだな、ということがすぐにわかる。

でもその反面、心のどこかがざらついている自分がいる。聴者といると、自動的に自分はケアされる側になる。注文なんてメニュー表があれば自分でもできるのに、どうして自分をできない扱いするんだろう、と。そして、そんなただの親切心にさえ引け目を感じる自分が嫌で嫌でたまらなくなる。あのときの夏帆の少しこわばったような伏し目は、そんな奈々の胸の内まで透けて見えるようで、胸をぎゅっと絞られそうになった。

もうとにかく夏帆の演技に圧倒され続ける1時間だった。1話のときから、夏帆の手話はすごくリアルだなと感じていた。そのいちばんのポイントは、リップ音だ。夏帆は手話をしているとき、唇が少し鳴る。あのリップ音が先天性のろう者としてのリアリティをもたらしているし、その上で今回はただ恋をしている女性の息もできないような苦しさや、つい自分を守るために身にまとってしまう刺々しさまで表現していて、ひたすら奈々という人物に没入させられた。

「大事な人」じゃなくて、「好きな人」になりたかった

どうしてこのドラマは、こんなにも1人ひとりの心を丁寧にすくい取ろうとするんだろう。おかげで全員に肩入れしてしまうじゃないか。奈々なんて、わかりやすい意地悪な敵役として描いてくれたら、もっと単純に紬と想の恋を応援できるのに。奈々にとっては想がすべてなんだということが痛いほど伝わってくるから、奈々から想を取り上げないでくれと勝手に願いたくなる。自分が教えた手話を「プレゼントを使い回された気持ち」と泣きそうな目で訴える奈々を応援したくなる。

あのとき、図書館で想が言ってくれた「奈々にだけ伝わればいいから」は、奈々にとっていちばんのプレゼントだった。きっと想と出会ってから、あの言葉がいろんな瞬間で奈々を支えてくれたんだと思う。でも、想の気持ちが自分に向けられることはないとはっきり知ってしまった今、大切な思い出さえ悲しい思い出に変わってしまった。言葉は、いつも残酷だ。

でも思う。泣いている自分を見つけて、電話をかけながら駆けつけてくれた想を見て、きっと奈々は、ああ、どうしようもなくこの人が好きだと思ったんじゃないかな。あそこで駆け寄ってくる想の顔が、なんだかすごくカッコよく見えた。自分のために一生懸命になってくれる顔が、すごくすごくうれしかった。

でも同時に知る。きっとこの人は、私じゃなくても、誰に対しても、優しくしてくれるだろうと。想は紬に、奈々のことを「すごく大事な人」と説明していた。きっと奈々がそれを知ったら、うれしくなるのと同時に、悲しくなるだろうなと思う。

「大事な人」と「好きな人」は違う。そして、奈々は「好きな人」になりたかった。好きな人の「好きな人」になりたかった。そんなとても簡単そうなことが叶わないから、やっぱり恋は苦しい。

青いハンドバッグは、今も分厚いガラスの向こうにある。

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