『初恋の悪魔』鹿浜と森園の台詞に込められた、坂元裕二の祈りと怒り

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『初恋の悪魔』鹿浜と森園の台詞に込められた、坂元裕二の祈りと怒り

思えば、このドラマは誰かのために行動している人たちばかりだった。

馬淵悠日(仲野太賀)は摘木星砂(松岡茉優)のために、摘木は悠日のために。そしてもう1人の摘木星砂は淡野リサ(満島ひかり)のために(本稿では、スカジャンの摘木星砂を摘木、もう1人の人格を星砂と表記する)。飄々としている小鳥琉夏(柄本佑)だって服部渚(佐久間由衣)や悠日のためなら労を厭わない。

友達も好きな人も自分の人生には必要ないと思っていた鹿浜鈴之介(林遣都)でさえ、今はただ星砂のために事件の真相を解明しようとしている。

自分がここにいていいと思えない星砂のためにリンゴの剥き方を教えようとしてくれた。大事な人を奪われた星砂のために、大事な人がしてくれた即興の子グマの学校の話を代わりに聞かせてくれた。

彼は告白という危険行為を負わされようとしていることに憤っていたけれど、100万回好きと言われるよりも、ずっと愛を感じた。かつて鹿浜は恋愛とは何かをさんざん定義づけようとしていた。でも、少なくとも今はもう愛が何かはわかっているはずだ。愛とは、誰かのために何かをしたいと思うこと。鹿浜はもうちゃんと愛することを知っている。

そして、あんなに恐ろしかった雪松鳴人(伊藤英明)もまた誰かのために生きる人だった。

雪松がたとえ警察としての正義感に背いてでも守りたかったもの。それが、息子の弓弦(菅生新樹)だったとしたら――。

初恋の悪魔』第9話は、いよいよ見えてきた真実に息が止まりそうな45分だった。

この世にはおにぎりを食べながら人を殺せる人がいる


ラスト5分は自分の心臓の音が聞こえそうなくらい胸がバクバクと震えていた。おにぎりを携え、弓弦のもとを訪ねる星砂。弓弦は頭からブランケットを被って姿が見えない。絶対に何か起きる。瞬きをした瞬間、襲いかかってくる。そんな悪い予感で頭がいっぱいで、井戸から貞子が出てくるより怖かった。

そして、その悪い予感は的中する。弓弦の腕にある火傷痕から、弓弦こそが吉長圭人(石橋和磨)をタクシーから引きずり下ろした男だと星砂は確信する。星砂の異変を察したように襲いかかる弓弦。口にはおにぎり。一体どこの世界におにぎりを頬張りながら人を殺せる人がいるのだろうか。でも、彼にはそれくらい普通のことなのかもしれない。私たちがおにぎりを食べながらスマホをスクロールするのと同じくらい、彼にとっては人を刺すことはごく日常的な行為なのだ。

「私が、3人の子供たちを殺害しました」

雪松が指している3人とは、塩澤潤(黒田陸)、吉長、望月蓮(萩原竜之介)の事件のことだろう。つまり、雪松は2014年に川に流されて亡くなった磯谷大地(新城政宗)の件については関知していないことになる。

だが、この連続殺人事件の発端が磯谷大地の死であることは、弓弦の偽の告白からも明らかだ。はたして、8年前のキャンプ場で少年たちの身に何が起こったのか。最後の真実は、そこに眠っている。

磯谷の死に対し、弓弦が塩澤らに遺恨を抱えていたのかもしれないし、あるいは磯谷自身は本当に不慮の事故死で、それを近くで見ていた弓弦が人の死に対して歪んだ美意識や快感を見出した可能性も考えられる。

弓弦はシリアルキラーなのか。前回の「ありがとね」から考えるに、父が自分の犯行を知っていることも、知った上で自分を庇うために不正を働いていることも弓弦はわかっているようだ。しかも、そこに良心の呵責は見られない。弓弦にはないのかもしれない、誰かのためにという感情が。それこそが、彼がシリアルキラーであることの証明とも言える。

理解できない隣人と僕たちはどう生きていくのか


一方、今回は鹿浜が言った台詞がとても印象的だった。大事な台詞なので、少し長いが、そのまま引用する。

「生まれついて猟奇的な人間なんていません」
「仮にいたとしても、僕たちはその理由を考えることを放棄してはいけない。人を殺して当たり前なんて人間はいないんです。特別な存在じゃない。殺人犯はみな僕たちの隣人です。愚かな隣人です。理由を探すべきだ」

この台詞と対照的な台詞を、鹿浜は1話で残している。それが「美しい事件とは、理解の及ばないほどに凶悪な事件のことです」という台詞だ。かつてそう言って、強引な考察で無実の人をシリアルキラーに祭り上げようとしていた鹿浜が、今は犯人を理解しようとしている。その人間的な成長に涙が出そうになった。

そこには当然この数か月の間に彼の身に起きた変化が影響しているわけで。友達ができたことも好きな人ができたことも「災難でしかない」と鹿浜は吐き捨てていたけど、ぶっきらぼうな口ぶりからその災難をひどく愛していることが伝わってきた。

ずっと誰からも理解されなかった鹿浜は、理解されないことに特別さを見出さなければ、自我を保てなかった。だけど、人から理解されることで、自らも人を理解したいと思うようになった。もしこの世に凶悪犯がいるとしたら、彼らを凶行に追い込んでいるのは、理解されないという孤独なのかもしれない。

一方、その特別さに対して厳しく糾弾する台詞もあった。こちらも少し長いが、大事な台詞なのでそのまま引用する。

「犯罪者が特別な人間だと思ったら大間違いですよ。孤独だとか、恵まれないだとか、恨みだとか、心の闇だとか、そんなものは誰だって持っている。人を傷つけていい理由にはならない。人を殺していい理由にはならない。人殺しは特別な人間じゃない。可哀相なのは自分だけだと思ってる愚か者だ。自分のことを大好きでしょうがないバカ者だ。人を傷つけたらダメなんだよ、バカ者! 人を殺したらダメなんだよ、バカ者!!」

森園真澄演じる安田顕の熱演も相まって、胸に一打一打、楔を打ち付けるような台詞だった。殺人を題材に扱うにあたって、どうしてもこれだけは言っておかなければいけないという坂元裕二の祈りと怒りがこもった台詞だった。

人を殺めた理由を探したいとする一方で、たとえその理由がわかっても、決してその罪を許したりはしない。そう表明した坂元裕二が、ではこの殺人事件をどう決着させるのか。

最終回で描かれるのは、元首相が凶弾に倒れるようなこの時代で、ある日突然人を殺す可能性を持った隣人とどう生きていくか、ということかもしれない。

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