「北朝鮮で生まれなければ…」“脱北ピアニスト”が初来日し演奏会を開催、その波乱の人生とは?

公開: 更新: 読みテレ
「北朝鮮で生まれなければ…」“脱北ピアニスト”が初来日し演奏会を開催、その波乱の人生とは?

北朝鮮で「天才」と呼ばれたひとりのピアニストがいる。ファン・サンヒョクさん(49)。2014年、身の危険を感じ、エリートの人生を捨てて、単身北朝鮮を脱出。ピョンヤンに残した妻や息子ら家族の消息は分からず、今は韓国でひとり、ひっそりと暮らしている。

そんなファンさんの苦悩の日々を描いた動画が、公開から4週間で12万回再生を超えた。

「北朝鮮で生まれなければ…」北朝鮮“エリート”から一転…今も苦悩“脱北ピアニスト”波乱の人生【ウェークアップ】탈북피아니스트 황상혁

動画の最後には初来日し、大阪市中央公会堂(大阪市北区)で演奏会を開催した様子も収録されている。コメント欄には「心揺さぶる旋律に感動しました」「普通のピアノ演奏会でなく、悲劇の歴史を感じる」「ファンさんのピアノ 心に沁みました。早く家族に会えることを祈っています」といった声が寄せられている。

“脱北ピアニスト”が奏でるピアノの旋律に込めた思い、そして波乱の人生から見えたものとは一体?

北朝鮮“エリート”から一転…苦悩の日々

ファンさんはある時まで北朝鮮で一流のエリートとして人生を歩んできた。祖父が護衛司令部の副部長だったことから金日成(キム・イルソン)主席の官邸で生まれたという。20歳という異例の若さで北朝鮮の一流音楽大学・平壌音大で“ピアノ教授”に抜擢。その後、中国に長期派遣され、学生たちにピアノを指導。そんな中、現地で韓国人と交流するようになり、人生は一転する。

厳しい思想統制が敷かれた北朝鮮では、外国で韓国人と接触することは収容所送りの可能性もある重い罪にあたる。そこで、妻や幼かった息子に何も告げられないまま“脱北”。当局が自分を調べていると中国で知ったためだった。

現在ファンさんは、韓国政府が脱北者のために用意したソウル近郊の団地に住んでいる。金銭面は、脱北者に支給される公的な生活費に加え、演奏活動、そして地域の人たちにピアノを教えることで生計を立てている。ファンさんは生徒の高齢女性に気になっていることを聞いた。「(私が)北朝鮮から来たから拒否感があるでしょう?」。するとその女性は「いや、みんな言ってる、息子みたいだ」と笑った。

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ファンさんは語る。「韓国に来た当初は右往左往しましたが、徐々に前が見えてきました」。しかし、脱北後の暮らしは決して安泰ではない。

脱北者の中には、北朝鮮では貧しく、学校に通えなかった者もいる。そのため韓国でよい条件の就職をするために学び直す必要がある。北朝鮮でエリートだったファンさんでさえ、韓国の大学院を出るには英語の資格試験が必須だが、英語を学んだ経験はほぼなく、基準点に届かず必死に勉強中だ。

初来日、脱北ピアニストが送る平和へのメッセージ

そんな“脱北ピアニスト”に日本で特別な関心を寄せる人物がいる。朝鮮半島情勢を研究する龍谷大学の李相哲教授だ。

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中国の朝鮮族の村で生まれ育った李教授は、27歳で来日。学費を稼ぎ、研究者になった。数年前にファンさんが演奏する映像を見て、幼い頃に聴いた北朝鮮のピアノ曲の記憶と重なり、ある思いを抱く。「北朝鮮というとちょっと拒否感があるんだけれども、音楽もあるし、感情もある。(ファンさんの演奏が)平和を求めているという何かのメッセージなれば――」

そんな思いから李教授はファンさんを日本に招き、演奏会を開くことを計画。韓国にいるファンさんに会いに行き、「故郷や家族を思うときに弾く曲はありますか?」と尋ねると、ファンさんはあるメロディーを奏で始めた。それは『明けないで 平壌の夜よ』という曲だった。

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ファンさんは脱北して、もうすぐ10年になるという。動画では、家族への思いを赤裸々に語っている。

そして2023年春、ファンさんは初来日し、大阪市中央公会堂でピアノ演奏会を開催した。中央公会堂は、1918年に竣工した国の重要文化財で、北朝鮮を脱北したピアニストの演奏は105年の歴史で初めて。荘厳な雰囲気に包まれた演奏会の様子は、下記のサイトの動画で鑑賞することができる。ぜひ、平和へのメッセージを受け取ってほしい。

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【特集】「北朝鮮で生まれなければ…」北朝鮮“エリート”から一転…今も苦悩“脱北ピアニスト”波乱の人生

ytvサステナビリティ・プロジェクト-ytvSDGs×脱北ピアニスト-
「ピョンヤンから来たピアニストが送る平和へのメッセージ」

(編集 : 藤生朋子/構成 : 鈴木しげき)

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