元ホストの人気ラーメン店、帯状疱疹発症に食材高騰「常にゲームオーバー手前」でもこだわり続ける理由

公開: 更新: テレ東プラス

下町情緒が漂う東京・人形町。住宅やオフィスに加え、観光客も多く訪れるこの街は、伝統ある老舗や多様な飲食店が軒を連ねるグルメ激戦区でもある。厳しい競争が繰り広げられるエリアで、あえて奥まった場所に店を構え、知る人ぞ知るラーメンの名店として人気を集めているのが「noodle art gallery Ryota Tezuka」だ。

贅沢な食材をふんだんに使うスープ、国産小麦にこだわった自家製麺の味わい、惜しまず多くの手間をかけたトッピングが、アートと呼ぶにふさわしいビジュアルで器に盛りつけられる。

ramen_20220818_01.JPG定番の「地鶏 塩」 時期により産地・種類は異なるが、複数の地鶏をふんだんに使い、滋味深い味を実現している

出てきた瞬間「おいしそう」と「美しい」を同時に感じるラーメンを提供しているのが、店主・手塚良太さん(38歳)。
定番に加え、月替わりの限定、毎週金曜日は特別メニューで営業し、こだわりを貫いたラーメンを作り続ける手塚さんの前職は、店の人気No.1にまで登りつめたホスト! 常連たちからは、その風貌と相まって「チャラーメン」(チャラいラーメン店主)と呼ばれる、愛されキャラだ。

ramen_20220818_02.JPG店主・手塚良太さん。黒を基調に赤の差し色が映える店内は、ラーメン店というよりBarのよう

明るく気さくな人柄と、高いクオリティのラーメンで人気店を続ける。一方で、コロナ禍や店の立ち退きに遭い、移転後には原料高によって値上げせざるを得なくなった上、ケガや持病を抱えて休業を余儀なくされるなど、困難にも見舞われる。今回の「テレ東プラス 人生劇場」は、それでも歩みを止めない手塚さんの姿に迫った。

開業資金のためにホストになるも...

――まず、ラーメン店をやろうと思ったきっかけは?

「高校時代にバンドをやっていて、スタジオに行った帰り、いつもラーメン屋に行っていたんです。バンドマンとして活躍するのは『無理だな』と思って、別の仕事を考えた時、あちこち通っているラーメン屋さんの姿をカッコイイな...と感じている自分がいて、ラーメン屋をやろうと決めました。

振り返ってみると子どもの頃、父親に連れて行ってもらった店で、初めて"1人前"として出されたのもラーメンで。いつも自分の近い場所にラーメンがあった感じですね」

――そこから、どうしてホストになったのですか?

「ラーメン屋を開業するには費用が1,000万円くらい必要と知って、その資金を作るために高校卒業後、ホストになりました。横浜のホストクラブで、入店して2カ月で人気上位になって、半年でNo.1になりました。売れるまでが早かったですね。

どうしてそのポジションにいられたのか不思議ですけど(笑)、『おもしろい』と言われることが多かったので、楽しませることはできていたのかもしれません」

ramen_20220818_03.jpgホスト時代の手塚さん

――人気No.1なら、辞める時には、かなり引き留められますよね?

「止められましたよ。でも、ホストはラーメン屋を開業するための手段としてお金を貯めるためになったのですが、同伴や同業者とのつき合いなど、出ていくお金も大きくて...。例えば、月に200万円稼いでも9割くらい、経費で消えてしまうんです。店に出るためのスーツもローンで買っていたくらいで、2年間ホストをやりましたが、手元に残ったのは数十万円でした。

その状態を続けるより、給料は20万円でもラーメン屋で働いて、修業しながら開業資金を貯めた方が早いと思ったので、引き留められても強引に辞めましたね」

――それだと、初めからラーメン店で働いた方が、良かったのでは...。

「遠回りだったかもしれませんが、お客様を楽しませることは身についたし、ホストをやっていたことは、周りやお客様におもしろがられるので、2年は無駄じゃなかったというか...むしろ『オイシイ』経験だったと思っています(笑)」

独立・開業後に起きたコロナ禍と、店の立ち退き

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――ホストを辞めて、すぐにラーメン店で修業を始めたのですか?

「翌月には、ラーメン屋でアルバイトを始めました。でも、そこはチェーン店だったので、1カ月で辞めたんです。当時はラーメン屋の仕組みがよくわかっていなくて、チェーン店であっても、お店でスープを炊いていると思っていました。実際は、本部で作ったものが配送されて、店では加熱するだけだったので、すぐ『これは違うな』ってなりまして(笑)。

それから7~8店舗くらいで修業させてもらいましたが、当時は20代そこそこで『ラーメン屋になりたい!』という人はあまりいなくて、いろいろな店の方が声をかけてくれる感じでしたね」

――修行を始めてから、自分で開業するまでには、どういった経緯があったのでしょう?

「30歳で雇われ店長になりましたがメニュー開発などの裁量がなく、1年ほどで移籍して、メニューを含めて店を完全に任せてもらえる立場になりました。『35歳で自分の店を持ちたい』と思いながら、任された店をやっていた34歳の時、運営会社の体制変更などから、営業を続けられない方向になったんです。

店は黒字だったため、会社から店をそのまま引き継ぐことで、独立・開業する形になりました。現在の場所に移る前、すぐそばで営業していた『麺画廊 英 ~Noodle Art Gallery HANABUSA~』という店ですが、立ち退かないといけなくなり、2020年10月11日に閉店しました」

――そのタイミングだと、新型コロナウイルス感染拡大への防止策で、飲食店には既にかなりの影響が出ていた時期ですよね?

「はい。かなり厳しい時期に、移転が重なりましたね。立ち退きを仲介した会社が条件に合う物件を探してくれて、10月31日には新たに今の店を始められましたが、店のコンセプトやクオリティのためには、内装や機材など結構な投資も必要だったので大変でした」

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――現在も厳しい状況はありますが、当時は今よりも外食を控える空気が強かっただけに、本当に大変だったと思います。

「移転したのを機に、店内に製麺機を設置したんです。それまでは、独自の要望に応えてもらう形で製麺所に麺を作ってもらっていたのですが、こだわったスープを作っている以上、やはり麺も自分で作ったものをお出ししたいと思っていました。発注でも、使う小麦などは原料指定していましたが、今は自家製麺なので使う水や塩といった細かな素材に至るまで、調整できるようになっています。

最初は納得できる仕上がりにならず、試作段階では苦労もしましたが、試行錯誤を重ねたり、製麺所の方がアドバイスをくれたりして、自分が作りたい麺ができるようになりました。ただ、同じメニューを変わらないクオリティで提供する場合、麺が変わるとバランスをとるため、スープもイチから考え直さないといけません。大変でしたけど、麺とスープ、どちらもこだわりを追求できる状態になったので、結果的に移転して良かったと思っています」

原材料の高騰から値上げに踏み切った理由

――コロナ禍での立ち退き・移転をそうやってポジティブに考えられるところ、なかなかすごいです。しかも、移転される前から、「この味やこだわりで、この値段。原価率は、大丈夫なのか?」と、舌の肥えた人たちほど心配する声が多いですよね?

「黒字を出していたとはいえ、以前は雇われ店長でしたから、贅沢な食材を使いすぎると叱ってくれる人がいました。今はオーナーでもあるので、歯止めがない状態ですね(笑)。だから月末に仕入れの支払い額を見て、ヒヤッとすることもあります。

他の店よりは、確かに原価率が高いかもしれませんが、赤字にならない範囲には留めています。たぶん...大丈夫です(笑)。やりすぎを止めてくれるスタッフはいなくなりましたが、お客様が心配したり、叱ってくれたりしますから」

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――一般家庭でもさまざまな値上げを実感しますが、飲食店ではその影響が大きいです。以前は「ラーメンだから、1,000円以内で提供したい」と考えていたそうですが、今年の6月に値上げに踏み切りました。

「原材料の高騰がすごくて、価格維持ができないと判断しました。常連さんを中心に、この店に来てくれるお客様は、説明しなくても素材の良さに気づくような方が多いです。だからこそ、食材のランクを下げられませんし、自分のスタンスとしても、それはできません。

最近のラーメンは手軽に食べられるものと、こだわりを強く打ち出したものと、二極化しています。コロナ禍や店の移転、食材の高騰が重なる中、これまでの価格に囚われる必要はない――と、意識が変わりました。

元々、うちの店で使っている麺の小麦は国産のブランド小麦で、都内に何店舗もある某人気ラーメン店が使っているものと比べると、1kgの価格が2.5倍です。それだけでも、4割ほど高くなっています」

――その上がり具合だと、値上げしても価格転嫁しきれていない印象です。ちなみに、麺の小麦以外にも、贅沢な食材をふんだんに使っていて、そちらも値上がりしていますよね?

「食材の価格は、全般的に上がっていますね。使用する食材については、定番のスープのメインには複数の地鶏を使いますが、そのうちの一つ、名古屋コーチンも一般的なものじゃなく、特別な餌で飼育されたもの。トッピングのワンタンに使う挽肉も、例えば、TOKYO Xと岩中豚という2種類のブランド豚を合わせています。

乾物だと、干し貝柱はチェーン店が使うものの5倍くらい。今月限定の鯛塩のスープには、鯛の煮干しを使っていますが、普通はラーメン屋で使うような食材じゃありません。一般的な鯛塩ラーメンの店だと、頭や中骨などのアラを使っていて、原価というより味そのものへのアプローチが違う感じですかね。

ramen_20220818_07.JPG8月限定の「鯛薫 冷彩麺 極~きわみ~」 珍しい鯛煮干しを使ったスープは毎年8月のみの提供で、心待ちしている常連も多い

煮干しでいうと、太刀魚の煮干しを使うことがあるのも、かなり珍しいです。確かに贅沢な食材を使っていますが、単に高級品ということじゃなく、多少値が張っても、良いもの、珍しいものをラーメンで提供して、お客様にその食材の存在を知ってもらうことも、お店の価値の一つだと考えています。そのため、乾物屋さんや仕入れ先などに『おもしろい食材はないか?』と、常に相談しています」