元ホストの人気ラーメン店、帯状疱疹発症に食材高騰「常にゲームオーバー手前」でもこだわり続ける理由

公開: 更新: テレ東プラス

度重なる体の不調で休業も

――値上げしても、足繁く通う方が絶えないお店ですが、今年に入ってから、3週間の休業が2度もありましたし、体調不良による臨時休業もあります。お体は、大丈夫ですか?

「腰痛や腱鞘炎といった、ラーメン屋にとっては職業病みたいなものは、かなり以前からありました。その上、脊柱管狭窄症(せきちゅうかんきょうさくしょう)にもなって、体調不良で臨時休業させてもらうことは、前からあったんです。

2度の休業については、まず、今年の年明けに自宅のメゾネットの階段から、転落。後頭部を打って三半規管に影響が出てしまい、菜箸を扱うこともできない状態になって、3週間休業しました。

その後、5月には帯状疱疹を発症して、この時にも3週間お休みをもらい治療に取り組んだのですが、完治は難しいと言われました。腰痛や腱鞘炎と同じように、症状が出てしまう時がある体と、ずっとつき合っていくしかない状態です」

――持病や職業病というのは、なかなか根本的な対処が難しいですが、主な原因などの診断は出ていますか?

「帯状疱疹はストレス性との診断でしたが、一番の要因は『加齢』と言われました。38歳で、加齢と言われても…ですよねぇ(笑)。あとは疲れも、大きな原因です。店の営業後、翌日の仕込みを深夜までやって、終わると、そのまま店で倒れ込むように寝てしまいます。翌朝5時くらいに目覚めて、自宅へ着替えに帰って、またすぐ店に戻って…みたいな生活でした。

新年にメゾネットから落ちた時も、大晦日の営業を終えて店で寝てしまって、元日は会食の約束があったので、自宅に戻って着替えて降りようとしたら、スッと落ちて…4時間くらい、気を失っていたようです。全然連絡がつかない状態だったので、会食相手からは半ば本気で『死んだかと思った』と言われました」

――薬などの他に、症状や負担を軽減するような対応はしているのでしょうか?

「前の店舗では調理台の高さが合わないなど、腰痛や腱鞘炎に負担になることがありましたが、移転を機に使いやすい調理台にしたので、その辺り多少は改善されました。あと、負担軽減というより衛生面を考慮して、調理台を大理石にしたのですが、常連さんからは『客が食べる方のカウンターじゃなくて、そっちかよ!?』って、イジられています(笑)。

以前も今も、住宅街に店があるので深夜の仕込みなどでは、騒音にならないよう気をつけてはいるのですが、スープを炊く際にはどうしても換気扇を回す音がします。こちらに移ってから一度、直接ではないですが、ある筋を通じて間接的にご注意を受けました。その後、夜の提供数を抑えて早めに閉店し、仕込みが深夜にならないよう調整しています。

そのおかげで日付が変わる前に店を出て、ちゃんと帰宅する日もできたので、ご迷惑をおかけしたのは本当に申し訳ないですけど、ご注意いただけて良かったのかもしれません」

――腕のサポーターは、腱鞘炎対策ですか?

「これは帯状疱疹を隠すためです。症状が治まっていても、いつ出てきてしまうか、わかりません。気づかずに症状が出ている姿をお見せするのは避けたいですし、食べ物を扱っている以上、そんな手で調理しているところを見せるわけにはいかないですから。

ただ、隠していると『もしかして、刺青を隠している?』と勘違いされることもあります。以前、いたずらでタトゥーシールをつけた時、本気にされたお客様もいるので、刺青を入れそうなキャラだと思われているのかもしれません(笑)」

お客様への恩は、ラーメンで応える

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――コロナ禍の影響もありますが、お店をやっていると休業で、離れてしまうお客様もいたかと思います。

「そうですね。リモートワークで足が遠のいた方もいますし、ラーメン屋はたくさんありますから、休業しているうちに離れてしまったお客様もいます。自分自身も3週間の休業は、そうしたリスクが高いと感じていました。

一方で、体調を心配して『だから休めって、言ってるじゃん!』と言ってくれたり、休んだら自宅の下まで様子を見に来てくれたりする方たちもいて、ありがたいです。今も万全とはいえなくて、暑さや厨房の温度で熱中症になることもありますが、手伝いのスタッフにも入ってもらって、ここ1カ月は臨時休業することもなく、ホッとしています」

――不調を抱えながらも、手間をかけたラーメンを提供し続けるモチベーションは、どこにあるのでしょう?

「満身創痍――10代や20代の頃と違って、少し休んで体力が戻るものじゃなく、もうこのままでいくしかないと思っています。例えるなら、常にゲームオーバー手前で、踏ん張り続けるイメージです。

だけど、自分にしか作れないラーメンを出しているプライドがあります。厨房スタッフを雇って、自分が休んでも店が開けられるような形にしたら、それはもう自分のラーメンじゃなくなります。この席数で、この距離感で、自分の目の届く、手の届く範囲でしか、この店の味を提供できないとも感じているんです」

――店に「noodle art gallery」と名付けていて、見た目も美しいラーメンです。アートや作品と考えると、他人の手が入ったら「もう自分のものじゃない」という感覚、わかる気がします。

「休んでも、値上げしても、通い続けてくれる、たくさんのお客様がいて、ホストとラーメン屋しかやったことがない自分には、このラーメンでつながっているお客様たちに、ラーメンで応えていくしか、恩返しの方法はないと思っています。

なんだか…こうやってラーメンのことになると、どうしても真面目な感じになってしまうから、常連さんからは『チャラーメンじゃなくて、「見た目だけチャラーメン」だな』って、からかわれてしまうんですよね(笑)」

コロナ禍や立ち退き、体の不調といった過酷な状況を語っていても、すぐに前向きな考えや、笑いを交えた話にしてしまう手塚さん。明るく、折れない心があるからこそ、こだわりを貫いたラーメンを作ることができるのだと感じた。そんな手塚さんのプライドが詰まったラーメンだから、多くの人が引き寄せられてしまうのだ。

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【手塚良太 プロフィール】
神奈川県横須賀市出身。高校を卒業後、ラーメン店の開業資金を貯めるために2年間、横浜のホストクラブで働き、人気No.1になる。その後、ラーメン店での修業期間を経て、2018年、34歳で店長をしていた「麺画廊 英 ~Noodle Art Gallery HANABUSA~」をオーナー会社から買い取り独立するが、2020年10月11日立ち退きのため閉店。その20日後、10月31日の移転を機に「noodle art gallery Ryota Tezuka」として営業を再開。舌の肥えた人たちが足繁く通う、人気店となっている。

(取材・文/鍬田美穂)