『厨房のありす』門脇麦“ありす”と永瀬廉“倖生”が辿り着いた真相と「未来」を積み上げていくこと

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『厨房のありす』門脇麦“ありす”と永瀬廉“倖生”が辿り着いた真相と「未来」を積み上げていくこと

八重森ありす(門脇麦)の母・五條未知子(国仲涼子)を殺し、酒江倖生(永瀬廉)の父・十嶋晃生(竹財輝之助)を死に追いやった真犯人が明かされた『厨房のありす』(日本テレビ系)最終話。

真犯人は、未知子と交際していたありすの実の父親・誠士(萩原聖人)だった。危険薬物のジエチル亜鉛を心護(大森南朋)のIDで購入し、未知子を睡眠薬で眠らせた後に薬品を床に投げつけ放火。しかも誠士が恐ろしいのは、ちゃっかりと未知子の研究データをフロッピーに保存しておいて、自分が起こした火事の中から未知子を運び出し、危険を顧みずに彼女を助けたヒーローを演じ、五條家に取り入る。会長・道隆(北大路欣也)と蒔子(木村多江)を前に自分は未知子に研究を引き継ぐよう頼まれたと嘘をつき、2人からの信頼を得る自作自演が凄まじい。最初にありすと倖生に情緒たっぷりつらつら語った嘘八百もなかなかの芝居ぶりだ。

利用されてきた“誰かが誰かを思う気持ち”が真実を暴くとき

しかし、ここで真実を明らかにしたのは、晃生が亡くなる前に心護に託していたボイスレコーダーだ。そこには誠士の自白がしっかり記録されていた。誠士の罪を問いただす晃生に「全てをバラして未知子の研究をなしにするか、それとも黙って未知子の研究を続け新薬を作って世の中に貢献する。どっちを選ぶ?」と開き直る。「全部自分で選べ」と迫り、選ばせることで共犯関係を築くような誠士の姑息なやり口はこの頃からの常套手段のようだ。憎らしいのは「誰も幸せにしない真実なんて必要だと思うか」と言いながら、自分の利にばかり繋がるように事を進める。

さらには晃生に最初から横領の罪をなすりつけるために、研究所所長のポストを与えていた周到ぶりも暴かれる。そして隠し口座の存在に気づいた晃生にまたしても究極の二択を突きつける。晃生が自分の罪ということにするならば息子たちの生活は保証するが、そうでないならば息子を危険に晒すと迫る。ここまでの悪役は近年のドラマで珍しいほどに、誠士には同情の余地がなさすぎる。

晃生が亡くなる直前に書いた手紙でずっと聞きたかった言葉――。「父さんには誰にも負けないことが一つだけある。誰よりもお前を愛してる」にようやく触れられた倖生の無念がやるせない。自分の存在を心底許された安堵感と共に激しい憤りに襲われる倖生に掴みかかられたって、「スーツが汚れるだろ」と言ってのける誠士は、もういろいろ手遅れすぎる。どうしてこんなサイコパスに未知子も蒔子も揃って惹かれてしまったのか、そこから不思議に思えてくる勢いだ。

ただ聞くに及ばない誠士の言い分の中でも一つだけ耳を傾けるべきは、“道隆の真似をしたまでだ”という彼の主張だ。「あんたの考え方のせいで俺はこうなった。自分にとってメリットがないものは全部切り捨ててここまできた」として、ありすのことも“役立たず”と言ってその存在をあたかもないものにしようとする道隆の発言を誠士は指摘する。道隆もこの時自分の中にも確かにある選民意識や損得勘定のみが行き過ぎると、自身の大切な娘の命を容赦なく奪い去るモンスターを生み出してしまうことを、まざまざと見せつけられたことだろう。

追い込まれた誠士は、都合の良い時だけありすとの血縁を持ち出し「お父さんが捕まっちゃったりしたら嫌だよね?」と最終的にありすに泣きつくが、もう目も当てられない。事実を受け止め切れないのではないかとありすを心配する親心と、自分と同じように子を思う晃生の気持ちと真実を知っていながらもその狭間で揺れありすの心を守ることを優先することを選んだ心護。倖生が苦悩する姿を目の当たりにして常に引き裂かれそうだった心護を前に、よくもそんなことが平気で言えたものだ。誠士は散々心護や晃生が愛する子を思う気持ちを利用するだけしておいて、とんでもない。

そんな誠士にありすが突き返したアンサーは、あまりに自明のことだった。心護と自分の間には一緒に生きてきた25年間があり、一緒に過ごしてきた時間がそこには確実にある。「この25年間私に向き合ってくれて私と一緒に築いてきてくれた関係こそが私にとって信じられるものなんです」と迷いなく言い切る。ありすがシンプルな大切なことに行き着いたのもこの一連の疑惑に自分が傷つくことも覚悟で向き合い続けたからこそで、同じように一緒に向き合ってきてくれた倖生という存在のおかげでもあるのだろう。

しかし、大切な存在がいるというのは時に人を脆くもするが、自分にしか興味のない誠士のような人間には持ち得ない強さや底力、あまりに深くて大きい底なしの愛情を人間に宿してくれるものだ。

ありすが自分の話の矛盾を突くと、「君はASDだから人の裏を疑うことができないんだよ」と言ってのけ、最後は捨て台詞のように「俺はお前の父親でお前は人殺しの娘だけどな」と恐ろしい呪いをかけていくどこまでも自分本位な誠士に、「お前なんかありすの父親じゃねぇ! 自分のしたことと向き合え! 一生向き合い続けて生きてけ!」と言えた倖生。自分の父親の仇より何より、まずはありすや心護のことを守る言葉を発し、父親を死に追いやった張本人に罪を償いながら生き続けるよう伝えられた彼は、晃生の望んだ通り“周りを幸せにする”名に恥じない人間性をしっかり育んでいた。

全てが明らかになった後も続くありすと倖生の「未来」

極悪人を前にしても、口を突いて真っ先に出る言葉が自分よりもありすのことを思っての発言であるところにこそ、倖生の本質が光る。そんな倖生が、自分の実の父親のことを負い目に感じ、「一緒にはいられない」というありすの手を離すはずがない。心護との関係性において「積み上げてきた時間が大切」と言ったありすの言葉を「未来にも言えることなんじゃないかな」と“まだ見ぬ未来”に目を向けられている倖生が頼もしい。これまでは自分の居場所がわからずどこか根なし草のようなところがあった彼が、ここにしっかりと根を張り自身の望む未来に手を伸ばそうとしている姿が見られて良かった。

本来は旨味や成分を相殺してしまう牡蠣とキクラゲがレモンをかけると互いを生かし合えるように、あれだけメジャーな組み合わせのトマトときゅうりだってクッション材のマヨネーズが必要なように、一見したところ敵同士、仇同士に思える存在もお互いの“らしさ”を引き出し合いながら同じお皿の上で、同じメニューの中で融合し、誰かの心を動かし満たすことができる。心護がありすを引き取る事を決めた時に思った「ありのままの自分でもありすとなら痛みを半分こしながら寄り添って生きていけるんじゃないかって」という希望が引き継がれ今度はありすと倖生の間にもはっきりと見えた。

文:佳香(かこ)

なお現在、民放公式テレビ配信サービス「TVer」では、第1話~第3話、ダイジェスト、配信限定の「化学で簡単レシピ」なども配信中。

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