『下剋上球児』に多くの人が夢中になった理由

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『下剋上球児』に多くの人が夢中になった理由

日曜劇場『下剋上球児』(TBS系)が最終話を迎えた。

青天に舞い上がる白球のような、晴れやかな最終話だった。そして、最終話を経て、どうしてこんなにも『下剋上球児』に夢中になったのか、その理由に気づいた。

戦い抜いた根室に降り注ぐ労いの拍手

ピッチャー交代が告げられた。その瞬間、根室知廣(兵頭功海)の顔が悔しさで崩れる。奪われた先制点。のしかかる疲労。「明日は俺、点とられやんようにするから」。前日、犬塚翔(中沢元紀)の前で立てた誓いを果たせなかった。無力感で潰れそうになる根室に、南雲脩司(鈴木亮平)は言う、「よくやった」。背中で伝えたサムズアップ。その表情は決して同情なんかじゃない。戦い抜いた根室を、心の底から誇りに思っていた。

だから、根室も少しだけうれしそうに笑って、でもやっぱりこみ上げる悔しさはこらえきれなくて、泣いた。流れる涙を腕で拭う。マウンドを降りる根室に、拍手が降り注ぐ。根室は負けてマウンドを去るんじゃない。勝利へとつなぐためのピッチャー交代だ。

決勝戦も、名場面の連続だった。7回裏、伊賀商業の猛攻で再び2点ビハインドに。グラウンドも、ベンチも、重たい空気に呑まれる中、観客席から飛ぶ「イメージしろ! イメージや!」という日沖誠(菅生新樹)らOB の声。2年前、星葉との練習試合で南雲が言った「勝つイメージ」。すべては思ったようにしかならない。あきらめるな。あの日教えたことを、今度は彼らが教えてくれた。まだ戦える勇気を、かつて一緒に戦った仲間が届けてくれた。

ナインの表情に闘志が戻ってくる。ベンチも力の限りエールを送る。その様子に、ほんの少し山住香南子(黒木華)が涙ぐむ。そして、南雲は決断する。2度目のピッチャー交代。次にマウンドに立つのは、翔だ。思えば、幽霊部員だらけのザン高に、翔がやってきたことで下剋上の日々は始まった。だから、下剋上を決めるのは、やっぱり翔しかいない。

翔くんは、僕たちの誇るべき背番号1だ

1アウト、ランナー1、3塁。伊賀商業は、犠牲バンドで手堅く1点を狙う。だが、1塁ランナーが遅れたのを、日沖壮磨(小林虎之介)は見逃さなかった。目の前に転がった球を拾い、2塁へ送球。さらに1塁に転送し、ダブルプレイ。それは、南雲の指示をも上回る好プレイだった。時に子どもは大人を凌ぐ瞬間を見せてくれる。たぶんもうあの瞬間から、球児たちは南雲を追い越して、さらに遠くへと駆け出していた。南雲もそれがわかっている。だから、「強いな、お前ら」とうれしそうに笑った。指導者にとって、教え子たちが自分を越えていく瞬間ほど幸福なことはない。得点は2点差。劣勢なのは変わらない。だけど、誰も絶望なんてしていなかった。むしろみんな幸せそうだった。このメンバーで野球ができる喜びが、全身に満ちあふれていた。

バントを空振りする椿谷に、「将棋やっとれー」と山住から愛情いっぱいの野次が飛ぶ。その野次に応えるように、2球目、バントと見せかけ、バットを思い切り振る。1塁めがけて全力で突進する椿谷。2年前は、下手くそだったヘッドスライディング。でも、今度は違う。「うまくなった!」と拍手をする山住。これも、2年間、椿谷の成長を見てきた山住だから言える愛情いっぱいの賛辞だ。

9回裏、逆転サヨナラ負けのピンチに追い込まれる翔。入部したばかりの頃の翔だったら、もっと真っ青な顔をしていた。でも、今は不思議と落ち着いた表情だ。なぜなら、ひとりじゃないことをちゃんとわかっているから。根室が意地のダイビングキャッチでアウトをとり、2アウト。「翔、あとひとつや!」。根室の雄叫びのような激励に、翔が泣き出しそうな顔で頷く。

ここまでみんなが助けてくれた。自分をエースにしてくれたのは、仲間だった。だから、最後は自分が決める。2アウト2ストライク満塁。あとひとつ。あとひとつで、甲子園。そのあとひとつが、翔にとっては震えるほど遠くて、怖い。でも、そこを決めるからエースなんだ。背番号1が選んだ勝負の一球は、渾身のストレート。バットは空を切り、三振。ゲームセット。越山高校野球部が、初の甲子園出場を決めた。

想像だけど、きっとあの一球は翔にとって最後の一球だったんじゃないだろうか。コーチになるという夢を見つけた翔はたぶんもうこの時点で進学しないことを決めていた。選手として野球をするのはこれが最後。だから、絶対に甲子園に行く。その気持ちが、翔に三振をとらせた。大歓声の中、翔が泣き顔を隠すように帽子のつばを下げる。どれだけのプレッシャーと戦ってきたのか、くしゃくしゃの顔から伝わってくる。その勇姿を、一生忘れない。翔くんは、僕たちの誇るべき背番号1だ。

応援したいという気持ちが、『下剋上球児』の求心力

無免許問題という原案にはないオリジナル要素を織り交ぜ、時に批判の逆風にさらされながらも、最後までブレずに魂を注入した『下剋上球児』。その姿は「残念のザン高」と笑われながら自分たちの野球を貫いた越山高校野球部にそっくりだった。

もちろん合わないと思った人もいただろう。高校球児には連続敬遠なんてせずに正々堂々とプレイをしてほしいと望む人がいるのと同じ。全員に共通する正義なんて、この世には存在しないのだ。

ただ少なくとも、合わないと思った人以上に、そんな『下剋上球児』を愛した人たちがたくさんいた。ラストシーンの甲子園。集まったボランティアエキストラは、総勢5000名超。ドラマのエキストラでこれだけの人数が集まるのは異例と言っていいだろう。でもそれくらいみんながこのドラマの力になりたかった。

そして、その気持ちこそが、このドラマに夢中になったいちばんの理由かもしれない。人は、誰かを応援したいのだ。シビアに言えば、全員が全員、応援される側に回れるわけじゃない。そんな特別な舞台が誰しもに用意されているわけじゃないし、それだけの力量や才能に恵まれている人も一握り。努力しても報われないことが多いのも、覆すことのできない事実だ。

でも、だからこそ誰かを応援したくなる。自分には見られない夢を追いかけている人を応援していると、ほんの少し自分の人生も輝いているように感じられる。他人の夢に乗っかってると言われたらそうかもしれない。けど、表舞台に立つことだけが偉いわけでもない。誰かを支えたり応援するほうが性に合っている人だってたくさんいる。

それに、誰かれ構わず応援したいわけでもない。応援したくなる人たちじゃなければ、自分の時間を割く気持ちになんてなれない。そういう意味でも、『下剋上球児』は応援したくなるドラマだった。

黒板の文字も練習メニューの文字もすべて自筆でやりとげた鈴木亮平。小道具のお守りを手縫いでつくり上げた黒木華。そして、1年前からセレクションに参加し、見事役を掴み取った若き俳優たち。それぞれの懸命な想いが、観る者の心に火をつけた。

「あんたが頑張っとるから、私も頑張れるんやない」

根室柚希(山下美月)の言葉が、応援する側の本心だ。音楽の夢は叶わず、地元の笑い者だった犬塚樹生(小日向文世)が、ザン高野球部の下剋上の発端をつくるという大きな役割を果たせたのも、ただ可愛い孫を応援したいという一心からだった。地場残業が下向きの町の人々が活気を取り戻したのだって、ザン高野球部を応援することで、自分たちも頑張ろうという気持ちになれたからだろう。応援は、する側にも、される側にも力になる。

僕たちもまたこの3ヶ月、『下剋上球児』を応援しながら、いろんなものをもらった。ひとつのことをやり遂げる大切さ。仲間の尊さ。何度失敗しても立ち上がる勇気と、人の失敗を受け入れる温かさ。日曜が来るのが待ち遠しかったし、観るたびに元気づけられた。

『下剋上球児』を応援できた日々は、僕たちにとってもひとつの青春だった。だから最後は心を込めて伝えたい。

応援させてくれて、ありがとうございました!

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