『初恋の悪魔』「傷つける仕事は僕がします」という鹿浜の台詞の本当の意味

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『初恋の悪魔』「傷つける仕事は僕がします」という鹿浜の台詞の本当の意味

「無人島に引っ越して、誰とも関らず、トカゲとかコウモリとかカメムシとか、そういう嫌われ者と暮らせば、摘木さんに申し訳なくならないんじゃないですか」

そう提案した鹿浜鈴之介(林遣都)に摘木星砂(松岡茉優)は「それ、すごくいいですね」と微笑んだ。「私、無人島のこっち側で暮らすので、鹿浜さんはこっちで暮らせばいいんじゃないですか」とケーキに見立てて陣地の相談をする。放送開始からわずか2分30秒でこの会話の完成度。もうただただ聞き入るより他ない。

買ってきたケーキを「小麦粉、牛乳、バター、砂糖などを練って生クリームを乗せたものです」と弁明すれば、星砂がすかさず「それはケーキですよね?」とツッコミ。すると、鈴之介も「ケーキっていうんですか。知らなかった」とシラを切る。このやりとりだけで、2人の間に特別なものが生まれはじめているのがわかる。逃げ続けるイチゴも、そっとかけてくれたブランケットも、すべてがいとしい。

「思い出にしないてください」と拒みながら、少しずつ増えていく2人だけの思い出。その儚さに胸がキュッと絞られそうになるところから、『初恋の悪魔』第8話は始まった。

笑えるのにせつない、情緒崩壊の45分

もうまるっと45分、ずっと釘付けだ。蕎麦と空の写真しかない馬淵朝陽(毎熊克哉)のカメラロールとか、髭を剃ろうとしている理容師が元受刑者だと知って怯える馬淵悠日(仲野太賀)とか、鹿浜と星砂の空気に置いていかれて宙ぶらりんになっている森園真澄(安田顕)の手とか、クスッと笑えるユーモアをそこかしこに散りばめながらも、切なさは純度をどんどん増していく。もう情緒が決壊寸前だ。

今回のハイライトは、悠日のカレーを食べて星砂から摘木に人格が変わったところ(本稿では、スカジャンの摘木星砂を摘木、もう1人の人格を星砂と表記する)。一声目の「あ……」でもう摘木であることをわからせる松岡茉優の技量もすごいし、そこに遠くで鳴くカラスの声を当てるスタッフの演出力も秀逸だ。泣きながらカレーを食べる摘木からは、生活も記憶も食と強く結びついているという坂元裕二の変わらない姿勢が垣間見える。そこから悠日の家へと駆け出して、部屋の目の前でまた星砂に入れ替わるというくだりには、坂元裕二はどれだけ残酷なんだと画面に向かってペンでも投げつけたくなった。

鹿浜も悠日も摘木も星砂も、みんながいとしいから誰にも傷ついてほしくない。『初恋の悪魔』を見ていると、体が半分にちぎれそうになるのは、どちらの摘木星砂も残ってほしいという願いからだろう。

「傷つける仕事は僕がします」

そう鹿浜は言った。鹿浜が悠日に情を見せないのは、星砂を取られたくないからだと思っていた。でも違った。星砂が味わう良心の痛みを、鹿浜が引き取っていたのだ。どこまでも鹿浜は優しい人だった。

じゃあ、もしも悠日が味わわなければいけない傷を肩代わりできるとしたら、鹿浜はどうするのだろう。友達の痛みを無視してまで自分の幸せを優先できるとは思えない。誰かを傷つけるくらいなら、自分が傷つく道を選ぶ。鹿浜は、そういう人間だ。

そもそもこのドラマが発表されたとき、ティザービジュアルでは林遣都と仲野太賀がひとつの手錠によってつながれていた。あれは今思えば、罪の共有にも見えるし傷の共有とも解釈できる。

「好きと痛みに違いはさほどない。ただ、マイナスとマイナスを掛け合わせたときにプラスになるように、傷を分け合えたときに相殺されるだけだ」

かつてそう考察した鹿浜は、いつか自分の好きと痛みを相殺する日が来るんじゃないだろうか。そんな鹿浜を想像しただけで、また泣いてしまいそうだ。

「私のお父さん」の歌詞と事件の奇妙な符号

この8話では、今までずっと隠されていた朝陽の死の直前の動きも明かされた。朝陽は雪松鳴人(伊藤英明)を疑っていたのだと言う。となると、やはり朝陽は真実に近づきすぎたことから、雪松によって亡き者にされたのだろうか。

朝陽がみぞれさん(神尾佑)と話していたときに流れていたのは、プッチーニの「私のお父さん」。少女・ラウレッタが、愛しきリヌッチョへの想いを父に訴える歌だ。歌の中に「この恋が叶わなければ橋の上から川に身を投げる」というフレーズがある。ここで、この『初恋の悪魔』で描かれる事件と奇妙な符号が生じるのだ。

殺された塩澤潤(黒田陸)、吉長圭人(石橋和磨)、望月蓮(萩原竜之介)はみんな遺体を川に放棄された。そして、その足は靴を履いていなかった。個人的には、それがどうしても「川から飛び降り自殺した誰か」に重ねているように見えてならない。靴を脱がせて川に放り投げなければいけない理由が、犯人にはあったのだ。

一方、雪松は橋の上から誰かに電話をかけていた。あれが橋の上であったことに何か意味があったはずだ。しかも、あのスマホは通話状態になっているようには見えない。雪松のあの電話は誰にもつながっていないんじゃないだろうか。

2話で悠日は出られなかった兄からの電話をつながらないスマホで再現した。雪松にも出られなかった後悔の電話があって、それでずっとあんなふうにつながらない電話をかけ続けているのかもしれない。通話の相手は「響子」。口ぶりから見て妻だろうか。だとしたら妻はこの世にいないことになる。最後に息子の弓弦(菅生新樹)が出てきたけど、父に向かって「ありがとね」と笑った表情は、どこかざらついたものがあった。あれは、何に対する感謝なのか。背格好を見る限り、殺された塩澤や吉長と同年代に見えるが、ただの偶然なのか。

バラバラだったルービックキューブは、いよいよすべての面が揃おうとしている。

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