新たなライフスタイル!? 「転職なき移住者」を巡り自治体が争奪戦

公開: 更新: テレ東プラス

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移住の相談が1年で倍になった那須塩原市。最大の売りは立地だ。

コロナをきっかけに地方移住への関心がかつてなく高まっています。しかし、最大のハードルとなっているのが「仕事や収入」です。そんな中、同じ企業に勤めたまま地方に移り住む「転職なき移住」というライフスタイルが注目されています。こうした移住者を取り込もうとする自治体間での争奪戦も激しくなっています。

松田丈司さん(35)は東京・豊島区で暮らしていましたが、今年2月に栃木・那須塩原市へ引っ越してきました。松田さんはNTTコミュニケーションズに勤務しており、リモートワークで働いています。

「引っ越してから一度もオフィスには行っていません。午前9時までは子どもを見て、そこから仕事を始め、午後6時には夕飯や風呂で抜けます」(松田さん)

自然豊かな環境に憧れてはいましたが、仕事を変えてまでの移住は考えていませんでした。しかし、勤務先がコロナ禍で完全リモートワークを導入し、移住を決断しました。

「ここは観光で来たときに魅力的に映りました。仕事への支障は今のところはないです」(松田さん)

地方移住の最大のハードルが仕事や収入です。内閣府の調査では、東京圏在住で地方移住に関心がある人の46.2%が地方移住の懸念点に挙げています。リモートワークの定着をきっかけに移住者をめぐる自治体間の争奪戦が活発化しています。

松田さんも利用した那須塩原市にある移住促進センター。移住の相談件数は19年度は約60件でしたが、20年度は約120件と倍増しました。

那須塩原市がアピールする最大の武器が立地で、新幹線を使えば東京駅まで1時間あまりという利便性が売りです。さらに新幹線の定期券購入補助として月額1万円を支給する制度を設けています。

「東京と行き来する新幹線は1時間に1本ですが、朝夕は通勤する人がいるので1時間に数本は出ています。那須塩原市が終点だと寝過ごすことはありません」(移住促進センターの和田強所長)

さらに4月から家賃の一部補助を開始(条件あり)するほか、移住時に最大100万円を支給します(国の制度を含む)。

「コロナはひどい状態ですが、裏返すと今がチャンス。ですからチャンスを逃さずに、いろいろなソーシャルメディアを使いPRしていくことが大事だと思っています」(和田所長)

移住者争奪戦で最大2億円のキャンペーンも

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広島・江田島市にあるバレットグループのオフィスの窓からは海が見える。

自治体が移住者を獲得する動きは個人だけでなく、会社単位に広がっています。

広島・江田島市。人口わずか2万人あまりの町に今年3月、オフィスを開いたのは広告やIT事業を手がけるバレットグループです。東京・新宿にあった本社の一部機能を移しました。

移転に伴い、この町に移り住んだ社員の定木拓也さん(26歳)は「海と山に囲まれたオフィス環境はとてもリラックスでき、集中して業務ができます」と話します。

オフィスが入るのは市の施設で、内装工事などにかかった費用は県と市が補助しました。広島県は新型コロナをきっかけに企業誘致の支援を強化。本社機能の移転などを条件に、最大2億円の助成金を支給するキャンペーンを打ち出しました(申込受付は終了)。会社単位で移住者を獲得しようと躍起です。

20年度、広島県の支援を受けて移転した企業は1年前に比べてほぼ倍の31社。背景にはお金の支援だけでない移転後のサポートがあります。広島県は、地元と企業をつなげる人材も紹介しています。

この日、定木さんは、地元の一般社団法人「フウド」の後藤峻さんに案内され、オリーブ畑「峰尾農園」を訪れます。後藤さんは、広島県と江田島市がバレットグループに紹介した、移住者や移転企業の支援などに取り組む地域のエキスパートです。この地元農園の経営者には「害虫が木に卵を産んで、木を食べて枯れてしまう。島全体で250本あるので、それを毎朝見るのは不可能」という悩みがありました。

それを聞いた定木さんは「害虫駆除のセンサーのような、江田島に貢献できるシステムを開発できれば」と話します。

地域の問題を解決しながら、新たな仕事を生み出していくのがバレットグループの狙いでもあります。同社では今後さらなる社員の移住に加え、現地での採用も進めます。

バレットグループの小方厚社長は「5年後くらいにこんな世界がかなえられたらいいなと思っていたのが、コロナ禍で一気に前倒しされました。東京だけだと競合が多く、IT人材の取り合いになっているので、地方も含めた日本全国に商圏・採用のエリアを広げてみようという発想です」と話していました。