モミジ農園を営むアメリカ兄弟が人生激変!番組史上最大級の進化!:世界!ニッポン行きたい人応援団

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モミジを栽培する兄弟が、番組史上最大の進化を遂げた!


続いて紹介するのは、アメリカ・ノースカロライナ州に住む、「モミジ」を愛するマットさんとティムさん兄弟。

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「ジャパニーズメイプル」と呼ばれる、日本原産のモミジやカエデ。海外に広まったのは明治時代。開国で盆栽や日本庭園が世界に知られるようになり、モミジは欠かせない彩りとして輸出されるように。

兄弟がモミジ栽培を始めたきっかけは、祖母・ドリーさんが育てていたニッポンのモミジ。ドリーさんが他界した後も家族で大切に育ててきましたが、12年前に車が激突し、倒れてしまったそう。そこで2人は、ニッポンのモミジの美しさを多くの人に知ってもらいたいという祖母の思いを受け継ぐため、モミジ農園を始めました。

繊細なニッポンのモミジを育てるため、インターネットや専門書で勉強しながら試行錯誤しているマットさんとティムさん。経済的な余裕がなく、ニッポンにはまだ一度も行ったことがありません。

そんな2人をニッポンにご招待! 7年前、念願の初来日を果たしました。

まずは紅葉の名所巡りから。大阪の箕面でさまざまな種類のモミジを楽しみ、名瀑・箕面大滝の美しさに感動! 続いて京都に向かい、永観堂と常寂光寺へ。常寂光寺では住職のご厚意で、モミジの美しさを堪能できる中庭を特別に見せていただきました。

この常寂光寺のモミジを育てているのは、福島県にある「仲田種苗園」の2代目、仲田茂司さん。3つの農園でモミジなどを育成し、年間2万本も販売しています。今回、2人の熱い想いを伝えたところ、快く受け入れてくださいました。

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「自然になるべく近い状況で生産しています」と話す仲田さん。モミジには川も大事だそうで、渓谷へ案内していただくと、そこには川に向かって枝を伸ばす自然のモミジが。
マットさんは「今までこのような形で自生しているモミジを見たことがありませんでした」と衝撃を受けた様子。渓谷や滝には、湿度が高く西日を遮り、肥沃な土壌であるという、モミジが育つ条件が揃っているのです。

翌日は、国指定天然記念物「中釜戸シダレモミジ」を見せていただきました。幹にコブがつき、傘のように枝が広がっているのが特徴です。「本当に感動しました。私が人生で見た中で一番のモミジです」とティムさん。

2人は仲田さんに、「この経験は絶対に忘れません」「皆さんに教えていただいたことを必ず役立てます」と伝えました。

あれから7年。マットさんとティムさんのビデオレターを、仲田さんのもとへ!

仲田さんと出会ったことで、ビジネスと人生が大きく変わったと話すティムさん。7年前、約2500坪だった敷地は、2倍の約5000坪に! 従業員の数も、15倍の30人になりました。今では1日200件以上のオーダーが入り、毎日梱包と配送に大忙しだそう。

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さらに、自分たちで品種改良も。モミジの品種改良は難しく、1つ品種を増やすのに数年かかりますが、2人は3つの新種を開発。そのうちの1つが、中釜戸のシダレモミジにインスピレーションを受けた「ルッキンググラスフォールズ」です。笠を広げたような形に影響を受け、長くしだれるモミジを作ったそう。

新種は3つとも、発売すると即完売。今では1年で20万本以上のニッポンのモミジを、アメリカ全土に届けています。

ここまで人気になったのは、「応援団」への出演がきっかけ。7年前、ニッポンのテレビ番組の取材でニッポンへ行き、大好きなモミジを堪能したラッキーな兄弟とニュースで紹介されると、新聞や雑誌の取材が殺到。兄弟の熱狂的なファンもいるとか。

今では、従業員もモミジに詳しくなっているそうで、その秘密は、2人が仲田さんから学んだことをしっかり伝えているから。モミジの講演会でも仲田さんについて紹介するなど、自然の中で育つニッポンのモミジをアメリカに広めようとしています。

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そんな兄弟の人生が、番組史上最大級に変化! アメリカでもトップクラスの農園・ブッフホルツ種苗園の経営権を買い取ったのです。その広さは、東京ドーム2つ分の3万坪! 「すごいですね。日本のものを大切にして、広めてくれているというのがすごくありがたいですね」と仲田さん。

ここで、仲田さんと兄弟を中継でつなぐことに!

2人は今後、アメリカで日本庭園造りにチャレンジしたいそうで「何に気をつければいいですか?」と質問。仲田さんは「ノースカロライナ州の滝とかをモチーフに庭を造って、ニッポンのモミジを置いてみる。日本庭園というものは自然をモデルにしたものが多いので、文化交流としては最高かなと思います」とアドバイスを送りました。

すると今度は仲田さんから、番組初のビデオレター返し! 実は仲田さんも、2人と出会って人生が大きく変わっていたのです。

番組出演後、モミジ農場が人気の観光スポットに。さらに、2人との出会いに影響を受け、留学生向けワークショップを開催。自然環境の中で育つ仲田さんのモミジを見に、10カ国150人以上が農場を訪れています。

最近では、モミジを生かした日本庭園を自ら設計。ブータンで行われた花の博覧会に招待された際は、仲田さんの庭園を気に入った国王からウイスキーを贈られたそう。

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仲田さんは、「自分がやっていることは、いいことなんだな。日本のモミジは素晴らしいんだな。その価値を子孫まで伝えたいな。そういうことが明確になりましたよね。日本のモミジを再発見させてくれて、ありがとう」と話します。

ビデオレターを観た2人は、「すごい功績で本当にびっくりしました」「あなたのおかげで私たちはここまで頑張れました。同じモミジを愛する者として、この出会いを誇りに思います」と伝えます。

マットさんとティムさんをニッポンにご招待したら、アメリカ最大級のモミジ農園を経営することに! さらに仲田さんも、モミジを使った日本庭園で国際的な評価を得ていました!

奄美高等学校の郷土芸能部で“シマ唄”を学ぶ


続いて紹介するのは、ポーランドに住む、奄美の「シマ唄」を愛するナタリアさん。

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島唄といえば、1992年に大ヒットしたTHE BOOMの「島唄」で一躍有名に。これがきっかけとなり、島唄という名称が日本中に広まりました。沖縄のイメージが強い島唄ですが、元々は奄美周辺の島々で唄われていたもの。奄美では村や集落のことを「シマ」と呼び、島唄の表記も「シマ唄」と書きます。

日本民謡や沖縄民謡ではあまり使われない、裏声を多用する奄美のシマ唄。裏声にこぶしを織り交ぜた「グイン」と呼ばれる歌唱法や、伴奏に使われる「チヂン」と呼ばれる太鼓なども特徴的です。

ナタリアさんが奄美のシマ唄に出会ったのは3年前。大好きなアニメの挿入歌で使われていたのがきっかけ。以来、奄美のシマ唄を聴き続け、その歌声に魅了されているそう。中でも一番のお気に入りが「おぼくり」と呼ばれる伝統曲で、おぼくりとは、島の方言で感謝の意味を表わす言葉です。

こうした方言に込められた思いを理解するため、日本語を一から学びたいと考えたナタリアさんは、アルバイトで学費をため、ポーランドで最難関のワルシャワ大学に入学。日本学科で学ぶ傍ら、独学で奄美の方言を勉強しています。

ニッポンにはまだ一度も行ったことがないナタリアさん。歌われている自然や文化、風習などを肌で感じるため「奄美大島でシマ唄を習いたい」と願っています。

そんなナタリアさんをニッポンにご招待! 初めてのニッポンにやってきました。

向かったのは、奄美大島にある奄美高等学校。こちらの郷土芸能部は、奄美大島の伝統と文化を守るために創設され、シマ唄だけでなく奄美の民謡なども広く学べる部活です。ナタリアさんの熱意を伝えたところ、部活でシマ唄を学ばせていただけることに。

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「うがみんしょーらん(こんにちは)」と、奄美の言葉で迎えてくださった郷土芸能部の皆さん。シマ唄の定番曲「朝花節」と、「六調」という民謡を披露してくださいました。

六調はお祝いの席でシマ唄とセットで歌われ、宴の最後は全員で踊り明かすのが定番。ナタリアさんも皆さんと一緒に踊り、「とても素晴らしかったです」と大感激! 早速、シマ唄と六調を教えていただきます。

最初は朝花節の歌詞をなぞっていくのですが……シマ唄は楽譜がなく、リズムや方言は全て耳でコピーしなければなりません。方言独特のリズムが難しく、ナタリアさんは大苦戦。皆さんの歌を録画して覚えることに。ナタリアさんの練習の成果を発表するため、1週間後に発表会を開くことになり、この日の練習は終了しました。

翌日、皆さんが授業を受けている間、奄美大島の文化を知りたいと、ナタリアさんは中心地の名瀬へ。商店街で「あまみエフエム」の方に声をかけられ、そのまま飛び入り出演。すると放送終了後、なんと、元ちとせさんが目の前に! 実はナタリアさん、元ちとせさんの歌声が大好きだそうで、番組が熱意を伝えたところ、快く会っていただけたのです。

奄美大島出身の元ちとせさんは、2002年に「ワダツミの木」をリリース。100年に1人の歌声と称され、奄美のシマ唄を世に広めました。現在は奄美大島を拠点にしており、「あまみエフエム」にはレギュラー番組収録のため、週に一度は訪れているそう。すると、元さんのラジオ番組にも急遽出演させていただけることに。

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シマ唄について「方言の発音が難しいです」と話すナタリアさん。元さんは「いろんなシマ唄を聴いて、ナタリアさんの中で腑に落ちる節回しがどんどん増えていくと、自分のシマ唄になっていくと思います」とアドバイスをくださいました。

すると元さんが、特別に生歌を聴かせてくださることに! 朝花節と、子どもたちが最初に習うという「行きゅんにゃ加那節」を聴いたナタリアさんは、「今まで生きてきて良かったです」と感動! 元さんも「感動してもらえたことがすごく嬉しいです」と喜んでくださいました。

元ちとせさん、「あまみエフエム」の皆さん、本当にありがとうございました!

午後は部活へ。ナタリアさんにソロパートが与えられることになり、「まずは歌詞を覚えて頑張ります」と意気込みます。まだ1人では歌えないため、唄が得意な塩本結愛さんが付きっきりで指導。

朝花節は、舞台をみんなで始めましょうという唄。元気に楽しく唄うよう指導を受けましたが、ナタリアさんは感情を表に出すのが大の苦手。本番までに克服できるのでしょうか。

次の日、ナタリアさんを笑顔にするため、生徒たちからサプライズが。2キロの白い砂浜が続く用安海岸にやってきました。腹ごしらえをすませたら、いざ、奄美のビーチへ!

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すると、目の前にウミガメが。奄美周辺はウミガメの産卵地で、この時期多く見られるそう。 初めて間近で見るウミガメに、大興奮のナタリアさん。「とても楽しくて最高でした」と笑顔を見せました。

ここでナタリアさんが、「なぜ郷土芸能部に入部したのか」と尋ねると、「島が大好きだから!」との答えが。島が大好きな皆さんは、奄美の心を忘れないよう、シマ唄を唄うことで思い出を刻んでいます。だからこそ、奄美に興味を持ってくれたナタリアさんの気持ちが嬉しかったそう。この後、皆さんとビーチでシマ唄を唄ったナタリアさん。すっかり打ち解け、自然と笑顔に!

練習5日目。この日、歌詞を見ずに朝花節を歌えるようになっていたナタリアさん。毎日ホテルで寝る前、30回は歌って練習した成果が出ています。そこで、初めて1人で歌ってみることになりましたが……伴奏が始まると、突然教室の外に出て行ってしまいました。

実は、1人で歌う不安から過呼吸に。大勢の前で1人で歌ったことがなく、本番のことを考えると怖くなってしまったそう。「普段からすごく緊張しやすくて、それが顔に出てしまうので、本番までになんとかしたいです」と話します。

そしていよいよ、発表会当日。部長から「心を1つに笑顔と元気で踊りましょう」と、皆さんとお揃いのハッピが渡されます。今日まで1週間、移動中も時間を惜しんで唄の練習をしてきたナタリアさん。皆さんと円陣を組み、いざ舞台へ!

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朝花節が始まり、いよいよナタリアさんのソロパート。見事、1人で唄いきりました!
続いて六調が始まると、観客の皆さんも踊ります。奄美では宴席で必ず最後に六調が唄われ、一緒になって踊ることが友人の証です。発表会終了後は、皆さんとハイタッチをして成功を喜びました。

別れの時。「ポーランドに行っても私たちのことは忘れないでください」と、皆さんから郷土芸能部のハッピをいただきました。

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「私が内気なので感情を表に出すのが苦手なのですが、皆さんのおかげで楽しむことができました。ここに来たことは一生忘れません」と、感謝の手紙を読み上げるナタリアさん。最後に「ありがっさまりょーた(ありがとう)」「また、うがみんしょーろう(また会いましょう)」と、奄美の言葉で挨拶をしました。

「奄美高校郷土芸能部」の皆さん、本当にありがとうございました!

さらに、ある人に会うため東京へ。ナタリアさんがシマ唄を始めるきっかけになった唄者(シマ唄の名手)、朝崎郁恵さんが会ってくださることに!

奄美群島の加計呂麻島で生まれ育った朝崎さんは、10代にして天才唄者と呼ばれ、ニューヨークのカーネギーホールで公演を行うなど、海外でも活躍。その歌声で、60年以上にわたり、多くの人を魅了してきたシマ唄の第一人者です。

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いつかニッポンで朝崎さんの歌声を聴くことが夢だと話していたナタリアさんは、「感謝の気持ちでいっぱいです」と大感激。憧れの朝崎さんが唄う「おぼくり」を生で聴かせていただき、惜しみない拍手を送りました。

朝崎郁恵さん、本当にありがとうございました!

帰国を前にナタリアさんは、「奄美に来てから、皆さんのおかげで私は笑顔がすごく増えました。必ずまた奄美大島に帰ってきたいと思います」と語ってくれました。

ナタリアさん、またの来日をお待ちしています!

月曜夜8時からは、月曜プレミア8「世界!ニッポン行きたい人応援団」を放送!

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