ADHD診断をきっかけに人生激変!“過集中”の特性を活かしてアートの道へ

公開: 更新: テレ東プラス

記事画像日本のみならず世界中にファンをもつ“切り絵アーティスト”リトさん。発達障害のひとつADHD(注意欠陥・多動性障害)との診断をきっかけに、美術とは無縁ながら“過集中”の特性を活かしてアートを仕事にすると志してからの道のりについて話をうかがった。

※初のストーリー絵本「まねっこカメレオン」(講談社)や、創作活動についての話をうかがった【前編】はこちら!

【動画】障害があったら恋しちゃダメですか…?

ADHDの診断がきっかけに


――2018年に発達障害のひとつADHD(注意欠陥・多動性障害)と診断されたことが、創作活動のきっかけだそうですが、診断されたときはどんなお気持ちでしたか?

「救われた気分でした。これまで上手くできなかったことも、自分の努力不足ではなく、生まれつきの脳の機能障害が原因なら、もうどうにもならないことだから。“ああ良かった。僕はちゃんと頑張れていたんだ”と、ちょっと肩の荷が降りたというのが正直なところでした。周りから努力していないと見られて『もっと頑張れ』といわれても、どんな風に努力をしたらいいのかわからなかったんです」

――その後は、ご自身の心境や、周りの状況は改善されたんですか?

「最初は“これで僕は助けてもらえる”と思ったんです。国から支援がもらえて周りの人が心配して助けてくれて、“弱者”として受け入れてもらえると思ったら、実際はそうではなかった。国の支援も手厚いわけではなく、職場でカミングアウトした時に『なるべく配慮します』といってくれた人たちも、何日か後には『なんでできないの?』と問い正してくる。どこまでが障害で、どこまでが努力不足なのかという線引きが自分でもわからないし、周りの人たちはもっとわからない。『ADHDの障害があって、これができなくて、ごめんなさい』とはいえず、恐縮して『すみません』というしかない。だから当時は苦しかったですね」

――職場などでの周りの人の対応は、どうしたらよいのでしょう?

「ADHDの困りごとは細かく多様なので、ある程度知識がないと理解するのは厳しいと思います。例えば、『忘れ物をするなら紙に書いておけ』といわれて紙に書いたとしても、忘れてしまうんです。ADHDの人が『できない』といっていることを無理にやらせようとしても難しい。

職場などでは、適材適所で、その人が出来ること、得意なことを業務として割り振ることが大事かなと思います。僕は、フードサービス系の会社に勤めていたのですが、臨機応変さは全くないものの、仕込みや物をキレイに作ることにかけては人一倍できていました」

――以前のインタビューなどでリトさんは頭の中でYouTubeやテレビの映像がずっと流れているような感じとおっしゃっていましたが、今はどうでしょう?

「今は自分のことに集中して話をしているからいいんですが…。例えば、仕事の説明を受けている時とか、自分の興味のないことを聞かなくてはいけない場で、集中しようとは思うものの、しばらくすると、昨日見た番組や今日やりたいことを思い出したり、目の前の人が身につけているイヤリングが気になってしまったり…。頭の中でそれが連想ゲームのように展開されていって、まるでYouTubeの短い動画が連続的に再生されていくように、ずっと雑念があるんです。

治療薬を飲んだら、その雑念がパッと消えて、テレビを消したような感じで集中できて。その時に“一般的な脳の状態はこんな感じなんだ”と初めて知りました。

それまでオン・オフという切り替えの概念もよくわからなかったんです。だるそうにしていた人が、仕事が始まった途端にテキパキ動くのが不思議で仕方がなかった。僕は集中力を活かして作品をつくっていて、好きなこと、得意なことには集中できるけど、それ以外は難しいんです。ADHDはドーパミン(やる気や幸福感などに関する神経伝達物質)の出方が不安定で、自分が向きあう対象によってドーパミンが出にくいときもあれば、逆に出過ぎてしまうときもある」

――治療薬により、生活は変わりましたか?

「すぐに治療薬を飲むのはやめたんです。頭の中でいつも流れていた映像がなくなって静かになった時に、自分ではなくなるような、ひとつの個性が死んだような気がして怖くなって。街を歩いている時、いろいろなものが目に飛びこんできて、そうした情報から連想しながら考えをめぐらす一時は楽しい時間でもあったからです。そこまでして、この先ずっと生きていかなければならないのか…と思うとゾっとしてバカらしくなって、薬を飲むことをやめました」

SNSでの作品投稿


――まずはSNSでADHDの当事者としての情報発信からスタートされたそうですが、絵を投稿するようになったのはなぜですか?

「最初は“何か仕事に繋がれば”と、ADHDについて本を読んで学んだことをかみ砕いて発信していく、ということをやっていて。ボールペンで絵を描いたのは“ADHDの過集中をプラスとして使えばこんなこともできる”という障害に関するひとつの発信のつもりだったんです。それが思った以上に反響が大きくて。じゃあもう1枚…と描いていくうちに、“アートみたいなものをやった方が早く仕事になるんじゃないか”と考えるようになってシフトしていきました」

記事画像ボールペン画「内なる世界」

――初めてのボールペン画「内なる世界」は、画面全体にカラフルなミニチュアが描かれ、その真ん中に人らしきものが漂っているような作品です。

「僕の頭の中のごちゃごちゃしたものを描いたような気もしています。もともと絵が上手いわけではないし、そんな自分でも描けるものなんですが、SNSで『天才だ!』と絶賛されて…(笑)。

小学生の頃は絵が好きで自由に描いていたのですが、中学生になって周りと比べて自分は絵が上手くないことに気づいて、描くのをやめてしまったんです。だから、僕の絵は小学校のときのレベルで止まっている。でも、みんなが絵が上手くなる勉強を重ねてきた中、下手に勉強していない、こういうのもいいんじゃないかな、と。あの時、凍結されたものを含めて、カッコつけずに、自分のうちにあるものをそのまま素直に出していこうと思って、このタイトルをつけました」

――ボールペン画に始まってスクラッチ絵、紙粘土、切り絵、そして葉っぱ切り絵と次々に挑戦され、SNSで発表していく中で、どんな変化がありましたか?

「“みんなに喜んでもらおう。楽しんでもらおう。いいものを見せよう”と頑張って絵を描けば描くほど、フォロワーが減っていって苦しかったですね。それまでADHDの情報を発信してきた中でのフォロワーなので、“別にあなたの絵には興味はない”といわんばかりで。それでまたADHDの情報発信でフォロワーを増やすことを繰り返して、どうしたらいいのか悩んでいました。

このままアートの道に行くのか?それともADHDの情報発信の道に行くのか? Instagramもやってみたけど全然フォロワーが増えなくて。“頑張って作品をつくってもダメか…”という気持ちでした。葉っぱの切り絵は、そんな苦しいときに新しいチャレンジとして藁にもすがる思いで始めたものです」

――葉っぱの切り絵ではどんなものをつくられていたのですか?

「何作品目かで小さいエビをつくったら、今までにない数の“いいね!”がついて“えっ!?こんなシンプルな作品で…”と驚きました。Instagramで作品を評価してもらえることがわかって頑張る意欲がわいてきて、葉っぱ切り絵1本でいこうと決めてから『葉っぱ切り絵アーティスト』を名乗ることにしました。そこから今までずっとやり続けています」

――そうした苦しい状況の中、諦めずにやり続けられたのは?

「僕はすごく負けず嫌いなので、結果が出なかったときは落ち込むけど、“じゃあ、明日はこんな方向性でやってみよう”“何とかしていい結果を出そう”という闘志で取りくんでいました。少なからず見てくれるファンがいたので、その方々の1行のコメントに作品への思いを3行くらい綴って返信したりして。例えるなら、クリアできないゲームをどうやったらクリアできるかを必死に考えている時の苦しさと楽しさに近い感じでしたね」

――昨年秋、バイクで日本一周を達成したライダーの方が、ADHDを苦に若くして命を絶たれたという悲しい出来事もありました。リトさんは“自分ができないこと”を数えて悔やむのではなく、“自分が得意なこと”を探して伸ばしていくことで、ご自身の生き方を模索されました。これは発達障害に悩む方だけではなく、全ての人にとって指針となるのではないかと思います。

「僕も、最初からこうした考え方ができたわけではなくて。芸能人が『実は私も発達障害です』とカミングアウトしたときも、『この人たちは特殊な分野で活躍していて僕とは違う』とネガティブに捉えてしまっていました。

物事をマイナスの方から見ている時は、全てがマイナスに見えてしまいます。それを自分で切り替えようという意識になった時に、こういう人たちの発信もすごく大事なんだということがわかるようになりました。自分の経験上、言葉で説得してどうにかなるものではないことを知っているので、ADHDの当事者が毎日頑張って作品をつくっている背中を見てもらうことが大事かなと思っています。SEKAI NO OWARIのFukaseさんがADHDを公表したときの影響力、拡散力を見て、第一線で活躍している人だからこそ響くものがあり、自分もそうならないと広い範囲に言葉は届かないと痛感しました」

――創作活動をしていない時間のリラックス方法や、趣味などはありますか?

「ずっと机に向かっているとしんどくなってしまうので、家の近くのスーパー銭湯に行くのがリラックスの時間です。風呂に入っている間は無心でいられるのがいいですね。あとは、布団の中でYouTubeをみていたら3時間たっていたなんてこともあるし、マンガを読んだり携帯ゲームをやったりしながら半日をボーっと過ごしたりということもあります」

――最後に今後の展望をお聞かせください。

「全国のいろんな場所で展覧会をやらせていただいたので、今後は海外で個展を開くことを目標にしています。作品を楽しみにしてくださっている方々が期待していることでもあると思うので、チャレンジしたいですね。

もうひとつは、美術館でもギャラリーでも、自分の作品を常設する拠点を作りたいです。海外の方から『日本に行ってあなたの作品を見たい』といわれた時、そうした場所があれば観光してもらえるじゃないですか。実際の作品を見ると、作品集とはまた違って、みなさん繊細さに驚かれるので、ぜひ見てもらいたいんです。直にその目で見るからこそ、伝わるものがあると思っています」

リトさんが生み出すのは、見た目もタイプも違う者同士が共存する、愛と平和の世界。いかに難しいかを知っているからこそ、私たちは、そこに希望を見出すのかもしれない。今回、リトさんとお話して印象的だったのは、“苦境”と捉えられるような状況においても難しいゲームをクリアする感覚でどこか楽しんでいたところ。激変する世界で生き方を模索する現代人に、ひとつのヒントを与えてくれた。

記事画像葉っぱ切り絵絵本「まねっこカメレオン」(講談社)好評販売中!

【プロフィール】
リト@葉っぱ切り絵
葉っぱ切り絵アーティスト。1986年、神奈川県生まれ。ADHDの特性である過集中を活かすため、2020年より独学で制作を始め、SNSへの作品投稿を通じて注目を集める。葉っぱ切り絵コレクション「いつでも君のそばにいる」、葉っぱ切り絵絵本「素敵な空が見えるよ、明日もきっと」、メッセージカードブック「離れていても伝えたい」、葉っぱ切り絵絵本「まねっこカメレオン」(すべて講談社)ほか好評販売中。9月15日(金)「葉っぱ切り絵カレンダー2024 小さな優しい森の春夏秋冬 カレンダー」(講談社)発売。9月13日(水)〜9月20日(水)岐阜県・イオンモール大垣、10月7日(土)〜11月5日(日)長野県・いいづなアップルミュージアムで作品展開催。
公式サイト
X(Twitter):@lito_leafart
Instagram:@lito_leafart

 
(取材・文/榊原生織)