地域再生と生き残りを懸けた~長崎発!陶器商社の全貌:読んで分かる「カンブリア宮殿」

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地域再生と生き残りを懸けた~長崎発!陶器商社の全貌:読んで分かる「カンブリア宮殿」

デザイン性と手頃な値段で~愛用者急増の焼き物


東京・世田谷区の齊藤章恵さんは、料理と波佐見焼の食器を合わせるのが好きだという。たとえば揚げ物には黄色い皿。海鮮丼もカラフルな波佐見焼に盛り付けると華やかでお祭り気分になる。「緑の皿は黄色が引き立つし、黄色い皿は茶色が引き立つ。奇をてらわないから何をのせてもいいと思います」と言う。

東京・渋谷区の「渋谷ロフト」。波佐見焼は単にカラフルな食器だけではない。波佐見焼の「しょうゆさし」(大、1870円~)は一見ごく普通だが、注ぎ口の角度が工夫されていて液ダレしない。これが評価されてグッドデザイン賞に輝いた。

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富士山の形をした陶器製のコーヒードリッパー「コフィル富士」(5478円)は紙のフィルターを使わなくて済むから手間要らず。富士山の雪の部分に50ミクロンの穴が無数に空いており、紙フィルターより目が細かいので、雑味のないまろやかなコーヒーが味わえる。形の面白さと意外な用途でいま人気の商品だ。

この店では年々、波佐見焼の売り上げが伸びているという。

「いろいろな焼き物がある中で、波佐見焼は特徴のある焼物。デザイン性が変わっていて、今の暮らしに合うような機能的なところもあり、幅広い人に人気です」(「渋谷ロフト」・高橋康裕さん)

和の工芸品を取りそろえる「中川政七商店」の渋谷店。岐阜県の美濃焼や佐賀県の有田焼など伝統的な焼き物が並ぶ中で、やはり波佐見焼は人気だ。

女性客2人は「伝統的な焼き物は高いというイメージがあったので、波佐見焼はお値段も手頃だし、デザインも自分の家で使いやすそう」と、黄色と緑のマグカップ「HASAMIブロックマグ」(1760円)をチョイスした。同じシリーズのプレート「HASAMIプレートミニ」も1760円。高いデザイン性と手頃な価格が若い女性たちの支持を集めている。

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SNSでも大バズリ。波佐見焼と検索すれば39万件以上もヒットする。「とにかく色がかわいい」「どんなお料理にも合わせやすい」「盛りつけた時にお料理が映える」といったコメントで溢れている。

日用和食器のシェア(経済産業省)で、波佐見焼は1位の美濃焼に次いで、第2位にランクインしている。

廃業した製陶所を観光スポットに~「波佐見焼」をブレイクさせた立役者


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佐賀県との県境にある長崎県の波佐見町。人口1万4000人ほどの小さな町に窯元や陶磁器関係の会社が150もある。

波佐見焼の原料となるのは2000万年前の地層から採掘される「天草陶石」。これに水分を加え粘土状にする。波佐見焼の特徴は、「ろくろ」ではなく石こうの型で成形すること。積み上げた型に粘土状の土を流し込み、乾かせばきれいな器の形に。型を使うことで、大量生産を可能にしているのだ。

焼き上げる窯にも工夫がある。長さ50メートルもあるトンネル窯だ。生地がゆっくり進むにつれて温度を上げ、中心部では1300度の高温に。こうすることで「通常の窯は中でブレがあるんですけど、それがないような状態で焼き上がる」と言う。

こうして高品質だがリーズナブルな波佐見焼は作られているのだ。

そんな波佐見町でひときわ観光客に人気なのが「西の原」。波佐見焼のショップをメインとした観光スポットだ。波佐見焼を求めて、全国から客がやってくる。あまりの人気にネットでは買えず、直接産地へ来たという客も多い。中にあるカフェ「モンネ・ルギ・ムック」。ここでは地元の食材を使った料理が波佐見焼の器で楽しめる。

「西の原」は20年ほど前に廃業した製陶所の跡地に作られた。波佐見焼を全国区へ押し上げた立役者、西海陶器会長・児玉盛介(73)が買い取り、レストランやショップが並ぶ観光スポットとして再生させた。

「窯元の友人や町長と一緒に、波佐見町に人が集まる拠点があったら観光客が来てくれるかな、と。若い人たちがこんなところに集まるなんて全く思ってもいなかったです」(児玉)

児玉が率いる西海陶器は陶磁器専門の商社。商品を企画し、作る業者を選び、できた商品を販売ルートに乗せるという、いわばプロデューサー的な役割をしている。

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食器だけでなく、波佐見焼の可能性を広げてきた結果、世界的企業アップルからもオファーが。「アップルの事務所でうちのマグカップを使ってくれたらしくて、たまたまそれを見たアップルの社員の方が、『お前のマグカップかっこいいな』ということで、販売したいっていう依頼だった」と言う。

アメリカ本社のショップで西海陶器のオリジナルマグカップが公式グッズとして並んだのだ。

こうした戦略などで売り上げは右肩上がり、波佐見焼のけん引役を果たしている。

「波佐見の焼き物は一番、競争力がある。私たちの産業はずっと波佐見町でひとつの産業として生きている。その一つの役割が自分にはあった」(児玉)

ある大事件が田舎町を変えた~奮闘「波佐見焼」誕生秘話


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ゴールデンウィークの波佐見町ではビッグイベント「陶器まつり」が開かれていた。約150の窯元や商社が出店。さまざまな波佐見焼を求めて1週間で約30万人が訪れる。

「10~15年前までは6、7万人くらいしか来なかった。若い人や次の世代が来ているのも波佐見焼の魅力だと思っています」(児玉)

波佐見焼の誕生には複雑な事情があった。

波佐見町の隣には世界的に名の知れた有田焼の産地、佐賀県有田町がある。実は近年まで有田焼とは、波佐見町や三川内町など、有田とその周辺で作られた焼き物のことを指していた。中でも有田町で作られる物の多くは豪華な絵付けの贈答品。100万円を超える壺などもある。

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一方、隣の波佐見町は有田焼の下請けとして栄えてきた。児玉の父が1946年に興した西海陶器も、波佐見町で作られる有田焼の卸問屋として成長。2代目・盛介の時代になると国内の陶磁器全体の17%近くを売り上げ、最盛期を迎える。

しかし2002年、ある事件が町に一大事をもたらす。それは雪印や日本ハムによる牛肉の産地偽装事件。これによりブランドの地域表示が厳格化され、陶器業界にも波及した。

有田焼を名乗れるのは有田町で作られた器のみにすべき、という動きが出始めた。長年「有田焼」という名前で売ってきた波佐見町はピンチに陥った。しかし当時、組合長だった児玉は「まあ、それはしょうがない。そういう考えがあるんだったら、波佐見は波佐見でやってくべきだなと。『新しく波佐見焼を作ろうよ』というニュアンスです」。

有田焼と名乗れないなら、新たに波佐見焼というブランドを立ち上げようと考えたのだ。だが町の窯元たちは不安だった。

「正直、不安がありました。何百年と有田焼という名称で製作し販売していたのです。それがなくなるというのはやはり不安でした」(『一龍陶苑』・一瀬龍宏さん)

「実際、波佐見焼で売れるのかなという不安があった」(『和山』・廣田和樹さん)

だが、児玉は波佐見焼の立ち上げに動き出す。

「波佐見焼とは何かということを、作っている人も売っている人も含め、考え直さないといけない。みんなで考えようっていうのが、一番の取っ掛かりでした」(児玉)

波佐見焼としてどんな器を目指すべきなのか。手はじめに地元の学芸員に、波佐見町の焼き物の歴史を聞いてみた。

「もとは今から大体300年くらい前に始まった、一般庶民向けの器作りでした。『くらわんか茶碗』とか『くらわんか碗』といった言い方がよくされています」(「波佐見町歴史文化交流館」学芸員・中野雄二さん)

江戸時代の初期から庶民の普段使いの器を作っていたという。しかも、「北は北海道から、は沖縄まで、江戸時代の遺跡を発掘調査したら、波佐見焼がすごい高い確率で出てきます」(中野さん)。江戸時代には波佐見の食器が全国に広まっていたことも分かった。

波佐見焼とは庶民が普段使いできる器。キーワードを見つけた児玉が次に取り組んだのは、現代の人々を引きつけるデザインだ。

頼ったのは、陶磁器デザイナーの阿部薫太郎さん。世界的に人気のある北欧食器の本場スウェーデンで修行を積んだ人物だ。目指したのはスタイリッシュでシンプル、そして普段使いできるリーズナブルな器だった。

窯元も下請けから脱却~和食器から世界の食器へ


あとはこれを、どう売り出すか。児玉は最初、有名百貨店で販売しようと考えた。しかし無名の波佐見焼は見向きもされなかった。そこで若者が集まる「パルコ」やショッピングモールなどに出店先を変えた。

「ショッピングモールでものすごく売り上げが上がるという体験をあちこちでしました。百貨店に来る客層と、新しいショッピングモールに来る客層は変わってきていると。波佐見焼はショッピングモール側のマーケットに売っていく商品だということが分かっていったんです」(児玉)

購買層の中心は若い世代と見据えた児玉は、「ロフト」や「ビームス」といったセレクトショップにも商品を展開した。

さらに窯元には、独自の商品を作らせ、イベントに出品させた。当時の窯元は商社から注文された器を作るだけだったが、児玉は窯元自身にデザインさせ、直接客の声を聞くことで、自発的にものづくりができるようになると考えたのだ。

「前は言われたことを愚直にしていた。今は『この器はこのシーンで使ってもらおう』『こういうものを作ったらお客さんに喜ばれるだろう』と変わってきました」(前出・一瀬さん)

「メーカーも、自分ができる分は自分で置いてみろという感じです。(客の話を聞くことで)新しい食器ができ出したというのはあります」(前出・廣田さん)

たとえば焼酎カップ。使う人の手になじむよう、指を置くくぼみの高さや幅を変えた。また中に目盛りを加えて、焼酎とかを割る時の濃さの目印となるようにした。

地域再生と生き残りを懸けた~長崎発!陶器商社の全貌:読んで分かる「カンブリア宮殿」
窯元自身が売れる食器を作る意識を持ったことで、波佐見焼の人気は年々アップ。毎年、国内外の有名ブランドが出店するフェスティバルでは、ブースに長蛇の列ができる。

児玉のリーダーシップと窯元の努力によって人気ブランドとなった波佐見焼だが、今は3代目社長・息子の賢太郎がさらに進化させている。

「もともと和食器を扱っていたところから、世界の食器、テーブルウエアを開発するように舵を切っていった」

代表作が西海陶器のオリジナルブランド「ハサミポーセリン」。コンセプトは、インテリアの一部になれるデザインや色づかい。さまざまなアイテムがピッタリ重なるのが特徴で、収納性もいいうえ、見た目もスッキリする。

これらの特徴がアメリカやヨーロッパなど各地の人々に受け入れられ、今や世界約230店舗で販売、「世界のHASAMI」として広まっている。

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若者を町に呼び込め~県外からの移住者を誘致


波佐見町は高齢化問題が深刻となり、職人の後継ぎが減り、町も活気が失われていた。

そこで西海陶器は「西の原」を中心に県外から若い移住者を誘致している。ショップ「HANAわくすい」の店長・森村かおりさんは神戸からやって来た。

「コロナ禍でどこにもいけない閉塞感で、自然に囲まれたところで生活をしてみたいという時に、見つけました。移住も兼ねた転職だから、会社の社宅があったことでの安心は一番大きかったです」(森村さん)

西海陶器は、県外から移住しやすいよう、社員以外も入れる寮を持っている。

「やっぱり今の社会で、新しい感性とか知恵とか情報を持った人を入れ込まないと、地域の衰退から抜け出すことができない。それが移住者誘致に力を注ぐ一番の理由です」(児玉)

また、9年前からは、波佐見焼の職人を連れて全国の美術大学に赴き、波佐見焼の職人となってもらえるよう、窯元やメーカーで働く魅力を伝えている。

実際、今年の春には町の窯元「一誠陶器」に県外からの新入社員が入った。京都の美大を出た矢谷若菜さん。入社後間もないが、早くもある試作を任されている。

「今は猫の箸置きを作っています。私が大学の時に作っていたデザインを社長に見せた時に、『お店に置いてみようか』と言ってもらって、入社2週間目で新商品の製作をしています」(矢谷さん)

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町全体の活性化に力を注ぐ児玉には、こんな思いを語る。

「町があって地域の産業があって私たちのビジネスが成り立つ。いろいろな分野に新しい人が入ってきて、初めて我が社の発展とか将来のグレードアップにつながる」

ドイツから移住してきたミリアム・カリートさんのような人もいる。陶芸家を目指して有田窯業大学校留学中に波佐見焼と出会い、2012年に移住した。青一色の伝統的な「染め付け」の器を作っているが、真ん中には恐竜が。古い技法といにしえの恐竜。ミリアムさんの遊び心あふれる新たな波佐見焼だ。

同じ陶芸家の綿島健一郎さんと結婚、陶芸工房「スタジオワニ」を立ち上げた。伝統がない分、自由に作れる。それが波佐見焼の魅力なのかもしれない。

地域再生と生き残りを懸けた~長崎発!陶器商社の全貌:読んで分かる「カンブリア宮殿」
※価格は放送時の金額です。

~村上龍の編集後記~
1946年 創業者が、リヤカーで陶磁器の卸売をはじめ、肥前地区一帯の焼き物商社を設立。社名には、当時近くにかけられた西海橋のように、人とモノの架け橋となりたいというのがあった。西海橋、長崎県西部に生まれ育った者には懐かしく響く。波佐見焼は、シンプルだ。華美はない。それが世界に受けた。「西の原」は児玉さんが自社で買い取って、
好きなように運営している。奉仕の気持ちなんてない、社会正義をもってやっているわけではない。ただただうれしいのだそうだ。若い人が楽しそうにしているのが。

<出演者略歴>
児玉盛介(こだま・もりすけ)1950年、長崎県生まれ。2004年、長崎県陶磁器卸商業協同組合理事長。2021年、旭日双光章を受賞。

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