「松田聖子と出会わなければ…」70歳女装愛好家、波乱の人生と気になる現在地

公開: 更新: テレ東プラス

1980年代、フリルをあしらった派手なドレスを身につけ、圧倒的な存在感で原宿の街を練り歩いていたキャンディさんこと、女装愛好家のキャンディ・H・ミルキィさん。
現在70歳になったキャンディさんは、今もなお女装を続け、YouTubeチャンネル「キャンディびんぼう」を配信している。

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【動画】イケメンたちが女装? もしもこんな喫茶店があったら…?

今回の「テレ東プラス人生劇場」は、そんなキャンディさんの波乱の人生、そして“今”に迫るべく、「キャンディ・キャンディ博物館」(東京・柴又)へ。
1Fは昭和好きにはたまらないおもちゃやレコードが並ぶ「昭和レトロ喫茶セピア」。博物館はその2Fにあり、キャンディさんはここで館長を務めている。

頭には可愛いポンポン、自ら制作したピンクのフリフリドレスを身にまとい、明るく元気にあいさつしてくれたキャンディさん。一見元気そうに見えるが、机の脇には酸素ボンベと何種類もの薬が…。実は今、いくつもの病を抱えていた。

前編では、キャンディさんが女装に目覚めたきっかけや気になる家族との関係、25年間続けたお仕事まで、波乱の人生をインタビュー。今もなお、キャンディさんであり続ける理由を紐解く。

松田聖子とさえ出会わなければ…


――キャンディさんは、まだLGBTQ+という言葉がなかった時代から女装をしています。有名人でもありますが、女装に目覚めたのはいつ頃ですか?

「私には4つ上の姉がいるんですけど、子どもの頃から、姉の洋服や下着にフリフリが付いているのを見て、まず“うらやましい!”と思いました。そこで5~6歳の頃、姉がいない隙に、こっそり着てみたんですよ。その時、“やっぱり女の子のものはいいなぁ”と思ってしまった。そこから、家族の目を盗んでは女の子の洋服を着るようになりました。女性の肉体そのものよりも、着ているものに対して興奮してしまうようなんです」

記事画像▲若き日のキャンディさんとお母さん

――キャンディさんの恋愛・性的対象は、女性なんですよね?

「そうです。なので、女装した自分に性的な興奮を覚えるというか…。若い頃、1人暮らしをしていた時は、天井に鏡をつけ、鏡に写った自分の姿を見て、男の自分が興奮していました。この世界は自分自身が対象にもなり得るから、安上がりで便利なんですよ(笑)。結局は、奥さんに逃げられてもやめることができませんでした」

――そう! キャンディさんは結婚されていたんですよね?

「結婚は22歳の時。奥さんとは、定時制高校時代に知り合って結婚しました。定時制で、私が1年生を2回、2年生を2回やった時に奥さんと知り合ったんですけど、自分の方が年上かと思ったら、奥さんも3年遅れで…(笑)。『なんだ~じゃあ同い年じゃない!』ってことで結婚したんですよ。当時は“こりゃいかん!”とばかりに女装をやめていたし、人生をやり直すつもりだったから、あと先考えないで結婚して、子どもも3人ポンポンポンと生まれました」――定時制高校にいる間、結婚した当初、女装はやめていたんですよね。再びハマったきっかけはあるのでしょうか?

「それはもうね、完全に松田聖子さんなんですよ。彼女が真っ白なドレスを着てテレビに出てきた瞬間、私の頭の中で“バチン!”とスイッチが入る音がしました。もうそこからは、何をやってもあの白いドレスが頭から離れなくなってしまって…。
そして、今はもうなくなってしまった『エリザベス(女装クラブ)』へ足を運ぶんだけど、最初はなかなか入れなくてね。半年ぐらい迷って、やっと入ることができたんですよ。

1歩足を踏み入れたら、女装クラブのみんながとにかく明るいの(笑)。私が通っていた頃は、女性が好きで結婚している人が多かったから、女装が奥さんにバレた時の対処法とか、いろんなことを教えてもらいました。もしも見つかったら、『市民劇団に入ったんだ』と言う、女装クラブでの名前は、奥さんか娘の名前にするとか。そうすれば、たとえ寝言で言ったとしても、バレずにすむでしょ?(笑) もしもバレたとしても、しっかり稼いで家族に迷惑をかけなければ大丈夫とか、全部教えてくれました。あの頃は本当に楽しかったなぁ」

――それはナイスなアドバイスですね(笑)。そんなキャンディさんですが、やがて奥さまと離婚することになってしまいます。

「あれは忘れもしない1994年。夜中に奥さんが、『お父さん、変な趣味あるでしょ?』と…。“あぁついに来たか”と思いましたが、どうやら私がゲイだと思い込んでいたようなので、奥さんを女装クラブに連れて行き、『私の場合は、女性が好きだから女装するんだよ』と話したんだけど、なかなか理解が得られなくてね。
まあ理由はそれだけじゃなく、女装に夢中になりすぎて、奥さんと立ち上げた版下の仕事も疎かになってしまい、傾いてきていたんですよね。それで奥さんも働きに出たのに、親父の私は、女装クラブのみんなと映画なんか撮ったりして、平気で1カ月間家をあけたりしていましたから。結婚する時、あれほど『幸せにします!』と言ったのにさ。
だから奥さんには、今でも申し訳ないことをしたと思っています。奥さんには、何の非もないから(苦笑)」

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――キャンディさんは、2021年11月、23時の密着テレビ「レべチな人、見つけた」(テレビ東京)にご出演。80年代には、原宿を歩いて話題となり、テレビの情報番組やバラエティー番組にもよく出演していました。なぜ、原宿に出没するようになったのでしょう。

「当時、歩行者天国に竹の子族がいたんですよ。派手な衣装を着て踊る子たちを見て“いいなぁ”と思って、毎週日曜日にスーパーカブで通うようになりました。
女装クラブは入場料などのお金がかかるけど、なんといっても原宿はタダ(笑)。原宿に行って、机を置き、メイクしてかつらを被って顔を上げたら、みんなが『おぉ~!』と(笑)。そうこうしているうちに、あるテレビ番組が特集を組んでくれるようになったんです」

――そういえば、キャンディさんのドレスは、全部お手製なんですよね。

「そうなんです。イチから全部自分で作るので、大変だけど楽しいんですよね」

――あと、ずっと気になっていたんですけど、キャンディさんの後につく“ミルキィ”の由来は?

「元々は、ペコちゃんマニアだったんですよ。それで、キャンディの後にミルキィを付けました」

――そう言われてみると、なんとなく似ているような気がします(笑)。

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