大谷翔平、羽生結弦が書いた幼い頃の文集を大公開!90年代超人気俳優がファンに送った怪文書も!:これ、誰が書いたの?

公開: 更新: テレ東プラス

4月24日(月)に放送した「これ、誰が書いたの? 大谷翔平羽生結弦~スーパースター達の幼き頃の文章~」。
“卒業文集、作文、日記”など…スーパースターたちの「幼き頃の文章」には何が書いてあるのか? 当時の文章を読み返し、本人たちの原点を振り返り、現在を見つめ直す番組だ。

「テレ東プラス」は、特別に放送内容の一部を紹介する。

大谷翔平選手の将来の夢


大谷翔平、羽生結弦が書いた幼い頃の文集を大公開!90年代超人気俳優がファンに送った怪文書も!:これ、誰が書いたの?
これは、メジャーリーグ「ロサンゼルス・エンゼルス」大谷翔平選手が、16年前に書いた将来の夢。名もなき野球少年だった大谷選手は、これを書いた11年後にアメリカに渡り、二刀流でメジャーリーグを席巻。野球の全国大会どころか、「WBC」という世界最高峰の大会で見事優勝するという快挙を成し遂げた。

さらに、小学生時代の大谷選手が書いた貴重な文章を発見!

1年 おおたにしょうへい

Q:よく見る テレビ番組はなんですか?

大谷翔平、羽生結弦が書いた幼い頃の文集を大公開!90年代超人気俳優がファンに送った怪文書も!:これ、誰が書いたの?
Q:どんなおとなの人になりたいですか?

大谷翔平、羽生結弦が書いた幼い頃の文集を大公開!90年代超人気俳優がファンに送った怪文書も!:これ、誰が書いたの?

「おじいちゃん、おばあちゃん
ぼくが、いましていることは、スイミングです
いまは、200メートルメドレーです。
おじいちゃんは、子どものころはできたとおもいますが
いまでも子どものころのようにおよげますか。
これからも元気でいてください」

2年1組 大谷翔平より

"ふつうの人"になりたかった大谷少年。その夢だけは、叶わなかったのかもしれない。

オリンピックで2大会連続金メダルに輝いた羽生結弦の卒業文集

※直筆が見たい方は「ネットもテレ東」へ!

「瞬間」

「ぼくがこの六年間で一番心に残ったことはスケートのことです。
楽しかったこと、くやしかったことなどいろいろ学びました。

ぼくがスケートを始めてから五年が経った四年の時、初めて全日本へすいせんされました。
ぼくは何も考えずに無我夢中になって精一杯自分の演技をしました。
ふと気づいたら最後のポーズを終えた瞬間、大勢の観客から大きなはく手をもらいました。
そして「観客に感謝したい」と初めて思いました。
これからもスケートを続けていろいろなことを学んでいきたいです」

これを書いたのは、オリンピックで2大会連続金メダルに輝いた羽生結弦さん。
16年前、小学生だった羽生少年は、スケートの大会に出て、後に自身の哲学となることを学んでいた。
小学生にして「観客への感謝の大切さ」を綴っていた羽生少年。そんな思いが原動力になり、その後の「さらなる快進撃」が始まったのかもしれない。

90年代超人気俳優「ファンに送った怪文書」


「私の世界放浪癖は皆様もご存知のこととは、思いますが
ここで、ピラミッドの事について一言申したい所ではあります。
まずピラミッド(三つあるうちの“クフ王”のピラミッド)の
王の間にある“通気口”とされている“穴”
これは夏至の日の夜に 正確にシリウスをとらえます」

こちらは、90年代に一斉風靡した超人気俳優が、ファンクラブの会報に書いた直筆メッセージ。ピラミッドについて熱く説明する、かなりエキセントリックな内容だ。

大谷翔平、羽生結弦が書いた幼い頃の文集を大公開!90年代超人気俳優がファンに送った怪文書も!:これ、誰が書いたの?
当時、彼がドラマに主演すれば、平均視聴率20%を記録するほどの人気ぶり!

「10代の頃は、センター街を歩いてたら、身動き取れないくらい人だかりになっちゃってましたから…。一晩にデートの誘いが5人ぐらいから。『どっか行こう』って5人同時に連絡もらったりとか…。クラブでテキーラ飲んで踊りまくってって感じです」(本人談)。

この謎の文章を書いたのは、いったい誰なのか? ぜひ「ネットもテレ東」で確認を!

その他、番組では、モノマネで一世風靡したマルチタレントHの「父親のことを書いた“作文”」、大人気芸人Nの「中学時代を綴った“謎の日記”」も紹介!

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