旧カネボウ破綻から19年、「余り物」が復活できた理由:読んで分かる「カンブリア宮殿」

公開: 更新: テレ東プラス

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ロングセラー連発~前身はあの名門企業

名前の通り皮を剥いた甘栗がそのまま入った「甘栗むいちゃいました」、漢方のかぜ薬「葛根湯」、入浴剤の「旅の宿」......などを作っているクラシエ。商品を見せながら街で聞くと、ほとんどの人がなんらかの商品を知っていたが、会社名を言えた人は少なかった。

クラシエの中でも最近人気の商品が「知育菓子」。神奈川・横浜市のスーパー「そうてつローゼン」モザイク港北店には専門コーナーまである。クラシエが生み出した新ジャンルのお菓子で、自分で作って学べるのが特徴だ。

理科の実験をテーマにした商品や、粉と水だけで寿司そっくりのお菓子が作れる商品など。代表的なのが37年前からのロングセラー「ねるねるねるね」だ。付属の白い粉に水を加えて練ると、膨らんでいく。紫キャベツから抽出した成分が化学反応を起こし、色が変わるという。合成着色料や保存料は使わず、安心安全を打ち出している。

「知育菓子」はラインナップを次々増やして今では約25種類を展開。子育て世代を中心に人気を呼んでいる。

関口あさかさんの3歳の長女のお気に入りは「香りラボ」というお菓子。味や香り、色の感覚を養えるという。まず4色ある液体の味を確かめる。付録の冊子に、どの色と味が結びついたか線を引いたら、今度は2種類を混ぜ合わせて色と味がどう変わったかを学ぶ。

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「ママのお手伝いでキッチンに立ちたい、お料理をしたいという欲求が強かったのですが、『知育菓子』は自分で作る欲求を満たすことができてすごくいいと思います」(関口さん)

東京・港区のクラシエホールディングス本社。設立は2007年で、社員はグループ全体で約1700人。約60のブランドを展開し、商品数は1000近くに上るという。

ボディソープの「ナイーブ」は1994年発売。アイスクリームの「ヨーロピアンシュガーコーン」は1986年発売。「甘栗むいちゃいました」は1998年に発売されている。会社設立より前からのロングセラーが多いのは、前身の会社があるからだ。

それは、戦前には民間企業として売上高日本一になったこともある「カネボウ」。創業は1887年、繊維業からその歴史は始まった。昭和天皇が視察に訪れるなど、まさに名門企業だった。

その後、化粧品、日用品、食品、薬品と事業を多角化。「ペンタゴン経営」ともてはやされたが、バブル期に不動産にまで手を出し、巨額の債務超過に陥っていく。

2004年、産業再生機構に支援を要請、事実上の経営破綻となった。さらに再建のさなか、旧経営陣による粉飾決算も発覚。結局、稼ぎ頭の化粧品は「花王」に、繊維事業は老舗メーカーの「セーレン」に売却されることになる。

残ったのが食品・日用品・薬品の3事業。当時、「余り物」とも呼ばれたその3つをまとめて、2007年、クラシエとして再出発することになったのだ。

旧カネボウ破綻から19年、売り上げアップの秘密

群馬・高崎市のクラシエフーズ新町工場。「明治天皇が訪問した記念碑も残っています」と言って工場内を案内してくれたクラシエホールディングス社長・岩倉昌弘(61)は「当時この一帯がカネボウの工場でした。クラシエになる時みんな売ってしまった」と言う。

カネボウ時代、5万5000坪あった敷地はクラシエとなって半分以下になった。ここには明治時代に建てられた工場がいまも残っている。しかも現役で稼働しているが、中の設備は最新型だ。主にアイスクリームや知育菓子を作っている。

クラシエとなって16年、売り上げは順調に伸びている。コロナ禍で一時落ち込んだが、年間1000億円も目前だ。

その成長のきっかけとなった商品が2006年発売のヘアケアシリーズ「いち髪」。岩倉が陣頭指揮を執って大ヒットにつなげたクラシエの看板商品だ。

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旬の俳優をイメージキャラクターに起用するなどプロモーションにも力を入れ、ライバルの多い市場で年間100億円を売り上げる。

神奈川・横浜市のクラシエホームプロダクツビューティケア研究所を訪ねると、開発当時の資料を見せてくれた。

「我々が注目したのが平安時代です。その時代に使われていたのが『米のとぎ汁』でした」(研究企画部長・稲益悟志)

平安時代の女性が髪を洗うのに使っていた「米のとぎ汁」に、ダメージ補修効果があることを突き止め、日本人の髪質に合わせて独自に開発した米ぬかエキスなどを配合した。

「いち髪」は頭皮にやさしいアミノ酸系シャンプーの走りでもある。「アミノ酸系シャンプーは結構、泡立ちが悪かったりしますが、研究を重ねて、きめ細かい泡立ちのいいシャンプーになっています」と言う。

もう一つのヒット商品が漢方薬。カネボウ時代は漢字だらけのパッケージだったが、効能を分かりやすく表記したところ売り上げが倍増した。今やドラッグストアの棚に並ぶ漢方薬の大半をクラシエの商品が占める。

仕事体験ができる子ども向けのテーマパーク、千葉市の「カンドゥー」の一角にクラシエのブースがある。子どもたちが楽しんでいるのは「ねるねるねるね」だ。カネボウ時代にはCMに魔女を登場させ、怪しさで売っていた。だがクラシエになって方向を転換。安心安全で子どもが作りながら学べる「知育菓子」として商標を登録、人気を集めている。

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2018年、社長に就任した岩倉は「世界を夢中にする100年企業」という目標を掲げている。

「前の会社が100年少しで終わってしまったので、今度はもっと続く会社を作りたいという思いです」(岩倉)

「堕ちた名門」再建の舞台裏~目指した「普通の会社」とは?

旧カネボウが経営破綻したのは2004年。産業再生機構の支援のもとで再建が進められることになった。当時、テレビ東京は再建の現場を取材、43歳の岩倉に密着していた。岩倉はブランド再生プロジェクトのリーダーに抜擢。「代表的なブランドを変えることで、カネボウが変わると社内外にアピールしたい」と語っていた。

取り組んだのはボディソープ「ナイーブ」の大幅リニューアル。主力商品だったが、売り上げはピーク時の半分以下にまで落ち込んでいた。

まず取り掛かったのがボトルの刷新。詰め替えやすいよう、口を大きく広げた。さらに、化粧品に使っていたトウモロコシ由来のうるおい成分を配合するなど品質も改善した。

こうしたリニューアルによって売り上げをアップさせた岩倉は、2007年にクラシエが発足すると経営陣の一角を担うようになる。彼らが目指したのは「普通の会社」だった。

「私と前任の社長の間で『普通の会社にしよう』と言ったのは、朝起きて朝刊に悪口を書かれていないことなんです。あとは毎月給料がちゃんと入る会社にしましょう、と。こんなごく当たり前のことを普通の会社と定義したんです」(岩倉)

普通の会社に戻るために作ったものがある。それが表紙に「しるし」と書かれている冊子。カネボウ時代の反省から生まれた七つの行動指針だ。

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その一つに、「上司のほうを向くな」という項目がある。

「普通、こんなことを書かないですよね。ということは、当時いかに上司を見ていたかということ。お客様を見る、取引先を見るというごく当たり前のことができていなかった。要はカネボウの真逆をすればいいだけです。当たり前のことに戻すだけで、この会社は絶対良くなると思いました」(岩倉)

そして7番目には「正直でいる。透明にする」とある。これもカネボウ時代の苦い経験から生まれたものだ。

破綻する前の新聞に「冬のボーナス、ゼロ」という記事が載っている。当時の社員は、ボーナスカットなどの情報を、新聞で初めて知るという状態だった。

「で、会社に行き、上司に確認すると『俺もわからん』と。そんな感じでした」(岩倉)

カネボウ時代から勤め続ける社員も「不安でつらかったですよね。会社全体の情報というのは全く分からなかった」と話す。

過去の不透明な経営を反面教師に、クラシエでは社員に情報を大幅に公開している。社員なら誰でも見られるウェブページには、各事業部の業績がありのまま記載されている。経営会議の議題もオープンに。カネボウ時代には考えられなかったことだ。

「かなりの部分の情報が公開されていると思います。私たちが知りたい時にいつでも知ることができる。そういう環境になっていることは非常にありがたい」(同)

岩倉は最近、社員に向けた情報発信を動画でも行っている。「小学校の頃はカッパちゃんと呼ばれていました」などと、話題は主に仕事以外。カネボウ時代は雲の上の存在だった経営陣を身近に感じてもらうのが狙いだ。

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漢方薬も「旅の宿」も...~「クレイジー」に変える?

大阪・高槻市のクラシエフーズを取材中、社員のデスクに気になるものを見つけた。それは年初に岩倉から届いた一通の手紙。岩倉が社長に就任して5年、毎年、1700人いる社員全員に届くという。

最初の手紙に書いてあったのは「CRAZYはあなたの中にある」。CRAZYには「夢中になる」「熱狂する」という意味もある。新しいことにどんどんチャレンジしてほしいという岩倉からのメッセージだ。

「結構、反対もありました。こんな言葉でいいのかと。でも、我々が求めるのは変わることなんです。なんでこの言葉を使うのか、何を自分がやらないといけないか、みんなで考えようという共有の言葉にしたかったんです」(岩倉)

社員はどう受け止めたのか。手紙を見せてくれた社員は「ちょっと抽象的すぎて難しいなと思います。何か一つ飛び抜ければいいのかなとは思っているんですけど、なかなか実践はできない」と言う。

戸惑う社員を後押しするため岩倉はある部署を作った。その名もCRAZY創造部。常識破りの発想でさまざまな部署を巻き込み、これまでにない斬新な商品を作るのが仕事だ。
例えば2022年、日用品部門と開発したダンベル型のボディソープ。重さが1.2キロもあり、入浴中に筋トレができるという商品だ。

この日、CRAZY創造部の部長・七森有貴が訪ねたのは富山・高岡市にあるクラシエの漢方研究所。目をつけた社員がいた。入社2年目の薬理研究グループ・菅原美紗だ。

ふだんは実験室でひたすら漢方の効能を研究するのが菅原の仕事。ところが去年、七森から新商品の開発を持ちかけられ、二つ返事でOKした。

「やはり新しいものづくりに挑戦したいという気持ちはありました。一般の方々に『この商品、実は私が作ったんですよ』と言ってみたい気持ちもちょっとありました」(菅原)

開発しているのは、漢方に使われる生薬エキスを配合した若者向けのドリンク。生薬エキスを若者向けの商品に使うのは、クラシエにとって初めての試みだ。順調にいけば年内にも発売だという。

別の日に七森が訪ねたのは入浴剤「旅の宿」の開発チーム。ここでもクレイジーな商品開発が始まっていた。「ねるねるねるね」と「旅の宿」の異色のコラボ。子どもが楽しめる入浴剤が少ないという話を七森が聞きつけ、開発を持ちかけた。そこに「知育菓子」の開発チームもやって来た。部署間をつなぐことで、よりクレイジーな商品を生み出すのが狙いだ。

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コラボは仕事だけにとどまらない。バスケットボール部、軽音楽部など、部活制度を立ち上げたのもCRAZY創造部だ。およそ30の部が活動中。部署を跨いでの交流を広げている。

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「余り物」と呼ばれた3事業~次の100年への新戦略

2月中旬、群馬・高崎市。岩倉はある大事なことを伝えに食品部門のクラシエフーズ新町工場を訪ねた。ここで働く社員約100人をリモートでつなぎ、「ホールディングスが3事業会社を吸収合併します」と宣言した。いまは別会社となっている3つの事業を、年内には一つの会社にまとめるというのだ。

「今までこの十数年、3つの事業がうまくバランスを取っていたんですね。これからはバランスを取る以上に、総合力を発揮できる会社になれば違う価値が必ず生まれますから、その方向に組織を持っていきたいということです」(岩倉)

この日は、埼玉の営業チームも訪問。3部門統合の狙いを自ら伝えたいと、全国を回っている。

社員たちから「それぞれの部署がすごくいいノウハウを持っているのに、それを使いきれてないところがもったいないとは思っていた」「この道しかないんだと思って入社したんですけど、他の事業にもいける可能性が広がる。私個人としては楽しみ」という声が聞かれた。

村上龍の編集後記~
岩倉さんは「クラシエってちょっと変わっている」と言われたらいいと。カネボウの破綻が根底にある。環境の変化に対応できなかった。変化に対応するには「ちょっと変わっている」ほうがいい。クレイジーなくらいのほうが望ましい。だから「クレイジークラシエ」というビジョンを掲げた。ビジョンに関してはクレイジー以外にも候補があり、別の言葉を選んだ人が圧倒的に多かった。だが、それでは会社は変わらないと、自分で決めた。笑顔が印象的な、明るい人だ。クレイジーになるとかわいいかも知れない。

<出演者略歴>
岩倉昌弘(いわくら・まさひろ)1961年、兵庫県生まれ。1985年、関西大学社会学部卒業後、鐘紡入社。2007年、クラシエホームプロダクツ社長執行役員就任。2018年、クラシエホールディングス社長執行役員就任。

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