3年の時を経て初来日!秋田の曲げわっぱ工房で、アメリカ男性が伝統の職人技を学ぶ:世界!ニッポン行きたい人応援団

公開: 更新: テレ東プラス

ニッポンに行きたくてたまらない外国人を世界で大捜索! ニッポン愛がスゴすぎる外国人をご招待する「世界!ニッポン行きたい人応援団」 (月曜夜8時)。毎回ニッポンを愛する外国人たちの熱い想いを紹介し、感動を巻き起こしています。

今回は、「こんな方ならニッポンにご招待したい!」、さらに、コロナでご招待が延期になっていたアメリカ男性が初来日した様子をお届けします。

味噌が好きすぎて、70キロも手作りしているオーストラリア男性

紹介するのは、オーストラリアに住む、「味噌」をこよなく愛するボウさん。

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味噌は、飛鳥時代に宮中で使用されていた「未醤(みしょう)」という食品が起源といわれ、火傷などに効くと、塗り薬にも使われていました。
戦国時代には栄養価の高い万能食材として広まり、武田信玄や伊達政宗などの武将たちが生産を推奨。各地に独自の味噌があるのは、その名残りといわれています。

ボウさんは、2年前から独学で味噌を手作りし始め、今では70キロ近くの味噌を熟成させています。味噌を熟成させるには温度と湿度が大事だそうで、味噌を置く部屋は常に25度。「自分の心地よさよりも味噌が美味しくなることの方が大事なんです」と語ります。

20代の頃、シェフをしていたボウさん。その時の仲間に味噌汁を教えてもらい、味噌の持つ力やパンチ力に衝撃を受けたそう。10年前に食べた味噌汁の味が忘れられず、ニッポンの食材店でいろいろ買い集め、本やインターネットで調べた味噌料理を自宅で作るように。やがて大好きな味噌を自分で作ってみたくなり、2年前、本格的に作り始めました。

レシピ本をもとに独学でスタートした味噌作りですが、最初は本の通りに作っても温度や湿度などが難しく、麹の発酵がうまくいかずに失敗ばかり。そこでボウさんは、勤めていたレストランを辞め、発酵について学ぶためにビール工場へ転職します。

発酵学を極めるべく、発酵学が盛んなタスマニアの大学に入学。味噌の大量生産について研究し、500キロの赤味噌と白味噌を日々製造したそう。今では、顕微鏡で麹の成長を見るのが好きだと話します。

自慢のお髭にカバーをし、味噌作りを見せてもらうことに。
使用するのは、地元で作られた大豆。それを丹念に洗っては水を捨てる作業を5回繰り返します。きちんと豆の汚れを取らないと、渋みが出たり、うまく発酵しなかったりするそう。その後は、洗った豆を1日水に浸し、茹でること3時間。柔らかくなった大豆をミキサーにかけ、細かくします。

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続いて、味の決め手となる食塩水を加えます。濃度は4%にするのがポイント。これより濃いと、味噌に雑菌が繁殖しやすくなるのです。
発酵に必要な米麹を細かくした大豆に混ぜていきます。おにぎりを握るように中の空気を抜き、拳で押さえながら隙間なく瓶に詰めることで、カビの発生を防ぐそう。

風味が落ちないように、調理用シートを敷いて空気を遮断。ニッポンでは、約10ヵ月熟成させますが、ボウさんはわずか2ヵ月。熟成を長くするとなぜか香りが消え、塩辛くなってしまうため、短くしています。

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オーストラリアでは味噌に適した大豆が手に入りづらいため、ボウさんは大豆以外のオリジナル味噌の研究もしています。カボチャと大豆の味噌や、黄エンドウ豆と泡盛の麹を使った味噌の他、スピルリナやミトコンドリアなどの微生物で大豆を発酵させた、緑色の味噌も。

この日は、友人を招いて味噌パーティーを開催。自慢の味噌を使った料理は大好評ですが、ボウさんには悩みが。独学なので味噌の香りや風味が弱く、塩分の量によってコクやまろやかさなど、毎回出来が変わってしまうのです。

「ニッポンで細かい技術を学んで、味噌のクオリティを高めたいんです」と意気込むボウさんを、ニッポンにご招待! 来日の様子は、近日公開します!

憧れの工房で、幻の天然杉を使った曲げわっぱ作り

続いて紹介するのは、アメリカに住む、「曲げわっぱ」を愛してやまないブレンダンさん。

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曲げわっぱとは、杉や檜などの薄い板を筒状にして樹の皮で留縫いしたニッポン伝統の器。美しい木目と優雅な曲線が特長です。おひつや弁当箱として使うと、ご飯の余分な水分を吸収し、最後の一粒まで立ったまま。材料として多く使われる杉には殺菌効果もあり、ご飯が傷みにくいそう。

歴史は古く、平安時代の遺跡から出土した曲げわっぱは、ほぼ今と同じ形をしています。そして、曲げわっぱは今、ニッポンで大ブームとなっており、SNSにも自慢の曲げわっぱ弁当を披露する多くの投稿が。さらに、海外で注目されている「BENTO」の中でも使う人が増えています。

そんな曲げわっぱを一から手作りしているブレンダンさん。木工が趣味だった父親の影響で職人となったブレンダンさんが、曲げわっぱに出会ったのは26歳の時でした。きっかけは、当時取り組んでいた「木を曲げて作るコップの製作」。

当時のブレンダンさんの技術では、コップを作るのに金属が必要でした。しかし、食器として使うのに金属は避けたいと考え、何か方法はないかと悩んでいた時、友人からニッポンの曲げわっぱを教わったのです。

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すぐさま曲げわっぱの虜になったブレンダンさんは、試行錯誤していくつも製作。最初は板を曲げる時に、何度も割ってしまったとか。「曲げわっぱはシンプルですがハイレベルな木工技術が詰まっています。本当に素晴らしいです」。

ブレンダンさんは、まだニッポンには一度も行ったことがなく、インターネットの動画だけを参考に独学で曲げわっぱを作っています。一体どうやって作っているのか、見せてもらうことに。

筒状になる部分の材料作りから。ニッポンでは杉の板と山桜の皮を使いますが、アメリカでは手に入りづらいので、本体はホワイトオーク、樹皮はヒッコリーを使います。板状にした木材を、カンナで1センチほどの厚さになるよう削り、さらに平らになるよう加工します。

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次は、板を曲げる工程。椅子の脚などを曲げるために使う、ブレンダンさん手作りのスチームボックスに板を入れ、柔らかくしてから曲げます。
実は、板を温めて柔らかくする方法は動画では詳しくわからず、いろいろ試した結果、蒸気で90度以上の高温にするこの方法が一番だったそう。

板を蒸すこと20分。熱いうちに、水道管を輪切りにした筒に板を巻きつけ、その上から留め金で固定します。この道具も自己流!

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こうして巻いた状態で2日間陰干しをすると、しっかり筒状に。装飾をほどこし、底板をはめこんだら、ブレンダンさん特製の曲げわっぱの出来上がり!
これまでに10個以上作りましたが、「ニッポンの職人さんに比べたら、自分の技術は全然ダメ」とのこと。ニッポンに行き、本場の職人さんから曲げわっぱについて学びたいと話します。

そんなブレンダンさんを、ニッポンにご招待! 3年越しの初来日を果たしました。

向かったのは、曲げわっぱ発祥の地、秋田県大館市。そもそも、木を曲げて形にする工芸品を曲物といい、全国にさまざまな曲物がありますが、国から伝統的工芸品として認定されているのは、大館の曲げわっぱだけなのです。

始まりは、杉が豊富な秋田県で、林業の職人さんが使っていたお弁当箱とされています。
江戸時代、大館城主が下級武士に副業として曲げわっぱ作りを奨励し、産業が発展。以来、伝統技術が受け継がれ、大館の特産品になったそう。

今回お世話になるのは、現代の名工として表彰されている職人・柴田慶信さんが1966年に創業した「柴田慶信商店」。美しさや技術が高く評価され、国から伝統的工芸品に認定される要因となった、大館を代表する曲げわっぱの工房です。

憧れだった「柴田慶信商店」の直営店を訪れたブレンダンさん。5段重ねのものや、せいろ専用などさまざまな曲げわっぱに囲まれ、「オーマイガッ」を連発。「ここに1日中いられるんですよね? この時間が信じられません」と大興奮!

「嬉しいですね」と見ていたのは、「柴田慶信商店」の二代目・柴田昌正さん。12年前に先代の父親から引き継ぎ、従来の作り方を踏襲するかたわら、伝統と現代をミックスした曲げわっぱも製作しています。アメリカでも昌正さんの名前は知られており、ブレンダンさんも会いたいと話していました。

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憧れの職人さんが、ブレンダンさんの目の前に登場! 「何てことだ! 言葉が出てこない」と驚きながらも、「憧れの人に会えるなんて胸がいっぱいです」と喜びを伝えます。

ブレンダンさんが作った曲げわっぱを見ていただくと、昌正さんの評価は100点満点中70点。「使う分には何の問題もないと思うので70点。あと30点が美しさってところなので、それは今回わかると思います」。

というわけで、本社の中にある工場へ。昌正さんによると、伝統産業は分業制になっており、3年ほどで自分の仕事を覚えたら次の工程に移り、12年かけて全ての工程ができるようになるそう。「柴田慶信商店」の曲げわっぱも工程ごとに分業で作られ、11名の職人さんが、約1ヵ月に3種類ずつ、合計600個を製作しています。

早速、製作現場を見せていただくことに。曲げわっぱの工程は大きく分けて、製材、剥ぎ取り、曲げ、乾燥、接着、底入れ、仕上げ、カバとじの8つ。昌正さんは、剥ぎ取りが一番難しく、経験が必要だと話します。剥ぎ取りとは、板を筒にする時に重なる両端の部分を薄くする作業。上手にできれば丸く曲がりますが、うまくいかなければ、形がいびつになってしまいます。

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アメリカでは、機械でヤスリがけをして板を薄くしていたブレンダンさん。剥ぎ取りの工程では、カンナをかけて薄くします。ポイントは、曲げた際に重なる両端の部分を同じ厚さにすること。しかしこの時点では曲げることができないため、職人の経験と勘で厚さを揃えているのです。

ブレンダンさんも剥ぎ取りに挑戦させていただきます。普段使っている西洋のカンナは、ニッポンとは逆の、押して使用するタイプ。ニッポンのカンナは初めてなので、刃の角度が急すぎて極端に薄くなったり、台を削ってしまったりとなかなかうまくいきません。
「何回もやって、どのくらいの角度か覚えれば、できるようになります」と昌正さん。

続いて、板を曲げる工程。ブレンダンさんはスチームボックスで板を温め、水道管の筒を使い、金属の枠で固定していましたが、本来はお湯で煮沸して曲げるそう。温度が大事で、80度が一番曲げやすいとか。

板を一晩水に浸け、曲げる直前に80度で4時間煮沸し、熱々のままコロと呼ばれる杉製の丸い型を押しあてて曲げていきます。しっかり曲げ癖をつけたら一気に丸め、すぐさま木バサミで固定。昌正さんによると、冷める前の柔らかいうちに早く曲げた方がいいそう。

ポイントは、木バサミの使い方。板の厚さによって木バサミをずらし、挟む力を調整するのです。
これまでブレンダンさんは、この曲げる作業で手間取っていましたが、木バサミを使えば素早い作業が可能になります。さらに、金属の枠は力が一箇所に集中するため跡がついてしまうことがありますが、木バサミは板に対して均一の力で押さえるので、見た目もきれいに仕上がります。

とはいえ、木バサミにも注意点が! 材料が厚いものを強く押さえると、そこが押し傷に。仕上がりを決めるのは、素早さと木バサミの微妙な力加減なのです。

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ブレンダンさんも曲げの工程を体験させていただきますが、木バサミの扱いに苦戦する場面も。昌正さんから、体重をかけたほうがしっかり巻き付けられるとアドバイスをいただきました。

この後は、固定したまま数日かけて乾燥させ、食品に適合した接着剤を塗り、蓋や底になる板をはめ込み、仕上げに陶芸用のろくろを使って磨き上げます。

最後は「カバとじ」という工程。カバとじとは、筒状の重なっている部分に山桜の皮を縫い込む作業のこと。
ブレンダンさんは、インターネットの動画で素材は山桜の皮だとわかったものの、どのようにすれば美しく繊細なデザインができるのかわからず、職人さんに聞きたかったそう。
山桜もアメリカでは入手困難なため、ヒッコリーという木の皮で代用。ブレンダンさんの曲げわっぱ作りで、このカバとじが一番苦労する工程なのです。

山桜の皮は、昌正さんが年に1度、8~9月にかけて山に入って採ってきたもの。1年乾燥させてから表面を削り、薄くして使っています。
山桜の皮を小さく切り揃え、夏目に入れた切れ目に通して編み込んでいきます。夏目とは、夏に成長してできた層で、年輪の幅が広く柔らかいのが特徴。冬目は冬の時期の層で、幅が狭くかたいため、刃物が入っていかないのです。

「穴をあけると水が漏れるので、木と木を広げて、山桜を隙間に通すというイメージ」と話す昌正さん。縫い終わったら水をつけて熱を加えると、木が膨張して隙間がなくなるそう。最後は、丁寧にやすりをかけます。

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編んだ柄にはさまざまな願いが込められており、「子持ち縫い」は子孫繁栄、魚の鱗をイメージした柄は、女性が厄年に鱗柄の帯をすることから厄除けの意味が込められています。「美しさに意味が隠されているなんて、素晴らしいです」。

作業後は昌正さんに誘われ、大館の皆さんが開いてくださった歓迎会へ。
雪中貯蔵という雪の中で眠らせたお酒で乾杯。鶏モツと豆腐などを煮込んだ「かやき」、わらびを一本そのまま煮た「わらびの竿煮」など郷土料理を堪能し、地元の方々との交流を楽しみました。

翌日、昌正さんに連れて来ていただいたのは、秋田県能代市にある渡部製材所。「やっぱり曲げわっぱは材料が命です」と、天然杉を見せてくださいました。

昌正さんは、主に東北産の天然杉を使用しています。植林したものを使うこともありますが、天然杉は木目が細かく、材料として優れているそう。植林した杉は肥料も使うため成長が早く、幅がある年輪に。一方、天然でじっくり育ったものは、キメ細かい年輪に。
さらに東北地方は気温が低いため、杉の成長が遅く、より美しい年輪になるのです。

年輪の線の部分にあたる冬目は非常にかたく、曲げわっぱの強度を保ってくれます。線と線の間、夏に成長した夏目は柔らかいので、ご飯の余分な水分を吸って美味しくしてくれるのです。

実は昌正さん、製材の指示をしに来たそう。買った材料から一番良い材料をとるためです。曲げわっぱには、杉の良い部分しか使わないため、材料として使える赤太と呼ばれる部分は木材の40パーセントほど。木の芯や外側の腐りやすい白太部分は使いません。

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材料を買う時は、「おひつだったら何個作れるか考えて買うように」と教えられた昌正さん。しかし、杉の本当の価値は製材してみないとわからず、色が悪かったり、思わぬハプニングがあったりと、見込んでいた利益の半分に満たないことも。
ブレンダンさんは、「まるでプレゼントボックスですね」と話します。

この日の材料を製材してみると、美しい木目が現れ、ホッと一安心。「木目がずっと上まで通っているので、特にこの材料はいいですね」と昌正さん。木目がまっすぐだと、曲げて作った時にきれいな円になりますが、ねじれているといびつな形になってしまうのです。
こうして製材を終えた木材はトラックへ。ブレンダンさんも率先して手伝いました。

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大館に戻ると、職人さんに混ざり、工場の隅で剥ぎ取りをするブレンダンさんの姿が!
ニッポン滞在中、貴重な時間を無駄にしたくないと、剥ぎ取りの猛練習をしているのです。

ブレンダンさんの熱意に心を打たれた昌正さんから提案があり、曲げわっぱを一から作ることに。材料も特別なものを用意してくださいました。昌正さんの父親が長年ためてきた、天然の秋田杉です。
秋田の天然杉は年輪の幅が狭くて美しく、青森の青森ヒバ、長野の木曽ひのきと並ぶ、ニッポン三大美林の一つとされています。

実は、平成25年から天然秋田杉は資源保護のため伐採が中止に。現在は市場に出回っていないため希少価値も高く、仮に市場に出れば一般的な天然杉の3倍以上の値がつくとか。
伐採中止前に購入して大切に保管していたものを、今回特別に使わせていただきます。
「お父さんの宝物を使えるなんて。寛大な心に感謝します」と感動!

まずは、適度な大きさにカット。表面を削ると、天然秋田杉の美しい木目が現れます。そして、慣れないニッポンのカンナで練習を繰り返した剥ぎ取りへ。貴重な木材を無駄にはできないため、緊張が走ります。初めての時は台ごと削ってしまいましたが、今回の仕上がりは合格をいただきました。

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続いては、曲げの作業。昌正さんに確認しながらしっかりとコロに巻き付け、木バサミで固定します。乾燥させている間は、定期的に開催している曲げわっぱの体験教室を手伝い、職人さん総出の雪かきにも参加しました。

乾燥が終了したら、接着する前に、大事な「端(つま)とり」の加工を。今よりも接着剤が弱かった時代、角があるところは剥がれやすいので、最初から角を取る加工です。

その後、いくつもの工程を昌正さんのサポートを受けながら作業し、最後はカバとじ。8日間かけて製作した、ブレンダンさんの曲げわっぱが完成! 「きれいな仕上がりになりました」とお褒めの言葉もいただきました。

希少な天然秋田杉を使った、ブレンダンさんの曲げわっぱ。幅が狭く整った美しい木目は、長い年月をかけてじっくりと育った証。そして丸みを帯びた滑らかな美しいフォルムは、「柴田慶信商店」の特徴です。

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格段に上達したブレンダンさんの技術ですが、中でもこだわったのが、カバとじのデザイン。柄に意味がこめられていると知り、作業の合間、昌正さんの曲げわっぱを参考にオリジナルの柄をデザインしたのです。
親子の意味を持つ柄があると知って考えついたのは、真ん中が娘、その隣が自分と妻、両サイドが自分の両親という柄。テーマは「世代」です。渾身の曲げわっぱに、昌正さんは100点満点をつけてくださいました。

別れの時。お世話になったお礼に、ブレンダンさんが作った白樺のキャニスターを贈ります。さらに、「昌正さんの辛抱強さ、寛大さ、優しさのおかげで、曲げわっぱ作りはもちろん、大館という土地が大好きになりました。昌正さんに、柴田慶信商店を作ったお父さんの慶信さん、そして職人の皆さんには心から感謝しています」と手紙を読み上げます。

「素直なこと、好きなこと、続ける力があれば、きっと上達します。商品は自分の分身だと思うので、分身をいっぱい作って広めてもらいたいと思います」と昌正さん。帰国したらすぐさま製作に取り掛かれるよう、山桜の皮やカンナなど、曲げわっぱ作りに欠かせない道具一式をお土産にくださいました。

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さらに、今回ブレンダンさんが作った曲げわっぱの蓋の裏に、記念として名前を刻印。最初は刻印に気付かなかったブレンダンさんですが、蓋の裏を見て「わぉ! ブレンダン!」と驚く一幕も。
最後は「また会いましょう」「必ず戻ってきます」と握手を交わして別れを惜しみました。

柴田昌正さん、本当にありがとうございました!

曲げわっぱを通してさまざまな出会いがあったニッポン滞在。帰国を前にブレンダンさんは、「大館に来て、僕の曲げわっぱ愛はさらに増しました。これから道のりは長いですが、いい曲げわっぱ職人になれるように頑張ります」と語りました。

ブレンダンさん、またの来日、お待ちしています!


月曜夜8時からは、月曜プレミア8「世界!ニッポン行きたい人応援団」"寿司&日本刀を愛す方ご招待!"を放送!

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