中国経済の成長ぶりと抱える矛盾...拡大する<都市と地方の格差>の現状を取材:ガイアの夜明け

公開: 更新: テレ東プラス

3月24日(金)に放送された「ガイアの夜明け」(毎週金曜夜10時)のテーマは、ガイア20周年企画 第12弾「中国大変貌!巨龍はどこへ...」。
20周年企画の最終章は、番組が放送当初から追いかけ続けてきた中国を特集する。
進出する日本企業の奮闘や、中国経済の成長ぶりと抱える矛盾、拡大する格差の現状を取材。
かつて安価で豊富な労働力を誇った"世界の工場"中国は、今や人口14億人を抱える巨大な"一大消費地"へと変貌していた。
日本企業は、中国とどう向き合っていくのか...最前線を取材した。

パナソニックが「街を作る!」

首都・北京に、日系企業の先駆けとなった場所がある。ここには、当時の「松下電器」が中国に初めて設立した巨大なブラウン管工場があった。

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中国事業を率いる「パナソニックホールディングス」の本間哲朗副社長は、「パナソニックグループの中国事業の創業の地ともいえる場所で、1987年に設立した北京松下カラーブラウン管工場の跡地だ」と話す。
現在はその一角に、海外ではここだけとなる「松下記念館」があり、創業者の松下幸之助氏は、会社の寿命が短い中国で100年企業を育てた経営者として尊敬されている。

そのきっかけとなる、貴重なビデオが残されていた。
1978年、鄧小平副首相(当時)が「松下電器」を訪問。「中国の近代化に協力してほしい」と願い出た鄧小平氏に、「なんぼでもね、お手伝いいたします」と返す松下氏。
「21世紀は、日本や中国などアジアの繁栄の時代。大きな視野で中国の近代化に協力しましょう」と話したという。

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この言葉を機に、ビジネスを拡大。現在中国での売り上げは、「パナソニック」全体の約3割を占めるまでになっている。

番組が始まった2002年、カメラは当時の「松下電器」を取材していた。
この時、中国の工場から来た研修生に教えていたのは、最先端の技術。当時、液晶と主導権を争っていたプラズマ・ディスプレー・パネルの製造だ。日本人と中国人が一緒に、「パナソニック」の未来に向かって走り出していた。

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しかし、その勢いに陰りが見えたのは2010年代。後に世界最大手に上り詰める「ハイアール」や「東芝」のテレビ事業を傘下に収めることになる「ハイセンス」など、中国の家電メーカーが急成長し、「パナソニック」の中国事業は、これに押されるように成長が止まってしまう。

その要因について分析してきた本間さんは、「1つが朝から晩まで日本を向いた経営。中国にいるのに日本を向いて会社を経営している。2つ目が、中国の人や物を活用できていない。3つ目が、全般的なコスト力不足、その解決策として、やはり中国のことは中国で決める」と話す。

2019年、中国でのビジネスを強化するため、「パナソニック」は日本から独立した権限を持つ初の会社「パナソニック中国・北東アジア社」を設立。新会社でデザイナーのトップを任されたのが、デザインセンター所長の西澤剛さんだった。
改革の中で生まれたのが、日本では売っていない、こちらの大きな箱。

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ドラム式洗濯機の上に置いて使うそうだが、西澤さんによると「エアバック技術を搭載し、セーターなどのデリケートな衣類を押し洗いで洗濯できる」という。
クリーニング店が少ない中国では、傷みやすい生地の服も自宅で洗うのが主流。これを使えば、きれいに仕上げることができる。

「日本では、10年以上前から技術開発を進めていた。(中国で)ユーザーリサーチをかけて、"いいじゃないか"と」。

日本で製品化できなかった技術を応用し、わずか1年で商品化。他にも、シェーバーは日本と全く違うデザインに変えている。キーワードは"中国人の一目惚れ"で、この形になってから、シェアは大幅に拡大した。

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2月下旬。上海で、新しい美顔器の開発会議が行われていた。これまで日本と同じものを販売していたが、機能性を前面に押し出した形は、日本では信頼の証に繋がるものの、中国では受け入れられなかったのだ。
参加するデザイナーは全員中国人。彼らの感性に委ね、デザインを根本から変えていく。
その場で次々と具体的なアイデアが出され、あっという間にデザインが出揃った。

一方、別のデザインチームが検討しているのは、家の設計図面。「パナソニック」は、家電の他、住宅設備まで幅広く手がけ、住宅全体の空間プロデュースにも力を入れている。

江蘇省宜興市。新しくできたマンションは、建物から内装まで、全て「パナソニック」が設計。家電もすべて「パナソニック」製だ。
ターゲットは、健康志向が高い富裕層のシニア。トイレはITを駆使しており、便座に座るだけで体脂肪や血圧などを測定。付属品のスティック式のセンサーを使えば、尿検査まで手軽にできるが、いずれも日本ではまだ製品化されていない。

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スマートフォンでカーテンや照明をコントロールする「睡眠管理システム」を導入した寝室も。スマホが高齢者まで浸透している、中国ならではの装備だ。

実はここ、一棟だけではなく、街全体が「パナソニック」による設計で、東京ドーム6個分以上の広大な敷地に27棟のマンションが建ち並んでいる。

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街の名は、中国で初めて「松下」の名がついた「雅達・松下社区」。「パナソニック」のすべてを注ぎ込んだマンションは、不動産不況の中、すでに半分が売れていた。
いったいどんな暮らしが送れるのか...。1月に北京から引っ越してきた書道家の自宅を訪ねた。

経済成長を支えた"農民工"はいま

1960年代。地方から都会へ集団就職した10代の若者たちは、日本の経済成長を支えた貴重な人材で、"金の卵"と呼ばれた。それから40年の時を経た中国で、「ガイア」は再び、その光景を目にする。

20年前に出会った少女、厳建麗さん(当時18歳)は、中国の貧しい農村に家族で住んでいたが、妹2人の学費を稼ぐため、都会へ出稼ぎにいくことを決めた。

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建麗さんが就職した「明陽電器」は、当時、建設ラッシュを追い風に急成長する変圧器の工場。給料は、ひと月約9000円だった。

2009年、再び「明陽電器」を訪ねると、工場は大きくなり、建麗さんの月給は4万5000円に。同じ工場で働く陳さんと結婚した建麗さんは母となり、450万円で購入した広さ112平米の新築マンションで暮らしていた。
農村では考えられない豊かな暮らし...お母さんも田舎から出てきており、建麗さんの人生は10年で一変。誰もが幸せになれると信じていた時代だった。

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2023年2月、中国・北京。宅配最大手「美団」で宅配ライダーとして働く王蕾忠さん(29歳)は、地方出身の出稼ぎ農民工。実は、宅配ライダーの約8割が王さんのような農民工で、その数は約500万人。これが彼らの新しい働き方で、スマホ1台あれば、仕事を始めることができる。

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AIが数万人の宅配ライダーの位置情報を管理し、最も効率的な配送ルートを瞬時に導き出す。指定された時間に遅れると、罰金が課されることも。
そのため、近道なら、通行禁止の地下道だっておかまいなし。罰金を避けるため、逆走も当たり前になっていた。

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王さんは「長く続けられる仕事じゃない。毎日ずっと外で走り続けるのはリスクが高い」と話す。

月20万円ほどの給料は、ほぼ全額家族の元へ仕送り。そんな王さんの故郷は、黄河の中流に位置する山西省で、やせた土地が広がっている。
こうした農村部の年収は、日本円にして平均約37万円、都市部の4割ほどの低い水準だ。

経済成長にとり残された農村部と都市との格差は、この20年で拡大し続けていた――。

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番組ではこの他、中国でも急成長し、攻めの姿勢を強める「ニトリ」のいまに迫る。

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