大人気「象印食堂」が東京に進出!”究極の炊飯器”が進化!:ガイアの夜明け

公開: 更新: テレ東プラス

2月10日(金)に放送された「ガイアの夜明け」(毎週金曜夜10時)のテーマは、「幸せにする驚き家電!~"究極の炊飯器"と昭和の必需品~」。
大阪で行列必至! 大人気の「象印食堂」が新メニューを揃えて東京に進出した。「ガイア」はオープンまでの舞台裏を徹底取材。そして、"一家に一台"、昭和の必需品であるミシンが復活。新商品開発までの1年に密着した。

古民家のかまどから誕生した"究極の炊飯器"が進化

大阪・ミナミの繁華街にそびえ立つ「なんばスカイオ」。その中に、開店直後、すぐさま満席になるお店「象印食堂」がある。象印マホービンが手がける店で、不動の一番人気が「象印御前」(1980円)。メインディッシュを「鶏」「豚肉」「魚」の3種類から選べ、副菜やデザートも豊富で10種類以上揃う。

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そして、お客がしきりに感心していたのが、象印が誇る最高級家庭用炊飯器「炎舞炊き」で炊いたご飯。何杯でも無料のおかわりコーナーがあり、5~6杯お代わりするお客も。「ご飯がふっくらで、立つというのが家ではなかなかできない。やっぱり違うなという感じでした」と話す。

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各社、炊き方にこだわった10万円前後の高級機種がしのぎを削る中、「炎舞炊き」は特価でも最も高い11万5000円超え。高級炊飯器でトップシェアを誇る。

大阪・大東市にある象印マホービンの工場。「炎舞炊き」の最高級機種は、この工場で手作業で作られており、発売以来、約20万台も生産してきた。
象印は大正時代から白熱電球のガラスを作っていた技術を生かし、魔法瓶の内瓶を製造。戦後は本格的に魔法瓶の事業に参入し、商品を生活用品全般に広げていく。

1974年に電子炊飯器を開発し、その後トップシェアを獲得。オーブントースターなど家庭用調理器具を数多く手がけ、大手家電メーカーとは一線を画す形で業績を伸ばしてきた。今や年商は約825億円、従業員数約1300人を誇る。

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「炎舞炊き」を開発した商品企画部 サブマネージャーの三嶋一徳さんは、古民家に通い詰め、赤外線カメラを使い、竈の中で温度がどう変化するのかを分析してヒット商品を作った。
「どんどん火の位置が移動しているというか、炎の当たり方が一定じゃないということが、炊飯にとって好影響を与えていた」と三嶋さん。なべ底にしかなかったヒーターを3カ所に分散し、それぞれをコンピュータで制御し、竈の中の複雑な熱の伝わり方を再現したのだ。

三嶋さんが頻繁に足を運ぶ「象印食堂」では、定期的に炊き方を変えたご飯を出し、お客の好みを細かく探っている。三嶋さんにとってここは、炊飯器の次の開発へ向けた大事なリサーチの場でもある。

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お客に答えてもらったアンケートで、最近よく目にするのが「しゃっきりがおいしい。硬めのご飯が好き」という意見だった。

象印マホービン 大阪工場では、炊飯器の開発チームが集まって、「黄」「赤」「青」「緑」と書かれた炊飯器のご飯の味比べをしていた。「黄色」が現在市販している「炎舞炊き」で、他は火力の大きさなどを変えた試作機のもの。炊飯器の開発は、常に試作と試食の繰り返しで、三嶋さんは「これ以上ないんじゃないかとよく聞かれるが、そう思ってしまうとそれで終わってしまう。よりおいしく炊けるようにいろんな技術を磨いていきたい」と話す。

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去年12月、東京駅。「象印食堂」の責任者である北村充子さんは、「KITTE丸の内」で「象印食堂」2号店を立ち上げる準備を進めていた。高級炊飯器のさらなる開発を見据えての東京進出、こだわりのご飯でお客さんを呼べる店にしなければならない...。「ガイア」のカメラが、オープンまでの様子に密着した。

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なぜ今、ミシンが復活! 入荷待ち1カ月も...

大阪・梅田のとあるビルで、ミシンの体験教室が行われていた。参加者は40~60代の男女3人。ミシンを使うのは10年ぶりという女性は、「こんなに絡まらないミシンってあるの?」と驚く。

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「孫につくる、わたしにやさしいミシン」(1万4080円)は、シニア世代でも使いやすいようにと開発された。重さは2キロほどで、付属のルーペで拡大すれば糸通しも楽々、スピードも通常の半分に調整できる優しい機能が満載だ。

60代の男性は、定年退職後の趣味としてミシンを始めたいそう。チャレンジしたのはお手製のマスク作りで、1時間ほどで完成した。

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「やさしいミシン」の生みの親、山﨑一史さんの会社「アックスヤマザキ」の本社は、大阪市生野区にある。1946年創業で、従業員18人と業界最少規模ながら次々ヒットを飛ばし、売り上げは年間約10億円。
「子育てにちょうどいいミシン」(1万2100円)は、「年間1万台売れたらヒット」と言われる業界で累計10万台を売り上げた。子どもが針に触らないようにと安全カバーをつけ、外すとスマホスタンドに早変わり。さらにミシン本体につけたQRコードを読み込むと、動画で使い方を見ることができる。

「ターゲットを絞って、一つひとつ応えられるミシンを作っていく」と山﨑さん。

戦後、一気に一般家庭へ広まったミシンは、昭和のお母さんの必需品だったが、1990年代をピークに販売台数は年々減少を続け、今に至る。
そんな中、山﨑さんのお父さんが生み出し、約40万台の大ヒットを記録したのが、通販用に開発した「山﨑範夫の電子ミシン」だった。しかし、2000年代に入ると業界の縮小に耐えきれず「アックスヤマザキ」も倒産の危機に。機械商社の営業マンだった山﨑さんは、2015年に3代目社長として会社を引き継ぐことになった。

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最初のヒットは身近なところにあった。毛糸でミシンが使える子ども用のミシン、その名も「ハグ」は約13万台を売り上げて大ヒットに。妻と娘2人、4人暮らしの山﨑さんは「ミシンは大人がやるもので子どもがやるという発想はなかったが、自分の娘が使えるミシンを作りたいと思った」と話す。

去年4月、「アックスヤマザキ」は新商品の開発に着手した。打ち出したのは、「男のミシン」。キャンパス生地など硬いものも縫えるのがポイントで、男性に人気のレザークラフトもできるミシンを目指す。「ミシンのイメージを変えたい。これまでにない"男のミシン"で文化を変えたい」と山﨑さん。

開発リーダーで職人歴30年の谷﨑圭介さんが目をつけたのは、90年代に自社で生産していたアンティークミシン。重さは11キロ、鉄製のボディで強度が高く、皮も縫えるパワーを確保できる。

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1ヵ月半後、第1号の試作機が出来上がった。年末商戦への投入を目指し、販売は秋から、夏までの完成が目標だ。しかし、山﨑さんがレザークラフトを趣味にする友人、氏久力さんに試してもらうと、まさかの事態に。山﨑さんはすぐに開発チームに報告するが、果たして予定通り、秋に売り出すことができるのか。

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