アーティストの存在はモグラに似たり!?森山未來×森純平「アーティスト・イン・レジデンス」を語る

公開: 更新: テレ東プラス

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アーティストが一定期間ある土地に滞在し、異なる文化環境で制作活動を行うプログラム「アーティスト・イン・レジデンス」。コロナ禍に三重県伊勢市が滞在費を全額負担する「アーティスト・イン・レジデンス」に、132人92組のクリエイターが参加して話題になったのも記憶に新しい。日本では90年代前半から始まり、近年は地域文化の振興の面からも期待されるが、その実態はどのようなものなのか。そして私たちと、どう関係するのか。

今年4月、兵庫県神戸市の北野に「アーティスト・イン・レジデンス神戸(AiRK)」(※注:1)を立ちあげたダンサー・俳優の森山未來さんと、2013年より約10年にわたり、千葉県松戸市でアーティスト・イン・レジデンス「PARADISE AIR」のディレクターを務める建築家・森純平さんの対談をお届けする。

初対面は昨春の松戸だった

――森山さんと森さんは交流があるそうですが、まずはおふたりのご関係からお聞かせください。

森山未來「森さんが運営されている『PARADISE AIR』に、去年4月に滞在しました。『PARADISE AIR』の存在は5、6年前から知っていたのですが、海外のアーティストにフォーカスして招聘しているので、それまでは日本人が参加するイメージがなかったんです。

そんな中、演劇作家の岩井秀人とシンガーソングライターの前野健太と3人でやっているユニット『なむはむだはむ』(子供たちとのワークショップから作品を立ち上げていくプロジェクト)で、新しいクリエーションをどこでやろうかとなった時にお声がけいただいて、10日間ほど面倒を見てもらいました」

森純平「『PARADISE AIR』で滞在するにあたりこれまでの活動の説明と滞在場所、制作場所を紹介するのですが、『なむはむ』のみなさんにもPARADISEの紹介をし、その後一緒に街を歩いている際に飲み屋のことを聞いてきたのが記憶に残っています、街を楽しむ気満々だなと」

artist_20221008_005.jpeg千葉県松戸「PARADISE AIR」なむはむだはむ滞在時の様子(撮影:加藤甫)

「アーティスト・イン・レジデンス」の役割とは?

――森さんは、約10年間「PARADISE AIR」に携わっていますが、「アーティスト・イン・レジデンス」の役割をどう捉えていますか?

「最近全国で様々なレジデンスが増えています。"一定期間アーティストが滞在制作をする場所"という大枠くらいで、土地や運営する団体によって形はそれぞれ違います。僕たちもレジデンスを始めるに当たって様々な事例を調べました。海外にはコンテナの中に1ヵ月間住むレジデンスや、川を下りながらボートに滞在するなど面白いレジデンスもあって。王道や正解があるわけではなく、アーティストにとって展覧会や公演のように何かをアウトプットする場所ではなく、あくまで"アーティストの日常をサポートするための場所"だと思っています。

キュレーターの服部浩之さんは、『キャリアのあるなしに関わらずどんなキャリアや状況の人にとってもアーティストやクリエイターを応援する場所』ということをおっしゃっていて。僕もこれに共感しています。例えば大学を卒業したばかりの若手と言われるアーティスト達には、自分がやりたいことに向き合うために滞在制作の機会を活用してほしい。中堅世代には徐々に個展などのチャンスが増えて生活と制作に忙殺されそうなところを、新しいものを生みだす時間を確保するために滞在してほしい。もしかしたら、巨匠と呼ばれるようなアーティストにとっても出来上がった自分のスタイルの延長線上ではない新たな発見やきっかけを得られるかもしれない。

『PARADISE AIR』も当初は若いアーティストを応援するのがいいのかなと漠然と考えていたのですが、さまざまなアーティストと出会ってきたなかで、キャリアもジャンルも多岐にわたるアーティストたちが滞在してくれるようになりました」

artist_20221008_006.jpg千葉県松戸「PARADISE AIR」(撮影:加藤甫)

――『PARADISE AIR』は、海外アーティストがメインですよね?

「よく勘違いされることが多いのですが、常に国内のアーティストに対してもドアを開いています。特に現在はコロナ禍で日本にいるアーティストも国内のレジデンスに目が向いたことで日本からの応募も増えました。とはいえ世界中から届く応募の比率としては10:1くらい。日本では東京近辺を拠点としてアーティスト活動をする人が多いので、江戸川を挟んだ松戸にわざわざ滞在するのは現実的じゃない、という立地的なものが関係しているかもしれません。

例えば、パフォーミングアーツ(演劇・舞踊など、肉体の行為によって表現する芸術)に特化した兵庫県のレジデンス施設『城崎国際アートセンター』は、海外からも日本国内からも滞在者が多い印象です。城崎は温泉の町なので、稽古が終わったら魅力的な温泉街に繰り出せますし。土地の力は大きいですね」

artiste_20221008_02.JPG「アーティスト・イン・レジデンス神戸(AiRK)」にて

――森山さんは、なぜ神戸に「アーティスト・イン・レジデンス」を?

森山「実は、東京で生活をしながら作品を作っていくことにちょっと限界を感じて、海外に拠点を作りたいと考えていたんです。自分がアーティストとしてこれからやっていくにあたって、どこかに違う空間を用意したかった。自分の新しいパフォーマンスのプロジェクトで、レジデンスでクリエーションするスタイルを取りたかったこともありました。

コロナ禍により海外でという線がなくなり、国内で可能性のある場所はどこだろうと目を向けて。神戸出身ですが神戸にこだわっていたわけではなく、東北、広島県の尾道、九州も面白く魅力的な場所だと考えていました。そんな中で、映画や『DANCE BOX』(神戸新長田を拠点にコンテンポラリーダンスを中心とした舞台芸術作品の公演を企画制作)の仕事で神戸に長くいる時間があり、"ここに拠点があってもいいんじゃないか"と思ったんです」

――10月からは、森山未來さん×脳科学者の中野信子さん×世界的ダンサーのエラ・ホチルドさんによる新作パフォーマンス公演「FORMULA」が予定されていますね。

森山「まさしくそれをレジデンススタイルで作っています。今年の1月に神戸で2週間、6月にパリのアートスペース『104(LE CENTQUATRE)』で2週間やってきて、9月の中旬からは東京で1ヵ月集中して取り組みます。

舞台やパフォーマンス作品を作る時、日本の場合は本番前に約1ヵ月~1ヵ月半の集中した稽古期間をとることがほとんどですが、海外では1~2年の長いスパンかけ、例えばレジデンスでリサーチしてリクリエーションしたものを3ヵ月寝かせて、別の場所でクリエーションして本番を迎える、という取り組み方をします。自分は海外でそうしたスタイルを経験し、作品が豊かになる感覚がありました。

ある期間、知らない土地で異邦人になって町を見回したり人と出会ったりする生活が、作品作りのインスピレーションに繋がります。アーティストにとって内省的な時間を過ごすことは非常に重要。レジデンスで居住を共にすることもインスピレーションに繋がり、作品の密度が増していく。作品とのコミュニケーションをしっかり取りながら進んでいける時間の流れ方が魅力なんです」

――国内外でたくさんのレジデンス経験をされてどんな効果を得られていますか?

森山「その時のレジデンスがクリエーションのどの段階かによって自分へのストレスのかかり具合が違うので、滞在の印象も違ってきます。カリカリしている時はどこにいたってカリカリしているから(笑)。

数年前、フランスのモンテロン駅から車で45分ほどの牧草地エリアにある、昔の城をリノベーションしたレジデンス施設に宿泊した時は、のんびり作品がつくれてよかったですね。教会エリアがスタジオとして使えるようになっていて、周囲に誰もいない環境ですが、夜には地元の少年とたわいもない話をしたりして。

香港でのレジデンスの時はデモの真っ最中で、町を歩くと眼が痛くなったり、稽古をしているすぐ横でレンガをひっくり返して逃げ惑っている学生たちがいたりして。そこでの時間がクリエーションにどう繋がったのかは具体的に説明できないですが、非日常の空間に身を浸して作品を作ることで、必ず表現上の何かにはなっているんですよね。ひとりの人間の経験値として、その時の作品だけではなく、その後の活動にも影響を及ぼします」