伝説の占い師・暮れの酉、壮絶人生明かす「占いと出会わなかったら、グレていたかもしれません」

公開: 更新: テレ東プラス

10月6日(木)深夜2時(※13日(木)~は深夜1時30分)からは、MCに加藤浩次を迎え、マジでリアルな占い番組が始動! 新番組「占いなんて信じない」がスタート!
※「世界卓球2022」により放送日時を変更する可能性があります。

初回ゲストに、とろサーモン・久保田かずのぶが登場! 全く話さなかった弟!? 知られざる家族の話とは! さらに...今後地上波に居場所ナシ!? 占いによって、久保田の真実が次々と明らかに!

「テレ東プラス」は、「占いリアリティーショー どこまで言っていいですか?」にも出演し、引き続き「占いなんて信じない」にも出演する、伝説の占い師・暮れの酉さんを取材!
物腰が柔らかく、癒しの笑顔で心にそっと寄り添う鑑定が魅力の暮れの酉さん。実は壮絶な半生を抱えていました。

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本当にしんどい時、占いによって悩む次元がズレたり、星の意味に悩むことで、心の状態をすり替えることができる

――こうしてお会いすると、背が高くてスタイル抜群! テレビの印象そのままで、お会いした瞬間から心を開いてしまいそうです!(笑) まずは暮れの酉さんの半生からお伺いしたいのですが、幼少期はどのようなお子様でしたか?

「とても複雑な家庭で育ちました。幼稚園時代は、借金と暴力親父におびえる日々。父親はお店を2つ経営する美容師でしたが、お店を持ったことで満足してしまったのか、真面目に仕事をせず、借金を作っては浮気...家に女の人を連れてきたこともありました。

小学校1年生になった頃、両親は離婚。僕自身、父親が家にいると怖かったですし、家の中に嫌な空気が漂っていたので、母もそれに耐えきれなくなったのだと思います。
離婚後は、母方の祖父母と同居するようになりましたが、今度は祖父の暴力が。女性は自分の父親に似た人を好きになると言いますが、きっと母は自分の父に似た人に惹かれてしまったのでしょうね。祖父の暴力におびえながら暮らす僕は、表面上はいい子を演じていましたが、祖父に呪いをかけて復讐してやろうと決意したこともあります」

――大変なご苦労があったのですね...。

「そうですね。でも占い師になると、そういう悩みを抱えた人の話をよく聞くので、自分が経験したことは、さほど特別ではないと思えるようになりました。自分の傷の癒しにもなっているので、占い師になって本当に良かったなと思います。
実は占い師って、壮絶な過去や複雑な家庭を持つ人が多いんですよ。『なんで自分はこんなに苦しまなくちゃいけないの? 周りは幸せそうなのに』という根源的な疑問があるからこそ、その理由が探りたくて占いの道に進むのだろうと想像します。

占いは、自分の痛みを直視せずに済む方法でもある。『この苦しみには、何か違うところに原因があるはず』と、すり替えができるんですよね。本当にしんどい時って、なかなか現実と向き合うことができないと思うのですが、占いで悩む次元がズレたり、星の意味に悩むことによって、心の状態をすり替えることができる。
僕自身、それで苦しみから逃げられたと思いますし、もしも占いと出会わなかったらグレていたかもしれません。

僕は半月で生まれているのですが、『半月は両親がけんかする配置だから、しょうがないか』と、星を理由にすることができた。長く続いている占い師は、こうやって占いに救われた経験があるんじゃないかなと思います」

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――たしかに、つらいことがあった時、星の位置と関連付けることで、人は試練を受け入れやすくなるのかもしれません。
暮れの酉さんが、占いの道に入った一番のきっかけは何だったのでしょうか。

「高校時代は周りから浮いた存在でした。何か人と違う趣味を見つけたくて本屋さんをぶらついていたところ、タロットカードに出会ったんです。
クラスメイトの前で披露したら意外と好評だったので、勇気を出して、文化祭の出し物として『占いはどう? 僕がやるけど』と提案しました。すると運よく採用されて、クラスで占いの館をすることになったんです。
この占いの館が、朝から晩まで行列ができるほど盛況で...。目立たない生徒だった僕にとってはその成功体験がすごく大きくて、初めて自分を認めてもらった出来事と言っても過言ではないです。占いを通じて人との関わり方を見つけられたことも大きかったですね」

――そこから1度もぶれずに占いの道を歩んでこられた。

「そうですね。中3〜高1年生くらいまで、"中二病"じゃないですけど、少し暗い性格でした。でも、占いを通して人と話すことによって、それが少し解けたというか...。人に求められたのが純粋にうれしかったし、占いが自分に向いていると信じることができました。
今振り返ると、高校の時のあの成功体験がなかったら、どこかで折れてしまったかもしれません。

高校生の時、2年間占い教室に通い、そこで出会った占いの師匠が高校卒業と同時に『占いの館』を紹介してくれて、18歳で占い師に。師匠は昭和5年生まれで、『ちょっとやってみたら?』というノリでした。今の僕なら『そんな子どもにやらせていいの?』と思うんですけど、そこは昭和5年生まれのファンキーさですかね(笑)。
『占いだけでは食べていけない』と言われましたが、デビュー初日の収入は7500円で、その後も一定した収入があり、占い師になってすぐ、生活が成り立ちました」

――すぐに軌道に乗ったとはいえ、ご苦労もあったのでは?

「社会人経験ゼロから占い師になったので、デビュー当時は、一般的な知識や常識が欠けているという意味での苦労がありました。
実は18歳でデビューした初日、セックスレスに悩むお客様を占ったんです。僕は当時、セックスレスという言葉すら知らなくて...(笑)。意味が分からず、てんやわんやしている僕を見たお客様が『私の悩みって、たいしたことないのね』と笑っていたことをよく覚えています。

社会人のお客様が多かったので、異動や転勤の悩みを占うこともありましたが、そもそも『異動』の意味すらよく分からず...本当にバカでしょ?(笑)。でもお客様から、『あなたって常識で判断しないから、主観が入ってなくていい!』と面白がっていただけることもあって...。『不倫だから絶対ダメ、三角関係だからうまくいかない』などの固定概念がないので、それが良い方向に働くこともあるんですよね。
僕がデビューした頃は、今ほど多様性が尊重されておらず、お説教する占い師さんが多かったように思います。女性なら結婚しなさい、男は男らしくなど...差別的な占いも普通にありました。だから主観に左右されない僕の占いは、当時珍しかったのかもしれません」

――占いだけで生活していくことに不安はありませんでしたか?

「お客様の数によってその日の収入が変わるので、本来なら不安に思わなきゃいけないのですが...そこは占い師ですから、金運も占いで分かってしまうんですよね(笑)。だから占いで食べていくこと自体に不安はありませんでしたし、例えば売り上げがガクンと下がったとしても、僕にとってはそれも占いの実験材料。風水的に良い方角に旅行に行ったり、運気を上げる物を置いてみたり、悩みをすり替えているうちに運気が上向いてくるんですよ。
自分自身がそこまで占いを信じているからこそ、お客様もついてくれるのかもしれません」

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自分を戒めるためにも、定期的に的中率テストをして、今の実力を試すようにしています

――占い師にとって一番大切なことは何だと思いますか?

「占い師って『先生、先生!』と崇められることが多いので、無意識のうちに調子に乗ってしまうこともあると思いますが、僕はそうならないように、定期的に的中率テストをして、今の実力を試すようにしています。プロ野球やサッカーの試合結果を占いで予想しますが、確実に結果が出る勝負で自分をテストするのは、いつもヒヤヒヤ。他の占い師さんは、あまりやらない方法だと思いますが、僕は自分を戒める意味で定期的に行っています。
あと、年初の占いは絶対に自分ですると決めています。それは、自分の占いが当たっているかを検証するためでもあります」

――もしも的中率が下がっていたら、何か対策を講じるのでしょうか。

「"こんなことじゃダメだ!"と、1カ月ほどお店を休んだこともありました。占いって心の状態がクリアじゃないと、カードの意味をねじ曲げて受け取ってしまうこともあるんです。だからお寺で座禅を組んだり、リラックス効果のあるものを摂取して心を落ち着けたり、逆に、恋愛物語を読んで心を揺さぶってみたりすることもあります」

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