“年金の繰り下げ受給”が最もお得になる目安は?1ヵ月ずつでも繰り下げた方がお得?デメリットは?専門家に聞く「年金を増やす」方法

公開: 更新: テレ東プラス

今回のアンケート結果や、ご意見・疑問などを踏まえ、社会保険労務士、ファイナンシャル・プランナーなどの資格を持ち、多くのメディアに出演している井戸美枝さんに、お話を伺いました。

Q.若い世代の結果を見ると「自分たちが受け取る年齢まで、年金制度はあるのか?」など、不信感を持つ人が多いようです。

「選挙の争点や報道などで、不安をあおられやすい面があり、年金に対して懸念を感じる人もいるかもしれません。しかし、年金は法律で定められています。『どうせもらえない』と言う方もいますが、基本的に日本の年金制度が、破綻・崩壊するようなことはありえません」

Q.アンケートでは、年金について「わからないことが多い」と回答した人が9割を超え、そのうち7割近くが「自分が受け取る年金額を把握していない」という結果が出ました。

「人口推移に伴う年金加入者の減少や平均余命の延び、物価、賃金の上昇などを加味して年金を計算する『マクロ経済スライド』が2004年に導入されました。そのため、年金受給額が変動する認識はあるのだと思います。そのため、先のこととして『今、確認しても将来大きく変わるから』と考えてしまうのかもしれません。

昔は年金も共済年金があり、経過措置も多くわかりにくい面もありましたが、経過措置も徐々に終わりシンプルな構造になりました。40代であれば現状の受給額を確認し、働き方で年金など老後の資金を増やすために努力できる時間は十分あります。50代でも、受給開始まで準備できる余地はあります。まずは、現時点での年金受給見込み額を確認しましょう」

Q.いくら年金をもらえるのか、「アプリなどで手軽に確認できる、シミュレーターがほしい」という意見もあります。

「それはもうありますよ。現在、厚生労働省が試験運用中の『公的年金シミュレーター』は、IDやパスワードも不要。スマホなどからアクセスし、年収などスライドバーを動かして表示を変えると、年金見込み受給額のシミュレーションができます。

毎年、誕生月に日本年金機構から郵送される『ねんきん定期便』には、今年6月分から『公的年金シミュレーター』のQRコードが印刷されるようになりました。このQRコードからなら、加入実績などの情報を踏まえた数字が表示されるので、確認はさらに簡単ですよ」

Q.わかりやすいツールが、もうできていたのですね。

「もらえる年金の金額と合わせて、老後にかかるお金についても計算してみることをお勧めしたいです。簡単でいいので、まずは毎月かかる家賃やローン、光熱費、食費など、老後も必要な生活費を書き出してみてください。年金見込み受給額で、それらの支出が賄えるのかを確認することで、備えるべき老後資金が見えてきます」

老後に備えるべき資金は簡単に計算できる

Q.「老後に必要な資金は2,000万円」という試算が話題になったこともあり、アンケートでは、「いくらあれば、大丈夫なのか?」という疑問が多くありました。

「2,000万円という数字は、お話したような支出額と年金支給額を比較し、平均余命からの掛け算で、試算された金額です。その後、年金支給額で収まる試算も出ましたが、そちらは話題になっていませんね(笑)。ただ、職業などによって年金額も異なりますし、持ち家なのか、家賃を払い続けるのか…といった住居費が含まれていないため、自分で計算することが大切です。

月々の生活費が算出できたら、まずは65歳から年金受給した場合の金額と比較してください。仮に月3万円足りない場合、90歳まで生きる前提だと25年で300カ月ですから、3万円×300カ月=900万円が、老後のために備えるべき金額になります。実際は、もっと長生きする可能性もあるし、高齢になって増える医療や介護の費用も考えると、この計算で出る数字を『最低ライン』と意識する方がいいかもしれません」

nenkin_20220914_03.jpg画像素材:PIXTA

Q.計算した結果、「今の預金にこれから貯める分を合わせても足りない!」となった場合、どうすればいいのでしょう。

「足りない分をどうにかするより、備えるべき金額を減らす方向で考える方が取り組みやすいです。必要な生活費と年金受給額の差を小さくする――年金の受給額が増えれば、差額が小さくなって、備えるべき金額を減らせます。

受け取れる年金を増やすには、国民年金基金やiDeCo(個人型確定拠出年金)など、予め掛け金を増額するのが一つ。それ以外では、年金の受給開始を遅らせる『繰り下げ受給』も、有効な手段です」

『繰り下げ受給』の増額率はかなりお得

Q.年金の繰り下げ受給について、教えてください。

「65歳から年金を受け取る場合の金額を100%とすると、受給開始を1カ月遅らせる――繰り下げるごとに受け取れる金額が0.7%ずつ増えます。1年遅らせて受給したら、8.4%。最長75歳まで10年間は繰り下げられ、最大84%の増額です。

この繰り下げによる増額率は、受け取り開始から最後まで適用されます。何もせず、年金を受け取り始めるタイミングを遅らせるだけで、毎月受け取れるお金が増えていく。しかも、1カ月で0.7%ずつというのは、かなりお得です」

Q.改めて考えると、すごい増額率ですね。逆に繰り上げ受給した場合は、どうなるのですか?

「繰り上げ受給による減額率は、生まれた時期で変わります。昭和37年4月1日以前に生まれた人は、1カ月で0.5%ずつ、最大30%の減額。昭和37年4月2日以降に生まれた人は、0.4%ずつで最大24%の減額です。こちらも受給開始時点で減額率が決まり、ずっと少ないままの金額になります。

実際の年金額は人によって違いますし、平均受給額はもっと多いですが、計算をわかりやすくするため、仮に65歳から受け取れる年金が10万円だったとします。5年繰り下げて70歳から受給開始の場合、42%の増額で14万2,000円。5年繰り上げて60歳からだと、24%の減額で7万6,000円ですから、倍近い差が生じるわけです」

繰り下げ受給の目安は70~72歳

Q.繰り下げ受給を予定している人の中にも、「総額で比較したらいくら違うのか?」「どれくらい繰り下げるのが、お得なのか?」といった疑問が寄せられています。

「同じ条件で、繰り上げて減額し60歳から受け取る人と、繰り下げて増額し72歳から受け取る人が、いずれも85歳くらいまで年金を受け取る場合、総額はそれほど変わりません。ただし、それ以上の余命になると、繰り下げた人の総額が上回っていきます。現在の平均寿命が基準になりますが、70~72歳で年金受給を始めるのが、繰り下げ受給で最も総額がお得になる目安です。

『総額でいくら?』を考えがちですが、年齢が上がると医療費や介護費用など、先になるほど支出は増える傾向があります。身体に不調がある状況で収入が少ないのは大変だと思いますから、総額よりも、先々不自由しない生活ができるかに、目を向けてほしいですね」

Q.寿命は人それぞれなので、「長生きしないかもしれないから、早く受け取りたい」との声が多くありました。

「年金を請求しないまま亡くなったら、5年分の年金支給額を遺族が受け取れます。また年金は受給開始するまでは、まだ受け取っていない過去5年分は一括請求できます。例えば、70歳からのつもりが、68歳で健康に問題が出た場合、増額率は0になりますが、3年分を一括請求することが可能です。

受給を開始すると、基本的に受け取れる額が決まりますが、受け取り開始を遅くすれば年金額は増えますし、一括で受け取りたい状況になった方は、その時に請求すればいいので、まずは1カ月ずつの検討でいいから、繰り下げをお勧めしたいですね」

予約して年金事務所で相談を

Q.老後の年金や備えるべきお金、繰り下げ受給で増やせる受給額について、よくわかりました。ただ、年金の種類や収入によって、人それぞれ条件が異なる部分もありますよね?

「シンプルにお伝えするため、年金の種類別の話は省きましたが、例えば、厚生年金は繰り下げず、基礎年金だけ繰り下げる方がいいなど、それぞれの条件によって『有利になる』『年金が増える』ポイントに違いがあります。

無料相談に対応しているファイナンシャル・プランナーや銀行窓口もありますが、保険や金融商品を勧められるケースもあります。ご自分にとって、適切な年金受け取りに関して知りたい場合、年金事務所で相談するのがいいですね」

Q.年金事務所で、老後資金の相談に乗ってもらえるのですか?

「年金事務所なので、相談できるのは年金のことだけです。でも、毎月の生活費を書き出して計算するのは、難しくありません。その金額を基に、年金の種類ごとに、『いつから受け取るようにしたらいいのか』を確認できれば、老後に備えるべき金額も見えてきます。
窓口での相談は、時間がかかることがあります。ホームページなどで相談に必要なものも確認できますし、事前に予約を入れて相談に行けば、スムーズに対応してもらえますよ」

【井戸美枝(いど みえ)プロフィール】

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井戸美枝事務所代表、日本年金学会会員。社会保険労務士、ファイナンシャル・プランナーなどの資格を持ち、講演活動に加え多数のメディアに出演している。保険、年金、介護などの公的保障やキャリアプランに関する著書も多く、近著に『決定版! 年金で得する本 年金制度改正完全対応版』(宝島社)、『一般論はもういいので、私の老後のお金「答え」をください! 増補改訂版』(日経BP)、『お金がなくてもF I R E できる』(日経プレミアシリーズ)ほか多数。

(取材・文/鍬田美穂)