夜になり、湖畔のホテルに宿泊することに。別々のベッドに寝ている2人だが、彩女は北のベッドにそっと入り込むと背中に抱きつき、耳元で「今日はしないの?」と囁く。北は表情を強ばらせて起き上がり、「たばこ吸ってきます」とそそくさとベッドを出る。
バルコニーから外を眺める北。
「だせぇな、逃げてきちゃった…」
たばこの煙をゆっくりと吐き出し、目を閉じる。
(俺は何を怖がっているんだ? この旅の終わり、それは…死だ)
脳裏に彩女のさまざまな笑顔が浮かぶ。
(でもそれはたぶん、死より残酷な…死だ)
「やっぱりな。生きてる限り、救いなんかないんだ」
目を開けて自嘲気味にそうつぶやくと、たばこをもみ消し、バルコニーの柵から下を見下ろす。
ロープで首を吊ろうとした時のことがフラッシュバックし、あの日、凶悪なほど鳴いていた蝉の声が頭の中でこだまする。
すると「北さん」と声をかけられ、ハッと我に返る。彩女が部屋から出てきて、こちらを見つめていた。
「ここから飛び降りても、死ねませんよ」
「俺は別に。ただ蝉の声が…」
「蝉…? こんな夜中に?」
聞こえるのは、静かな湖畔の木々のざわめきだけだ。
「死なないでくださいね、蟹を食べるまでは。絶対に」
有無を言わせぬ瞳でじっと見つめる彩女。
「はい…分かりました」
「たばこ、一本もらえませんか?」
「いいですけど…吸うんですか?」
「いいえ。吸ったことないけど、どんなものかなと思って」
たばこのケースを開け、彩女に差し出す北。彩女は一本手に取ると、慣れない手つきで口にくわえる。北はライターで火をつけてやりながら、たばこを吸う彩女の口元を見つめる。そしてどうしようもない衝動に駆られ、彩女を抱き寄せると、手からたばこを奪うのだった。
(たばこにすら嫉妬しているのか、俺は…)
たばこの火を消し、長いキスをした2人はそのままベッドへ。
「なんだか、この前より優しい…」
「そんなことは…」
「いいえ。女はそういうことに、敏感なんですよ」
(抱き合うほどに感じる虚しさ。この思いの行き着く先は…多分何もない、無だ。あの時ちゃんと死んでいれば、こんな虚しさを味わわずに済んだ。でも…)
(このたばこ交じりの甘いキスの味も、知ることはなかったんだ…)
◆
彩女が深夜に目を覚ますと、隣にいるはずの北の姿がない。すると目の前に、男の人影が。夫の雪枝一騎(勝村政信)だ。
『彩女、帰るぞ』
ハッと目を覚ます彩女。どうやら夢を見ていたようだ。
「来るわけないのに…」
額にうっすらと汗をかき、寂しげにつぶやく。ふと隣のベッドを見ると、北がぐっすりと眠っていた。その姿に思わず微笑む彩女。
翌朝、美しい湖畔のほとりにやってきた北。眩しい朝日を浴び、その表情は少し明るくなっている。
ホテルを出た2人は土産物店へ。ガラス工芸のコーナーを見ながらビクビクしている北に、彩女が「どうしたんですか?」と聞くと、北は「こういう美しいものが怖い。割ったら取り返しがつかない」と答える。
「警察以外にも苦手なものあるんですね」
「ありますよ、そりゃ」
「実はね、私、明日誕生日なんです」
「あれ? 今日って何日でしたっけ」
「8月7日」
「じゃあ…俺も誕生日です、明日」
「え?」
「最近ずっと祝ってなかったから…ほら」
北は財布から免許証を取り出し、名前の部分を隠して彩女に見せる。誕生日は、平成6年8月8日。彩女はそれをじっと見つめ、「免許証、持ってたんですね」と言う。
「はい。あ…すみません、ずっと運転させっぱなしで。ペーパーなんですよ」
「こんなことってあるんですね。じゃあ今夜は、2人でお祝いしましょうか。違う色あるか、聞いてきますね」
彩女はガラス細工のお猪口を手に取り、店員の元へ。一人になった北は、ふと、あるものに目を留め、意外な行動に出る。
金曜深夜0時12分からは、第3話「自暴自棄な女」を放送!
死ぬ前に蟹を食べるため北海道へ向かう北(重岡大毅)と同行する謎多きセレブ人妻・彩女(入山法子)は、山形・銀山温泉を次の目的地に北上していた。そんな中、体調を崩した彩女を目の前にした北は、ふと自分の辛い過去を振り返る。
銀山温泉に到着し、彩女の看病をする北だったが、彩女が婚約指輪を付けていることに気づき複雑な気持ちに。さらに翌日、道中で書店に寄った北は、偶然彩女の夫・一騎(勝村政信)の小説を見つけ…。