北は数ヵ月前のことを思い出す。痴漢と間違えられて警察官に取り押さえられ、そのまま警察に連行された日のことを…。被害を訴えた女は、警察に組み伏せられる自分を指差し、口元に笑みをたたえていた。
回想から現実に戻り、彩女を見つめる北。「でも、どうせ死ぬんだ」と彩女の肩に手を回し、キスしようとする。
「待って」
彩女はその手を取ると、ゆっくりと北の頬に触れ、自分から口づけする。
(なんなんだ、これはいったい…)
◆
情事を交わし、裸のままベッドに横たわる北。窓の方を見ると、風で揺れるカーテンの陰
「もしかして泥棒さん、見た目よりお若いんですか?」
「え?」
「ごめんなさい。高校時代のボーイフレンドと反応が同じだったものですから…」
「なんで笑えるんだ? こんな時に…」
(そもそも架空の生物であるからして、俺はもちろん、見たことないが…もし雪女が現実にいたら、こんな顔で笑うのだろう)
そんなことを思っていると、「コーヒーでもいかがですか?」と意外な言葉をかけられる。
北も服を着てリビングへ。カップを手に取りコーヒーを飲むと、思わず「うまい」とつぶやく。
「良かった、お口に合って。では、コーヒーを飲み終えたら持ってきますね、お金」
「はい、すみません…」
「借金、ですか?」
「いや…死のうと…。でもその前に、北海道に蟹を食いに行こうと思って」
「…いいですね。私も好きです、蟹」
淡々とした彩女の口調に、我に返る北。
「ほんと、馬鹿馬鹿しいですよね。俺もう…自分でもやんなるわ」
「……」
「俺、警察行きます!」
玄関に向かって歩き出すが、すぐに立ち止まる北。
「もう…面倒くさい…! 死にます! 頭がどうかしてたんです! 今もですけど…謝って済む問題じゃないですけど、すみませんでした…!」
嗚咽を漏らしながら頭を下げ、立ち去ろうとする北。
「待って。私も食べたいです、蟹」
「え…?」
「か・に」
微笑む彩女。こうして2人は、北海道までただ蟹を食べに行くことに––––。
◆
旅支度をした彩女。2人は玄関先で、青空に浮かぶ入道雲を見上げる。
「入道雲って、見てるとなんか死にたくなりませんか…って、俺だけか」
「分かります」
「え?」
「だって、子どもの頃みたいにワクワクする夏は…もう自分の人生には訪れないって分かってるから」
「……」
駐車場にあった高級外車に乗り込む。
「いい車ですね」
「主人のです」
「いいんですか? 勝手に」
「出張中は私が自由に使っていいことになっていますから」
「ご主人、職業は?」
「小説家です」
「なるほどね。きっと売れっ子なんでしょう」
「100万円は私の口座から用意します。ただ、お金だけ奪われて途中で捨てられても困るので、これからATMに寄って、当面必要な分だけ下ろすことにしますね」
「……」
少し車を走らせた後、コンビニに寄るため車を停めた。北が車の外で待っていると、彩女を呼び止める警察官の姿が。思わず車の陰に隠れる北。様子をうかがっていると、警官の質問に答えている彩女が、北の方を指差す。
「俺のことチクってる…!」
鼓動が高鳴り、痴漢冤罪で取り押さえられた時のことがフラッシュバックする。そのまま動けずにいた北は何者かに肩を叩かれ……。そしてそこにいたのは…!
【第2話 あらすじ】
人生に絶望した男・北(重岡大毅)は、死ぬ前に北海道で蟹を食べるため、強盗に入った家の人妻・彩女(入山法子)と車で不思議な旅を始める。日光の街並みを走り抜け、中禅寺湖へ。湖畔のホテルで一泊し、会津若松にたどり着く。この旅を「大人の夏休み」と言い、ご当地グルメや観光地を楽しむ彩女に対し、どこか振り切れない様子の北。そして2人は、次なる目的地に山形の銀山温泉を選ぶが…。