TBSで放送中の有村架純&中村倫也W主演の金曜ドラマ『石子と羽男-そんなコトで訴えます?-』。4回司法試験に落ちた崖っぷち東大卒パラリーガル・石田硝子/通称“石子”(有村)と1回で司法試験に合格した高卒の弁護士・羽根岡佳男/通称“羽男”(中村)が、誰にでも起こりうる珍トラブルに挑む異色のリーガル・エンタテインメントだ。今回はドラマの法律監修を担当する東京リベルテ法律事務所の國松崇弁護士に、実際のトラブルについての話や、法律の解説などをしてもらった。
気になる相談費用や法律の解説も!
――はじめに、ドラマでは毎回さまざまなトラブルが描かれていますが、実際にはどのような相談が多いのでしょうか?
最近はSNS系のトラブルが多いですね。前々からありましたが、近年特に増加傾向にあります。具体的には、SNS上での誹謗中傷や、名誉棄損、そのほか私生活を晒されたというプライバシーの侵害などです。自分から私的に送ったLINEやメールなど誰もが見られるものじゃないものを、スクリーンショットで撮られて晒されてしまった、それを削除してほしいといった相談も多いです。

――炎上して大ごとになるケースもありますか?
これまでは何か当事者間でトラブルがあった場合、弁護士に頼んで交渉したり、裁判で決着をつけるといった方法が普通でしたが、最近では、例えばSNSで相手を告発するような投稿が行われることでいわゆる「炎上」が発生し、いわば法的手続きの枠外で物事の決着がつくようなケースもよく見られるようになってきました。
SNSは、今まで声を挙げづらかった人が意見を表明して賛同者を集めるなど、世の中の隠れた問題をあぶり出すといった非常に意義のある役割が期待できる反面、残念ながら、裁判ほど明確なルールはないために悪用することもできてしまいます。
例えばお店と顧客が接客時の対応をめぐってトラブルに至ったような事案でも、顧客側がSNSで事実を捻じ曲げてお店側の対応を非難し、一度炎上が発生してしまったら、あとからお店側が何を言っても簡単には信用してもらえないという状態に追い込まれることがあります。本当に拾うべき声をきちんと拾うためにも、こうした告発的なSNSの使い方については、我々弁護士としても今後丁寧な検討が必要な分野だと感じています。

――第3話のファスト映画の回ではデジタルタトゥーというエピソードもありました。
ドラマでは、被告人の顔や名前が取り上げられていましたが、これに限らず、一度ネットに出回った情報というのはなかなか消せません。しかも、簡単にコピー、拡散ができる時代なので、たとえ費用と手間をかけていったん消すことができても、また新しく誰かがネットにアップロードするリスクは常に残り続けますよね。下手をすれば一生つき合っていかないといけないわけです。今後もこの手の相談は増えると思います。
他にある身近なトラブルとは…?
――第6話では”幽霊物件”がテーマでしたが、事故物件に関するトラブルは多いですか?
全国の不動産数からみれば事故物件自体がそこまで多くないので、私自身はあまり相談を受けたことはないです。不動産賃貸関連のトラブルでいえば、退去時に敷金が返ってこない、賃料を大幅に上げられた、とんでもない額のクリーニング費を請求されたなど、お金に関する相談が圧倒的に多いです。
近隣関係でいうと、異臭や騒音などもトラブルに発展しがちです。異臭問題は、例えば隣の人が毎日魚を焼いて臭いとか、ベランダでタバコを吸って臭いとか。騒音は、劇中でもありましたが、ピアノの音や、壁を叩く音がうるさい、音楽やテレビの音が大きいといったものです。こうしたトラブルは、異臭のせいで、鼻がものすごく悪くなって病院にかかってしまったとか、夜中の騒音で眠れなくなって不眠症になったとか、医学的にある程度根拠のある被害がないと裁判で勝つのは難しいです。自分の所有地や賃借エリアをどう使うかは基本的にその人の自由というのが大原則ですからね。

もっとも、常識の範囲を超えたようなことが1回ではなく、例えば何日も続き、かつそれを警告しても一向にやめないというような事実が重なっていくと話は違ってきます。「受忍限度」といったりしますが、近隣関係のお互いを許しあう、あるいは我慢しあうという関係が成立しなくなり、裁判所が常識で考えて「我慢の限界を超えている」と判断すれば、精神的損害に対する慰謝料や疾患の治療費などを請求できるケースもあります。
アメリカは訴えまくるけど、日本は…?
――ドラマの中で「アメリカは訴えまくるシステムで、日本では弁護士は最終手段」という話が出てきましたが、実際日本とアメリカではどのような考え方やシステムの違いがありますか?
社会構造の違いとして、アメリカは弁護士の数がすごく多いんです。現在アメリカの弁護士の数は約110万人と言われていますが、日本の弁護士は約4万人です。なので、単純に数が多いと相談しやすいというのはあると思います。
あとは性格的なところで、日本人ははっきりと白黒つけるよりも、揉めるぐらいだったら言わない方がいいと考えがちなところがありますね。個人間だと、近所の目や、関係性を気にしたり、ここで訴訟を起こして揉めてしまったら、いづらくなるのではないかなど、やっぱり考えてしまうようです。

会社間でも、裁判になると揉めているのが公になるということなので、公の場所で解決することをあまり好まない傾向にあります。大きい企業や老舗の会社などでは特に、会社同士の今後の付き合いや、悪いイメージがつかないかなど社会からの目を気にして、なるべく知られないで話し合って解決できるならそれが一番いいという考え方がまだまだ根付いている印象です。
これに対してアメリカはそのあたりはドライです。訴えること自体には日本人のようにあまりネガティブな印象を持っていないのか、揉め事があったら裁判で白黒をつけるのが合理的だと考える国民性があるように思います。
そもそも民事裁判と刑事裁判の違いって?
――第1話で、大庭(赤楚衛二)がカフェで充電してトラブルになったときに、カフェの店長が「民事でも刑事でも裁判起こしてやる」と言っていましたが、民事と刑事ではどのような違いがありますか?
まず、法律上電気は財産的価値を持つ「財物」という扱いになるので、大庭がしたことは「電気窃盗」という評価を受けることになります。民事というのは、とにかく盗んだ分の電気代を賠償させること、つまりお金を払えという請求のことを主に指します。劇中では、100万円と言っていましたが、カフェの店長が裁判所に訴えるぞというのは、要するに金銭的に決着を付けようとしたということです。
一方で、刑事事件として訴える(起訴する)ことができるのは、日本では検察官だけ。あの店長は検察官ではないので、実際に刑事裁判に訴えることは彼にはできません。では何をするのかというと、警察や検察に犯罪を告訴すること、一般の方に馴染みのある言い方をすれば「被害を届け出る」ということです。被害届を出してそれが受理されれば、警察は必要な捜査を行い、場合によっては盗んだ人を逮捕するなど、国家権力を行使して対処します。他人のものを盗んだ人は、刑法という法律で懲役何年とか罰金いくらだとか、刑罰が科されることが決まっているからです。

民事裁判は私人(原告)と私人(被告)の争いで、原告の請求が法的に正しいかを決める手続き、刑事裁判は犯罪行為をしたと疑われた人(被告人)に対して国家が刑罰を科すかどうかを決めるという手続きという違いがあり、全然別の話になります。
執行猶予がついたら、どうなる!?
――第3話で、ファスト映画を投稿して著作権侵害で起訴された被告人は「懲役1年2月に処する、裁判が確定した日から3年間、刑の執行を猶予する」とのことでしたが、その3年間はどのように過ごすことになるのでしょうか?
実は全く普通に過ごせるんです。何か制限があるとか、見張られて生活するといったこともありません。海外旅行にも行けるし、通常の生活を送る分には一般人と何一つ変わらない状態で過ごすことができます。要するに刑の執行を「猶予」されるわけですから、何もされないということです。
――では3年後はどうなるのでしょう?
無事3年経てばそれで刑は終了です。ただし、執行猶予期間中に新たに犯罪を犯すと、法律で猶予が取り消されるので、1年2月(※法律用語で、2月〈にげつ〉は2ヶ月間のこと)の懲役が執行されることになります。新しく犯した罪の刑罰もそこに合算されてしまいますから、それだけ長期間刑務所に入ることになります。
―――映画会社とテレビ局が著作権を侵害されたとして数億円の賠償を求める訴えを起こした場合、被告人は払うことになるのでしょうか?
数億円の請求が全部認められるかというのはもちろん裁判所次第ですが、劇中の被告人はそんなにお金を持っているようには見えませんでしたね。ではもし請求が認められたとしたらどうなるかというと、会社側に数億円を請求する「権利」はあっても、実際回収はできないという状態になります。

――払わなくてもよいと?
払わなくていいわけではないです。もちろん本気でやろうと思えば、月々の給与を差し押さえたりとか、私物のパソコンを差し押さえたりとかそういうことはできます。ただ、その程度の少額の回収のためにそこまでやるかというのは、最後は会社次第ということです。裁判に勝ったからといって回収しなくてはいけないルールはありませんからね。
お金を持っていない人にいくら裁判で勝ったとしても、残念ながらそれを実際に回収することまで法律で保証されるわけではないんです。ただし、殺人などの重い罪に関しては、国が犯人の代わりに被害者に対して一定額の損害を負担してあげる犯罪被害者救済のシステムがあります。
マチ弁? ブル弁? 気になる弁護士の世界
――潮法律事務所は“マチ弁”ということですが、いわゆる個人の法律事務所ということですか?
マチ弁というのは結構多義的で、マチ弁だからこうあるべきというのは実は特にありません。業界的には「一般民事」と呼ばれる近隣問題や交通事故、離婚や相続などの家事事件など、誰しもが人生の中で経験するような法律的なトラブルを主に扱っている弁護士のことをマチ弁と呼ぶイメージですね。

――ではマチ弁ではない弁護士というのは?
これも正確な定義はありませんが、大きな会社の企業案件ばかりを担当するような弁護士はマチ弁とは呼ばれませんね。そういう弁護士は、例えば会社間の買収に関する相談を受けたり、大きな海外取引の法的サポートを行うなど、主にビジネスの世界で活躍されています。先ほどの著作権侵害の話でいえば、会社側に立って訴えを起こすような弁護士もそうですね。
マチ弁との正確な対比ではないのですが、業界では「ブル弁」という呼び方をされる弁護士もいます。「ブルジョワ弁護士」の略称ですが、仕事によるカテゴライズというよりは、要するにお金持ちで潤っている弁護士のことをそう呼ぶことがあります。ブル弁と呼ばれる弁護士は大企業の顧問を多数務めるような有名な法律事務所に多くいらっしゃいますが、収入は安定していますし、当然、一件当たりの報酬も高いことが多いです。「あの先生はブル弁だからなあ」とか、弁護士の間では言ったりします(笑)。

相談はしたいけれど…
――もしトラブルに巻き込まれたとしても、弁護士に相談する、裁判を起こすとなると費用が心配になる方は多そうです。
民事の世界であれば、弁護士を使わずに本人が直接手続きを行ってもいいのですが、自分で書面を書いて、裁判所に証拠と一緒に持って行って、法廷にも毎回出席して、なんてことはなかなか一般の人にはハードルが高いです。なので、そこは手続きのことをわかっている専門家に任せた方が確実だということで、多くの方は弁護士を雇うことになるのですが、確かにその費用は一般の感覚からいえば安くはありません。
例えば100万円の請求をして裁判に勝ったときに、弁護士の費用が20万円だとしたら80万は手元に残りますよね。そういう意味では、勝つことがわかっていれば依頼者も頼みやすい。ところが、裁判に絶対はありませんから、負ける可能性があるとなると、依頼者は20万円まるまるマイナスになることを覚悟して弁護士に頼まないといけない。そこが難しいところなんです。

ただ、弁護士側も実際に「この請求は厳しいだろうな」と思ったら「これは難しいですよ、さすがに100万円の請求は無茶です」と助言するだろうと思います。負けることがわかっていて「大丈夫です。私がやれば勝てます」と言って、相談料をもらって、負けたら「はいさよなら」なんてことは普通はしません。もちろん悪質な弁護士がまったくいないとは言いませんが、そこは信用できる弁護士かどうか見極めることも大切ですね。相談だけで終わるなら、大体は1時間1万円くらいの費用で済むことが多いですよ。
――敷居が高いイメージですが、もっと気軽に相談してよいと?
そもそも弁護士の数が少ないという制度的な問題はありますが、それでも、もっといつでも気軽に相談しに行こうと思ってもらえる環境作りをしなくてはいけないと思います。より弁護士の存在を身近に感じてもらい、気軽に声を上げてあげてもらえるにはどうすればいいのか、弁護士業界でもよく議論がされていますし、私もできるだけ工夫しています。
自分を守るためにもぜひ相談を!
――石子(有村)も「まずは声を上げていただきたい」と言っています。
人それぞれの考えはありますが、一般的には何かあったときの対処として、法律家に依頼するケースと、一般の方が自分で対応するケースでは、やはり法律家に依頼する方がより確実で、安全だと思います。
あとは、こじれてから相談に来られても対処が難しいこともあります。はじめのまだ「ぼや」の状態のときなら、いろいろな火の消し方がありますよね。自分で消化器を持っていく、近所の人に助けてもらう、消防車を呼ぶなど。選択肢は複数あって、最も合理的な手段を選ぶ余裕があります。でも、もう随分と燃え広がってしまったあとでは、いかにプロの消防士であっても小さな消化器ではどうしようもありません。火が大きくなればなるほど、とり得る選択肢は減っていくんです。
だから「声を上げてください」というのは、もちろん気軽に相談に来てくださいというのもありますが、もう一つ。やばいなと思ったら、いち早く相談しに来てほしい、その方がこちらもいろいろな提案や対処を示すことができますよ、ということもありますね。

――トラブルが起こって我慢していたら、精神的にもつらいですよね。
先ほど日本人の気質の話をしていましたが、無理に我慢をして体調を崩したり、前向きに生活を送ることが難しくなってしまう方が確かにいらっしゃいます。自分を守るためにも、早めに専門家に相談することは大切かなと思います。
――このドラマを見て、少しでも弁護士を身近に感じて相談に行ってもらえたらよいと。
弁護士ドラマのイメージは、例えば大企業の挑戦を成功に導いたり、重大事件の冤罪事件を鮮やかにひっくり返すなど、弁護士の華やかな部分をスタイリッシュに描く作品が多いように思いますが、本作はそういった華々しい弁護士の活躍というよりは、マチ弁のリアルな姿をしっかり描きたいという思いがすごくあらわれていると思います。
デパートの一角で「無料相談やってます」という描写がありましたが、世の中にはそういった弁護士も沢山いて、街の人に親しまれながら、しっかりと社会生活を支えているんですね。こうしたマチ弁の地道な、でもとても大切な仕事を丁寧に描いてもらえるのは、弁護士業界にとってもすごくいいことだなと思っています。
潮法律事務所は「何してるのー?」みたいにすごい入っていきやすいじゃないですか。ああいう事務所も世の中にはあると知ってもらえるのは、とても意味のあることだと思います。羽男(中村)みたいな弁護士が実際にいるかどうかはわかりませんが(笑)、このドラマを見て、どんなことでも一度弁護士に相談してみたいという人が一人でも増えたら、ドラマを監修をしている弁護士として心から嬉しく思います。
■番組概要
〔タイトル〕
金曜ドラマ『石子と羽男-そんなコトで訴えます?-』
〔放送日時〕
毎週金曜よる10時~10時54分