DASH村 ~24年目の米づくり~

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DASH村 ~24年目の米づくり~
DASH村 ~24年目の米づくり~

2024年3月下旬。今年もこの季節がやって来た。「今年も来ましたよ~!美味しいお米を作らなきゃね」
太一がやって来たのは、福島県東北新幹線郡山駅から北へ30分。日本百名山・安達太良山を臨む大玉村。
うまい米を作るため、最初の作業は…「塩水選、大事だからね。ここで決まるようなものだから」
それは23年前、明雄さんに教わった良い種だけを選抜する方法。
大量の塩を溶かした水に米の種を入れることで中身の詰まった良い種は沈む。
こうして種を23年間繋ぎ、今年で24度目の米作り。

すると、軽トラックに乗ってやって来たのはシンタロー。「塩水選に必要なものもってきました!」
今年の塩水選担当を任され、どうせならDASH海岸の海水を使って“俺流のやり方"でと意気込むシンタロー。
3日前に横浜DASH海岸で汲んできた計160リットルの海水と、その他、必要な道具を積んで、福島まで4時間かけて運んできた。「じゃあ、やろっか!」

海水が満タンの重いタンクを運び終え、塩水選開始…とはいかず、「海水を煮詰めてほしいって城島さんが」
というのも、塩水選に使う塩水の塩分濃度は約23%で、海水の約6倍。
大きな鍋に海水を移し、ひたすら煮詰め、さらに海水を足して煮詰めて…を繰り返し、塩分濃度を上げる。

その間に、去年の収穫以降来ていなかった田んぼの様子を見てみると…
「もうずっと田んぼだっただろうみたいな顔してる。開拓前から想像つかないもんね、この景色」
元々この場所は、ひと区画ごとに階段状になっている棚田。山の斜面にできた棚田は機械が入りにくく、水の管理など手入れが難しいため放置されてしまい、荒れ地が年々増加。
そんな、草木が生い茂り荒れ放題だった場所をうまい米を作るために2か月かけて復活させた。

しかし、完成したのは結局4枚。目標だった5枚は間に合わず、残りの一枚は耕して畑にした。
そこを今年は…「ここも田んぼにしようよ。最初の目標はそうだったじゃん」
そのために問題となるのが、1本の桑の木。去年、畑にする時も残し、6月には実をとって食べ、葉っぱは、エキスにして稲の栄養にも使った、まさに恵みの木。だが、ここに田んぼを作ると、日陰ができてしまい、稲がうまく育たない。そこで「もう一つ下に移動させてあげる」

一番下の段に移植するというが、太一がTOKIO-BAから新宿・都立明治公園に移植した直径8cmの木でも大変だった。
棚田の桑の木は、幹の太さは直径25cm、高さは5mと、その時以上の大きさ。
それでも「桑の木、今が多分休憩中で、今がチャンスなのよ」と太一。
葉が落ちる1月頃から芽が出る前までの休眠期間は、移植で根を動かしてもその後の生育に支障が出にくい。
つまり、桑の木がまだ寝ているうちに、ドッキリさながらに移動させてしまおうという目論見。

だが、ドッキリ成功のためには、様々な難関が立ちはだかる。まずは…「必要最低限の土を掘っていって」
シンタローが、小型の油圧ショベルを操縦して幹の周り1m分、土と根を残すように掘っていくが、硬い篠竹(しのだけ)の根に阻まれ、上手く掘れない。「硬いっす。これめちゃくちゃ大変ですね」
そこにやって来た助っ人が、去年の開拓からお世話になっている武田政志さん。
シンタローがまだ乗れないサイズの油圧ショベルで、いっぺんに掘り起こしていく。

一方、塩水選用の塩水は、30分でおよそ2リットルの水分が蒸発。
海水を足し、さらに煮詰めて水分を飛ばす。
これを繰り返してより濃い塩水にする間、油圧ショベルを駆使して土を掘り進める。
そして、改めてその大きさを実感する事に。「この土上げるの?上がるそんなの?うわぁ、すご~!」
5mの桑の木に加え、午前中の雨で湿った土も一緒に移植。総重量は推定1トン越え。

人力では到底無理そうなので、ロープで桑の木を結び、油圧ショベルの力で一気に地面から引き離す。
そして、掘り上げる際に根が短くなってしまったため、枝を切り落とす作業へ。
根が短く、枝が長いままだと、枝とのバランスが取れなくなり、栄養が行き渡らず枯れてしまう。
準備が整ったら、油圧ショベルで根っこについた土ごと持ち上げて移動。「職人技やん!」
下の段に穴を掘り、その穴に慎重に移動させ、根元の土を押し固めたら、定着するまで竹で支える。
「元々田んぼだった所に桑の木が生えていた。名前は『桑田』でもいいかもしれないな」「桑田~頑張れよ~」

そして、引き続き海水を煮詰めていると…「一服しませんか?」と地元米農家の古川沙織さん。
差し入れに持って来てくれたのは、塩むすびとご飯のお供色々。「うまいね!」
さらに、城島が昨年、豚汁の具材にと育てていたごぼうと新玉ねぎを使ったかき揚げも。
「ごぼうの香りと、新玉の甘さ、さいっこうにうまい、これ!」

そして、4時間かけ80リットルの海水が30リットルに。しかし、塩水選の濃度には達しておらず。
濃さが足りない原因、海水を汲む段階で城島は見抜いていた。
「今、雨降ってるでしょう?舐めてみたらわかるよ、全然甘い」
降りしきる雨と汽水から流れてくる水の影響で、横浜DASH海岸の海水の塩分濃度が下がっていた。
日暮れギリギリまで煮詰めたが、それでも足りないので…「秘密兵器。足りなかった時用の塩です」
結局、卵が浮くまで塩を足し、塩水選用の塩水の出来上がり。

そして、24度目の種を…!「オーディション開催」
種を塩水に入れ、浮いてくるものは中身が少ない悪い種という事で落選。
浮いてくる種ももちろんあったが、「優秀だよ。やっぱり良かったんだ2023年は、いいねえ」
そして、今年新たな種が「メッシいこうか。名付け親は岸くんだから」
去年の塩水選で、岸がいつもより濃い塩水で選抜した種は、特別な米に育つ願いも込めて、「リッチな飯でメッシ」と命名。その期待に応えるかのように稲は強く、粒は大きく生長。
そのメッシの種は少ないが浮かぶ種は少ない。「これだけ種があれば十分だよ」

そして、その選抜された種を田んぼ横の水路へ。
12℃前後の水に約10日間浸して、芽を出す準備を促す段階。
「福島スタートは久しぶり?」「2019年以来だから5年ぶり」
このまま順調にいけば、2週間後には芽を出す準備が整い、種を蒔くことができる。

そして、4月上旬の種蒔きの日。やって来たのはシンタロー1人。
「そんな大事な日に私一人ということで。大丈夫かな?俺初めてだよ?」
水に浸けた種を見ても何もわからず。そこで助っ人にお呼びした古川さんに見てもらうと、「新男米、これ芽出てる。白いぽつって出てるでしょ?」
さらに、メッシの方にも芽が。大きさの違いはあるが、いずれも芽を出す準備は整った。

種の準備が整った所で、24度目の米づくり、いよいよ種蒔き開始。
農業の師匠、明雄さんからTOKIOが受け継いだひと粒植えで植える。
一つ一つに栄養を集中させることで強く丈夫な苗に育てる事ができる。
ポット1つに適した土の量は9分目。それ以上だと水やりや雨で種が流されてしまう。

去年までは、岸が開発した「キシーン」で効率化を図っていたが…。
すると「俺めちゃくちゃ天才なこと考えたんすけど…」とシンタロー。
土を入れる前のポットを、土を入れたポットの上に重ねて、ぎゅっと押し込む。
シンタローの目論見通り、一気にできあがってしまった。「これでよくない?」
古川さんも思わず「天才…」とつぶやく、まさかのアイデアだった。

と、ここまでは順調だったが、いざ種蒔きが始まると…「一粒ずつか…」
飛んだり跳ねたり、乗り物を扱うのは得意だが、手先を使う細かい作業は苦手なシンタロー、種蒔きに苦戦。
「本当に、『苗半作』って言うくらいだから苗で半分は決まっちゃうからね。米」と古川さん。
ひと穴ひと穴確認し、15分かけて、なんとか1枚目完了。
しかし、棚田に必要な苗は20枚分。つまりまだ1/20。「日が暮れちゃう」

そこで、「手伝ってください!」と助けを求めたのは、この春からの新入社員の3人。
初ロケな上に初種蒔きだが、独特な撒き方で時間を食うシンタローに対し、8分で1枚完了!
作業は遅いが、年齢もDASH歴も先輩なので…「なんか質問ありますか~?」と聞くと、「DASHで今まで経験してきて学んだことってありますか?」との質問が。
それに対し、シンタローは「諦めないことかな。何事も挫けそうになるんすよ、DASHのことって。
でも諦めないでやってると、できるようになるし、メンタルとかも強くなってる。
それが自分の人生にめちゃくちゃ活きてきてくる」

シンタローたちが撒いているこの種は、震災で農業ができなくなった時も、福島に行けなくなった時も、「僕らに今できること、繋ぐこと」と23年間繋いできたもの。
「俺らで受け継いで、また下の代に繋いでいって」と、その想いを繋ぐように種を撒いていくシンタローたち。
そして、なんとか撒き終えた20枚に土をかぶせ、水を撒いて、種蒔きの完了!
「よし!あとはこれを…どうするの?」
このまま置いておくわけにはいかないので、大工見習い・シンタローが苗を育てるための小屋づくりを!
24度目の米づくりは始まったばかり!

【DASH村 特設サイト】