「子ども写真館」30年 コロナ禍でも過去最高益の「スタジオアリス」の強みとこだわり

公開: 更新: MBSコラム

 当時、写真のDPE(現像・焼き付け・引き伸ばし)ショップを運営していた会社は、デジタル化の波に飲み込まれ、大きな危機を迎える。起死回生にと立ち上げた「こども写真館」は、同業者からは邪道だと揶揄された。だが、1号店の店長を自ら買って出た現・スタジオアリス社長の牧野俊介さんは「未開の地を走りながら考え、懸命にやってきた」と30年を振り返る。コロナ禍にあって過去最高益を記録した原動力とこれからの写真館事業について牧野社長に話を聞いた。

「ここで成功しないと将来はない」写真プリント業界にデジタル化の波

―――スタジオアリスの社名が「日峰」だった頃に入社した理由は?
 実家が写真屋で、おやじとおふくろが2人で店をやっていました。私は長男なので、実家の店を継ぐのが前提で丁稚奉公として就職したわけです。ところが就職した会社は、写真のDPEショップのチェーン店をしていて、やがてデジタル化の波で先行きが真っ暗。「何か新しいことをやって変化しないと、どうにもならない」状態でした。実は「退職届」も出していたくらいで、「何とかしないと」という思いで新規事業として子ども専門写真館を始めたということですね。
―――この先どうしようという時に「子ども専門」の写真館が案に?
 当時の社長でいまの会長の本村が「子ども専門の写真館はどうだ?」って。本当にお先真っ暗の状態でしたので「ぜひやらせてください」と1号店の店長に立候補しました。ちょうど私が30歳の時です。「ここで成功しないと将来はないよな」という気持ちでした。人生で一番頑張った時期ですね。切羽詰まっているというかハングリー精神があったというか...。でも仕事はおもしろかったですね。

「子ども向け写真館」 同業者から「邪道だ」と言われた

―――いまの形に落ち着いたのは、スタートしてからどれくらい経ってからですか?
 ずっと走りながらやってきましたけど、100店舗を超えたあたりからマニュアルなど色々なものが整ってきましたね。会社の仕組みだとか制度も整ってきて、その頃から次第に世の中にも「子ども専門の写真館」という存在が認められるようになりましたね。当初、出店した時は、古い写真館さんから「あんなの写真館じゃない」って言われましたから。

―――「邪道だ」みたいに言われていたのですか?
 邪道だと言われましたね。寿司屋さんでいうとわかりやすいんですけど、かつて回転寿司が開業し始めた時って、昔ながらの寿司屋さんは「あんなの寿司じゃない」って言っていたんですが、いまや回転寿司は日本の文化になっちゃったでしょ?それと一緒で「こども写真館」もいまやなくてはならない存在になったと思うんです。最近はショッピングモールの中にもだいたい入っていますからね。

―――商業施設に店舗を構えるのは?
 「気軽で便利に」というのがコンセプトなので、そういう意味でいうとショッピングセンターの中にあるというのは非常に「気軽で便利」に利用できますから。当社が出店する前は、ショッピングセンターに写真館があるなんてことはあり得なかったですからね。昔はだいたい駅前に店があって、例えば「牧野写真館」のような店の名前で。でもそういうお店もずいぶん減りました。

コロナ禍で店を休業 スマホ時代に生き残れるのか不安に

―――社長になったのは2018年の10月ですが、どういう形で打診されたのですか?
 いまの会長で創業者の本村から打診されました。まあ、最初はお断りしましたけどね。
「それは無理ですよ会長」って言いました。けれど会長は「何を言うてんねん!お前がやるしかないやろ!!」みたいな感じでした。「まあ、誰かがやらなきゃいけないし、私1人でどうのこうのというよりかは、幹部みんなで経営していけばいい」という思いで引き受けました。

―――社長になって1年ちょっとでコロナ禍になりました。そこからきょうまで結構大変だったのではないですか?
 2020年の4月に全国に「緊急事態宣言」が発表されて、4月11日から全店休業を決めました。その時は本当にいつ店が再開できるかもわからなかったですし、当時は新型コロナ自体がどういうものか見えてなかったので、本当に不安になりましたよね。スマホで気軽に毎日写真を撮る時代じゃないですか、お子さんのいる家庭は。はたして我々の存在意義はあるのかな?と考えることはよくありましたね。このままの状態が続くと写真館で写真を撮る人はいなくなるのではとよく考えました。

―――写真館で子どもの写真を撮る習慣がなくなるのではと?
 ところが、新型コロナのまん延で色々なものが中止になったり延期になったりする中で、記念日に写真を撮るということに多くの人たちが価値を感じて戻ってきてくださった。我々の大切なキャッチフレーズで「写真は未来の宝もの」というのがあります。いまや写真はスマホでいつでも簡単に撮影して見られる時代になりましたが、子どもたちにとっての「未来の宝もの」になるためにアルバムを作ってあげるべきじゃないかとすごくこだわっていますね。

「サッカー型経営」と「95%女性スタッフ」

―――牧野さんは現場主義で、470店全てに足を運ぶそうですね。
 当社の理念として「全てのことは店で始まり、店で終わる」というのがあります。現場では、誰の指示もなく自ら考え、自ら行動して、自ら判断しなさいと強く言っています。監督が細かく指示を出さないという点で「サッカー型経営」ですね。だからこそ基本となる現場をしっかり見ておかないと、知らない間に変わっていたり、ずっと守り育ててきたものが違ったことになってしまったりすることがあると困るので。そういうのはどうしてもチェックしたくなりますね。そのことをしっかり理解して現場のスタッフたちがやりがいを持ってくれていることと天職だと思ってくれていることが、会社の強みですね。

―――これまでで一番大きな決断は?
 こども写真館を始めた時は「子ども専門でいこう」と決めたことですし、当時の社長から「女性スタッフ中心でできないか」と言われた時も大きな決断でしたね。当時は、カメラマンはなんとなく男性の仕事っていうのがありましたので。でも「女性スタッフ中心でできないか」と言われた時は、現場をずっと見ていたので「いけます」と即決で答えましたね。

―――いまや95%ぐらいが女性スタッフです。その理由は?
 お子さまの着付けとかヘアメイクをするスタッフが男性だとどうしても抵抗もあるというお客さまがいたり、スタッフが女性だと店に入りやすいとか、お子さまがどうしても男性が苦手だったりするケースも多いんですよね。また、お子さまに対して恥ずかしがらずに接するのはどうしても女性が長けているというのはあると思いますね。

デジタルに負けず写真プリントの文化を守っていきたい

―――いままでになかった業態として業績も伸びてきたので、同業態の写真館も増えてきましたね。
 我々はリーダーズカンパニーである以上、2番手3番手はどんどん真似をしてきますので、我々も次から次へと新しいことを考えていかなければなりません。でも競合店というよりも「みんなでこの業界を盛り上げていこう」という気持ちのほうが強いです。話をすると、みんな写真が好きで子どもたちのことが好きでこの仕事をしていることがよくわかります。

―――牧野さんの夢は?
 夢といったら大げさかも知れませんが、働いているスタッフたちは「宝」だと思っていますので、社長としての夢は、スタッフたちが「スタジオアリスで働いていて良かったな」と思える会社でありたいということですね。プライベートの夢は、実は次男が結婚しまして、まだ子どもはできていないのですが、私が引退した後、スタジオアリスがまだまだ元気でいてくれて、孫の写真を撮ってもらえるような会社であってくれたらいいなと思いますね。だからその子が20歳になった時、まだずいぶんと先になるんでしょうけど、その時もまだまだ頑張ってくれている会社でいてほしいと思います。

―――最後に、牧野社長にとって「リーダー」とは?
 現状否定ができて、周りの仲間のモチベーションを上げられ、さらにそのモチベーションを維持向上させられる人。それがリーダーだと思います。


■牧野俊介 1962年、愛知県に生まれる。1985年、東海大学工学部卒、写真のDPEショップを運営する会社「日峰」に入社。1992年、子ども写真館1号店の店長。執行役員、専務を経て、2018年、社長就任。

■スタジオアリス 1974年、商業写真事業を手掛ける日峰写真工芸を大阪市に設立。1992年、こども写真館を立ち上げ。1999年、スタジオアリスに社名変更。従業員数3411人、女性比率約98%。国内外に470店舗あまりを展開。

※このインタビュー記事は、毎月第2日曜日のあさ5時30分から放送している「ザ・リーダー」をもとに再構成しました。
 『ザ・リーダー』は、毎回ひとりのリーダーに焦点をあて、その人間像をインタビューや映像で描きだすドキュメンタリー番組。
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