『大阪環状線』テレビから劇場へ 太田夢莉(元NMB48)が関西弁で挑む大阪発カルチャーの原動力とは?

公開: 更新: カンテレTIMES
『大阪環状線』テレビから劇場へ
太田夢莉(元NMB48)が関西弁で挑む大阪発カルチャーの原動力とは?

カンテレドラマと松竹新喜劇で新たに生まれる舞台、『大阪環状線 天満駅編 うちの家族は日本一やねん!』。 

出演する元NMB48太田夢莉さん、大阪松竹座の藤田孝支配人、演出の木村弥寿彦(カンテレ)に“ひとと街”をテーマにインタビュー。それぞれの話から見えてくるものとは?


【前編】

「家よりなんばにいる時間の方がめちゃめちゃ長かった(笑)」 ー太田夢莉さん

奈良県出身の太田夢莉さんは、2012年から19年までアイドルグループNMB48に所属。ボーイッシュな雰囲気が女子からも人気で、大阪・難波を拠点にしっかりアイドルしていた。「ランドセルを背負ってた小学6年生の時から、1人で電車に乗って大阪に通っていました。家にいるより、難波にいた時間の方がめちゃめちゃ長かった(笑)」。

グループで活動中、カンテレの番組『NMBとまなぶくん』にレギュラー出演。ところが、メンバー全員でのバス移動だったためカンテレの外に出たことはほとんどない。唯一、中学生の頃に大阪出身のメンバーに誘われてプライベートで天神祭に行ったことがあるそう。「『おお~』って感じで、覚えているのは人が多かったこと(笑)」。成長するにつれ「舞台の空き時間には心斎橋まで歩いて、メンバーでタピオカ買ったり、たこ焼き買ったりして過ごしていました」。

そんな中で道頓堀の大阪松竹座の前もよく通っていたと話す。「貼ってある公演のポスターの前にファンの方がいらっしゃるのは、すごく見慣れた光景でした。その大きな劇場に今、自分が立たせていただけるなんて感慨深い。すごく不思議な感じがします」。

今回、グループを卒業して初めての大阪で、大阪松竹座の舞台『大阪環状線 天満駅編』に出演する。大阪松竹座とのご縁は、お母さんに「ミュージカルを観に行ったところだよ」と言われて「あ~、懐かしい!あれ、松竹座だったんだ」と思い出した。芸能活動前の小学生時代に1度だけ。「『美女はつらいの』というKARAのギュリさんが出ていらした舞台で、かっこいいな、おっきいところだったなっていうことをすごく覚えています」。

「道頓堀に100年。期待に応えていきたい」-大阪松竹座・藤田孝支配人

「街とにぎわいというのは、いつもつながっているんだと思います」と語るのは大阪松竹座の藤田孝支配人。

この言葉は2002年、松竹とカンテレがタッグを組み、扇町公園で大阪初の上演を実現させた『平成中村座』のこと。「十八世中村勘三郎さんをはじめとする出演俳優のみなさんが、日本一長い天神橋筋商店街の6丁目から大阪天満宮までを人力車に乗ってお練りしたんです。商店街のみなさんの温かい声援が本当にありがたい行事でした」。

そんなご縁のあるカンテレに、今度は大阪松竹座から「何か新しいシリーズを」とドラマ『大阪環状線』とコラボ。19年、21年と大阪松竹座で舞台シリーズ化された。ドラマのコンセプトを引き継ぎ、第3弾は天満駅界わいを舞台にした家族の愛の物語。だが今回はこれまでの2作とテイストが違う。松竹新喜劇の名作『大人の童話』を第1幕に、第2幕はその14年後の設定で描いたオリジナル作品だ。「すばらしい演目を数多く持つ松竹新喜劇の“上方”ならではのお芝居に、新しい息吹を吹き込んで次の時代につないでいく。大阪の芝居の街・道頓堀にある、歴史ある劇場として大事な企画だと楽しみにしています」。

また、今回の公演は、18歳以下の人は無料で観劇できる文化庁子供文化芸術活動支援事業の対象公演。席も原則、1階席を準備している。お母さんに連れられ、初めて劇場を訪れた太田夢莉さんのように「これからの世代の子供たちと親御さんに大阪発の舞台の魅力を、まずは無料で見ていただけるチャンスを」と。

藤田支配人の言葉に力がこもるのは当然だ。大阪松竹座は来年、創立100年を迎える。「この街に大阪松竹座が100年、劇場として存在し続けたことは、演者や企画の力もありますが、やはりお客様、そして地域の皆さまに支えられてきたからこそだと感じています」。

大阪松竹座は1923年(大正12年)、江戸時代初期から芝居の街として隆盛を極めた道頓堀に誕生した。関西初の本格的洋式劇場であるとともに、日本初の鉄筋コンクリート造りの映画館として誕生した大阪松竹座は、映画上映と実演舞台を並演する当時最先端の興行スタイルで華々しく開場し、大評判を得た。イタリア・ミラノのスカラ座をモデルにした石造りの玄関が、現在も100年前の面影を残している。

(開場当時の松竹座Ⓒ松竹)

400年前から、この道頓堀で大阪発の幅広い芸能・文化が多く生まれて来ました。それをすべて受け止めて頑張っていくという責務は大きいですが、大阪の文化として発展させ続けなければと。来年は今までの感謝を込めて、従来の演目はもとより100年の歴史を匂わせる映画や音楽など、幅広いジャンルの公演を計画しています。大阪松竹座は、地域の歴史と伝統をしっかり意識し、地域と共ににぎわいを生む劇場でありたいと考えているので、あらゆるコンテンツを発信する文化の拠点として期待に応えていきたい。来年は次を描くステップになるような年にしたいですね」。


=後編に続く=

【後編】「今日だけでおもしろい人にいっぱい会いました(笑)」ー太田夢莉さん

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