何かを「好き」だということは、それだけで素晴らしい。<アナコラム・桝田沙也香>

公開: 更新: テレ朝POST

<テレビ朝日・桝田沙也香アナウンサーコラム>

「行動力(こうどうりょく)」という言葉は、私が生まれる前から当たり前のように存在していて、この漢字3文字を一度も使ったことがないという人はほとんどいないだろう。

しかし、よくよく考えてみると、こんな気持ちになる。「行動力さん!あなたって、本当にいるんですか?」と。

結局、行動するかしないかなんて、その人の体調や置かれた環境、もっといえば“気分”や“天気”に左右されるのであって、「力(りょく)」の問題ではないように思うのだ。

なぜこんなことを考えるかといえば、それは私がここ数年、「行動力あるよね」と言われることが増えたから。しかし、私は自分をそんな人間だとはまったく思っていない。

ただし、ある分野については、よく「行動している」ほうであることは自負している。

そして、私を“行動”へと仕向けているのは、ただただシンプルに「好き」という感情だけだ。

「好き」という感情が人にもたらすパワーというのは、すさまじい。

最近そのことを最も強く認識したのは、取材に行った老人ホームでの出来事だ。

◆100歳を超えたご長寿の女性の「好き」

報道・情報番組で“フィールドキャスター”を担当して5年。平日は取材のため全国を駆け回っている。

たとえば直近を振り返ると、“紋別タッチ”ベテランの密着で一昨日は北海道・紋別、廃校の再利用の最前線の取材のため昨日は静岡、今日は香川…といった具合だ。

そして今年の敬老の日の前には、日本及びアジアで最高齢の115歳、巽フサさんがいらっしゃるということで、大阪府の特別養護老人ホームを訪れた。

新大阪駅から電車を乗り継ぐこと1時間弱。

電車の窓からは緑豊かな美しい風景が見え、向かいの席にはベビーカーで眠る赤ちゃんを微笑みながら見守るお母さん。

ゆったりとした時間が流れ、心は優しい気持ちに満たされる。

今日はどんな出会いが待っているのだろう? これから行う取材が楽しみで仕方なくなった頃、目的地に到着した。

番組スタッフと合流し、打ち合わせを終え、早速フサさんに会いに行く。

お部屋にお邪魔すると、お昼寝をしているフサさんは笑顔にもみえる優しい表情をしていた。そして、その肌艶がとても良いことに私が驚いていると、職員さんがフサさんは毎日欠かさず“桃クリーム”を塗っていることをこっそり教えてくれる。

数年前まではご自身でお化粧もされていたそうで、いくつになってもお洒落に気をつかう人生の大大大大大先輩にさっそく畏敬の念を抱く。

さらに職員さんは、「フサさんには口癖があるんですよ!」と楽しそうに教えてくれた。食べることが大好きなフサさんはよく、「ご飯まだでっか〜?」と大きな声で職員さんを呼ぶという。

取材時間中、その口癖を聞くことはできなかったが、フサさんが大好きな食事の時間にもお邪魔することができた。

お昼ご飯は、バナナをスムージーにしたもの。甘いものが特に好きだというフサさんは、飲み込むのが早い。職員さんをそれこそ「まだでっか〜?」と急かすように口を開け、5分足らずで完食された。

行きの電車から楽しみにしていた通りの素敵な出会い、そして微笑ましく穏やかな光景に、私はここへ来られて良かったと思った。

驚いたのは、その数分後だ。

このホームにはフサさんのほかにも100歳を超えるご長寿がいらっしゃるということでお会いしたところ、そのうちの1人の女性が“書”を披露してくださったのだ。

習字の先生をしていたというその女性。いまでも文字を書くことが「大好き」で、毎日のように筆を握っているという。

女性が何度も何度もご自身の名前を書くときの眼差しや姿勢からは、言葉はなくとも本当に文字を書くことが「大好き」なのだということが伝わってきて、書かれたエネルギッシュで美しい文字をみていると、不思議と涙が出そうになった。

人が何かを「好き」であることは、それだけで尊い。そしてやはり、「好き」という感情がもつパワーはすさまじい。

◆あの日の「好きかも」が生きる原動力に

ここからは、少し自分の話を書かせていただきたい。

友人と食事に行き、ジムで体を動かす――。以前はそうしてルーティーンのように代わり映えのない休日を過ごしていた自分が、ある時を境に頻繁に日本各地に出かけるようになった。冒頭に書いた通り、「行動力あるよね」と言われることも増えた。

そのきっかけは、“草間彌生”という人を「好き」になったことだ。

入社してまもない頃。生放送の出番を終え、「今日も出来なかった…」と携帯電話を触る気力もなく帰りの駅のホームでぼーっと電車を待っていると、あるものがふと目に付いた。

それは、国立新美術館で開催中の企画展「草間彌生 わが永遠の魂」の広告だった。

「たまには気分を変えて、美術館でも行ってみるか」

見えない力に導かれるように、そして偶然の出会いを楽しむかのように、仕事終わりにこの草間彌生展に足を向けた。

一度見たら忘れられない強烈なインパクトと圧倒的な存在感。繰り返されるモチーフを見ていると脳がブラッシュアップされる感覚。

「あれ、私、こういうの好きかも」――。初めて足を踏み入れたアートの世界に衝撃を受け、その日は思わぬ1日となった。

そして後日。気づけば、私の足は長野県松本市に向かっていた。

草間彌生さんの出身地。ここには、松本市美術館がある。草間さんの作品をメインに、信州や山岳にちなんだ作品を収蔵展示している。

JR松本駅からゆっくり歩くこと20分。バスやタクシーで行けばすぐだけど、初めての場所ではちょっと迷いながら“初対面”の景色を目にするのも悪くない。

ちょうど足が疲れはじめた頃、憧れの場所に辿り着いた。

早速中に入ると、巨大彫刻作品『幻の華』が出迎えてくれる。

美術館の建物も自動販売機も水玉模様に変身し、別世界にも感じられるそこはとても胸躍る空間だった。

最も好きだった作品は、代表作のひとつ『南瓜』。

心ゆくまで家で楽しみたいと、ミュージアムショップで『南瓜』のジグソーパズルを購入して帰ったのも懐かしい。

美術館巡り――。この日をきっかけに、いくつになっても楽しみたい趣味が見つかった。思えば、始まりはあの日感じた「好きかも」だったのだ。

次の休日は、どのアートに会いに行こうか? 私はいま、生きる原動力になるほど「好き」なものに出会えたことの喜びを噛みしめている。

「好き」という感情は、素晴らしい。

<文/桝田沙也香、撮影/矢島悠子

PICK UP