永瀬正敏、家族を説得して高校1年で映画デビュー。“青春の思い出に1本だけ”のはずが…「大嘘つきの息子ですよね」

テレ朝POST

1982年、映画『ションベン・ライダー』(相米慎二監督)のオーディションに応募し、1万7000人の中から主役グループのひとり、ジョジョ役に選ばれて俳優デビューした永瀬正敏さん。

1989年にはジム・ジャームッシュ監督の映画『ミステリー・トレイン』に、工藤夕貴さんとともに異国をさすらう日本人カップル役で出演し、国際的に注目される存在に。映画『息子』(山田洋次監督)、映画『コールド・フィーバー』(フリドリック・トール・フリドリクソン監督)、映画『あん』(河瀨直美監督)、『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』(NHK)など多くの映画、ドラマに出演。映画をメインに活動し、作品の内容次第では規模や場所にこだわらず出演するというスタンスでワールドワイドに活躍。

2022年2月18日(金)に日本と台湾合作の主演映画『ホテルアイリス』(奥原浩志監督)が公開される永瀬正敏さんにインタビュー。

 

◆反発心からオーディションに応募、受かった瞬間「やべえ!」

宮崎県で生まれ育った永瀬さんは、小学校時代は少年野球、中学生になるとアマチュアバンドを組んで活動していたという。

「両親が共働きだったので、おじいちゃんおばあちゃん子でした。父方の祖父は元写真師で戦前写真店を経営していて、母方の祖父は薬局を営んでいてぜんぜん違うタイプだったんですけど、二人とも大好きでした」

-アマチュアバンドを組んでいたということですが、ミュージシャンになりたいという思いは?-

「なかったです。オリジナルを作れないカバーバンドでしたから。先輩のバンドのボウヤをしたりして、ヤマハのライトミュージックコンテストの宮崎県大会みたいなのには行っていましたけど、あまりにもみんなレベルが高くて『無理、無理』という感じでした。でも、音楽は好きだったので本当に趣味ですね」

-その頃は将来何になりたかったのですか?-

「勉強は嫌いでしたけど、体育と美術だけは好きで、美術の先生がかわいがってくれたんです。すごく変わっていて、突然休職してシルクロードに絵を描きに行っちゃったりするような先生だったんですけどね(笑)。

その先生が自宅まで来て下さって、東京で絵のレッスンを受けたらどうかと両親に話してくれたんですけど、レッスン料があまりにも高かったみたいで無理だということになって。それにそもそも僕は絵が全然うまくないんですよ(笑)。

ただ、物を作るのは好きだったので、そういう感じの方向に進みたいとは思っていましたけど、役者になるなんて夢にも思っていませんでした」

-『ションベン・ライダー』に応募したのは?-

「高校1年生になったばかりの頃です。僕が行っていた高校は、今はいい具合に文武両道になっているらしいんですけど、当時はちょうど日本中で校内暴力が騒がれはじめた頃で、やたらと学校側の締め付けが厳しくて、その窮屈感がいやでたまらなかった。

『教師を代表とした大人という人たちにできねえことをやってやりてえな』とずっと思っていて、それでオーディションに応募して『これはできないでしょう?』って、そこで満足していたんですけど、受かってしまったので(笑)。おふくろ以外には誰にも言っていなかったから、後が大変でした」

-それまでまったく演技の経験もないのに、メインの3人のひとり、ジョジョ役に決まったと聞いたときは?-

「『やべえ!』って思いました(笑)。これはどう両親を説得すればいいんだろうって。プロデューサーの伊地智(啓)さんがすごい説得してくれて、おふくろが最初に折れてくれたんです。

それで、おふくろは『青春の思い出に1本だけ経験させるのもいいんじゃないか』という感じでおやじを説得してくれて、渋々おやじも親戚も全員OKをしてくれたんですけど、結局今現在も続けちゃっていますから、大嘘つきの息子ですよね(笑)」

-伊地智さんは高校にも説得に行かれたそうですね-

「そうなんですよ。菓子折りを持ってあいさつに行ったのに突っ返されて、『お前の高校はなんて失礼なんだ!』って、ものすごく怒っていました。『どうもすみません』って謝ったんですけど(笑)」

※永瀬正敏プロフィル
1966年7月15日生まれ。宮崎県出身。1983年、映画『ションベン・ライダー』で俳優デビュー。『ママはアイドル』(TBS系)、映画『ミステリー・トレイン』、映画『死んでもいい』(石井隆監督)、映画『隠し剣 鬼の爪』(山田洋次監督)、映画『KANO 1931海の向こうの甲子園』(馬志翔監督)など映画をメインに国内外の多くの作品に出演。

日本アカデミー賞新人俳優賞をはじめ、多くの映画賞を受賞。バジェット(予算)の大小に関係なく、内容さえ気に入れば作品に出演するというスタンスであり、かけもち出演はしないというポリシー。俳優業だけでなく、写真家だった祖父の意思を継いで写真家としても精力的に活動。映画『ノイズ』(廣木隆一監督)が公開中。主演映画『ホテルアイリス』の公開が2022年2月18日(金)に控えている。

 

◆クランクアップの日に監督を川に、銭湯で大号泣

高校1年生の夏休みに映画『ションベン・ライダー』の撮影が行われ、演技未経験の永瀬さんは、連日相米監督に怒られることに。

※映画『ションベン・ライダー』
ジョジョ(永瀬正敏)、辞書(坂上忍)、ブルース(河合美智子)の3人の中学生の目の前でいつも自分たちをいじめていたガキ大将が誘拐されてしまう。仕返しをするために彼を追う3人は、中年ヤクザ・厳兵(藤竜也)も仲間にして日本各地を巡る冒険の旅に出ることになる。

「今思えば、すごい身になる現場でしたけど、何も教えてくれない監督で、何か聞くと『俺がやるんじゃねぇんだ。お前がやるんだからお前が一番知ってるはずだろ、自分で考えろ』で終わりなんですよ。

裏を返せば、僕たちができるまで待ってくれて、すごい俳優ファーストというか、役者ファーストの監督だったんですけど、当時僕は芝居の経験もないし大変でした。坂上忍くんは小さい頃から芝居の経験はありますけど、多分映画はそんなにまだやっていなかったんじゃないかな。

だからみんなが本当にそのキャラクターになれるまで、2日でも3日でも待っていてくれる監督ではありました。今思えばですけどね。やっている最中は『頼むから教えてくれよ』って思っていました(笑)」

-永瀬さんたちが散々浸かっていた大岡川はスクリーンではわかりませんが、かなり汚かったとか-

「もう悲惨でした。今は整備されていてきれいですけど、当時はネズミの死骸(しがい)は浮いているし、異臭もして本当に悲惨でした。そこに何度も落とされたんだから鬼ですよね(笑)」

-クランクアップの日には監督も大岡川に落としちゃったと聞きました-

「思いっきり落としてやりました(笑)。僕と坂上くんの二人で落とそうという話をしていて、坂上くんが『あれっ? 監督、メガネに何か付いていますよ』って言ってメガネを外すのが合図で、僕が突き落とすことになっていたんですけど、まさか本当にやるとは思わなくて。

クランクアップしたら本当に坂上くんがやるので、『これはやらなきゃいけないな』と思って、僕が監督を押して川に落としたんですよね」

-監督は何かおっしゃっていました?-

「『やると思っていたよ』って言っていました。その近所の方たちも苦労して撮っていたのがわかっていましたから、監督が川に落ちた瞬間、スタッフの人と一緒に大拍手でした(笑)」

-それで監督と一緒に銭湯へ?-

「そうです。撮影中は河合さんのことをあまり女の子として意識してはいなかったけど、女湯に入っていたので、映画に出てくる銭湯に坂上くんと監督と3人で入っていたんです。

それで監督の背中を流していたら、背中越しに『お前たち本当によくやってくれたな』って、はじめて褒め言葉をかけてくれて、僕と坂上くんは大号泣でした。

河合さんはちょっとかわいそうでした。性別が一緒だったらというか、もうちょっと年が離れていてまだ子どもだったら彼女にも一緒にその言葉を聞かせてあげたかったなあって思いましたけど、後でちゃんと監督から一言あったんじゃないですかね」

-映画の中では河合さんも胸にタオルを巻いて一緒に男湯に入っていましたね-

「そうだ。そうやって入れば良かったんですよね(笑)」

-ちょうど少年少女から大人になる狭間の危うさとかもとてもよく映し出されていました-

「そうですね。相米さんには先見の明があるというか、当時にしてはちょっと早すぎたというか。今でいうLGBTQ的な要素も作品に加えられていた。また、いわゆる女性が女の子から女性になる瞬間を撮るのが非常にうまかったですね。女性をかわい子ちゃんで撮らないで、意思をもつジェンダーレスというか。

河合さんが演じたブルースという役柄は『自分は男だ』という子だったので、そこらへんの表現を堂々とやられる監督は、当時はあまりいなかったですね」

-自分は男の子だと思っているのに初潮が来て、からだは女になっていく、その切なさの描写が見事でした-

「本当にそうですよね。『なんであのおやじがそんなことを描けるんだろう?』って思うけど(笑)」

-記憶に残るシーンでした-

「そうですね。今思えば、ブルースが初潮を迎えて、いろんな思いを抱えながら海に入っていくというシーンは秀逸ですからね、あのときの表情も。それを引き出す監督というのはやっぱりすごいなあって思います」

-『ションベン・ライダー』の撮影というひと夏の経験は、人生を左右するような大きな出来事だったと思いますが-

「あれで人生が狂いましたね。引くに引けなくなりました」

-手ごたえみたいなものは感じました?-

「いえ、はじめてラッシュを観たとき、『自分の声ってこんな声なのか?』『自分の顔ってこんな顔なのか?』というくらいですからね(笑)。

ただ、『ションベン・ライダー』は、完璧版の4時間半バージョンというのがあって、最初にみんなで試写を観たときには泣きました。すばらしかったんですよ、自分のことは置いておいて。

でも、当時は『うる星やつら オンリー・ユー』(押井守監督)と併映だったので尺が決まっていて、4時間半も上映できないのでゴッソリカットされて変な字幕が出てくるんですよね、意味のないような字幕が。

だからやっている僕らも意味がわからなかったです、初見は(笑)。うーん…、未だにちょっとちゃんとは見れない感じですね。ラストシーン近くになってくると感情が高ぶっちゃって見れない」

-最初の4時間半バージョンが見てみたいです-

「いやあ、もうネガがないんじゃないですかね。そのとき助監督をやられていた榎戸(耕史)監督が、一時期探そうと尽力されていたんですけど見つからなかったそうです。多分もうネガがないんじゃないかな。

いろんな説があって、おやじ(相米監督)が『使わないんだったら燃やせ!』と言って燃やしちゃったという説もあるし、どこかに預けていたら紛失しちゃったという説もあって。ただ、見たいですね。すごかったです」

 

◆ジム・ジャームッシュ監督作『ミステリー・トレイン』に出演

『ションベン・ライダー』の撮影が終わって宮崎に帰った永瀬さんだったが、高校の授業にはまったくついていけなくなっていたという。

「当時僕が通っていた高校は夏休みがなくて、夏休みに1年生のテキストを全部終わっていて、撮影が終わって帰ったときには、みんなは受験用のテキストをやっているんですよ。だから授業が何もわからなくて散々たる感じでした」

ちょうどその頃、所属していた会社(事務所)の社長から「東京でやらないか」と誘われた永瀬さんは、「またあの現場に戻りたい。続けたい」と思い、上京することにしたという。

「うちのおやじは口もきいてくれなかったです。おじいちゃんたちも。昔の人なので、役者ということのイメージがあまり良くなかったのと、僕の将来のことも考えてくれたんでしょうけど、なかなか認めてくれなかったですね。いろいろ助けてくれたのは、おばあちゃんとおふくろでした」

上京した永瀬さんは、高校に通いながら2本の映画『みゆき』(井筒和幸監督)と『THE MODS 夜のハイウェイ』(渡辺寿監督)、ドラマ『ママはアイドル』などに出演するが、仕事が順調というわけではなかったという。

「2本やったあとは映画がずっとできなかったですし、やっても劇場公開されなかったりで。ただ、その間にいろいろテレビに呼んでいただいて、テレビの演出家の人たちやプロデューサーさんたちに助けてもらいましたけど、いつかまた映画に戻りたいという思いがフツフツしている時期でもありました」

そして1989年、永瀬さんはオーディションを受けてジム・ジャームッシュ監督の『ミステリー・トレイン』に出演することに。

「僕はかけもちがどうしてもできなくて、1本ずつだったので、ある意味めちゃめちゃ暇だったんです。そんなときにある女優さんから『これ永瀬くん、絶対に好きな映画だから観に行ったほうがいいよ』って勧められて観たのが、ジム・ジャームッシュ監督の『ストレンジャー・ザン・パラダイス』。当時はまだ消防法が緩かったみたいで立ち見もいっぱいの超満員。僕は階段に座って観たんですけど、衝撃を受けちゃって。

それで彼の次の映画『ダウン・バイ・ロー』まで追いかけた後にオーディションの話を聞いて、まさか会えると思っていなかったので、会えるだけでいいなと思っていたんですよね。

それでお会いしたら、映画のオーディションに行っているはずなのに、その映画の話を全然しないで、二人で好きな音楽の話をして終わっちゃったので、これはもうダメだなと思って(笑)。

でも、彼に会えて良かったと思って帰ったんです。そうしたらもう一回呼んでくれて、ジムが定宿にしていた六本木プリンスホテルの一室で、演技のオーディションみたいなことをやったんだけど、結局僕はなんにもしなかったんですよね。

近くにあったコーヒーのスプーンをずっと超能力を使って曲げようとしていて(笑)。何か余計なことをしてもジムには絶対に見抜かれると思って、『今したいことをやってみよう』と思ってやったんですけど、『はい、大失敗』と思って帰りました(笑)」

-決まったと聞いたときはいかがでした?-

「絶対落ちたなと思っていたので、ちょっとびっくりしました。なんにもしなかったし、音楽の話しかしていなかったので。でも、たまたまロカビリーに憧れる男の子の役だったんですよね」

※映画『ミステリー・トレイン』
ロックンロールの町・メンフィスのホテルを利用することになる3組の登場人物たちのそれぞれの出来事をオムニバス形式で描く。永瀬さんは日本から恋人のミツコ(工藤夕貴)と一緒に観光にやって来たジュン役。

-永瀬さんと工藤さんが真っ赤な口紅を唇からはみだしてピエロのように塗りたくっているポスターが印象的でした。あれはキスして口紅がはみ出すのですね-

「そうです。ジムは僕たちが日本人だということもあったんでしょうけど、メンフィスに入って1週間くらいリハーサルをホテルの部屋とか町に出たりして入念にやってくれて。

そのときにすごくオープンで、役者の意見をいろいろと聞いてくれる人で『何かアイデアはないか』とか、『もっとこのシーンおもしろくなる要素はないか』とかいろいろ聞いてくれたんです。

あのシーンは、最初は『口紅を塗られる』って書いてあったんですけど、夕貴ちゃんが口紅を塗っているのをそのままキスして僕の唇に塗ってくれるのはどうかなって、フッと頭に浮かんじゃったんですよね。

でも、キスシーンなので、相手をすっ飛ばして監督に話をするのはちょっとまずいかなと思って、まず夕貴ちゃんに聞いてみたら、『おもしろい、おもしろい』って言ってくれて、それをジムに伝えてくれてできたシーンなんです」

-永瀬さんのアイデアで誕生したシーンだったのですね。とても良いシーンでした-

「ありがとうございます。日本バージョンではポスターにも使ってくれました」

-永瀬さんがジッポのライターを空中に高く放り上げて、そのままストンと洋服の胸ポケットに入れるシーンも印象に残っています-

「あれもたまたまリハーサル中に、『何かおもしろいアイデアない?』って言われて、一時期僕もジッポを使っていて、色々トリックをやっていたんですよ。それを見せてピョンって上に放り投げたら、たまたま入っちゃったんです。

そうしたらジムがそれを見て、『それ絶対に使おう』って言ってくれたんですけど、それで大変なことに(笑)。撮影の前日はホテルの部屋で必死に自主トレです(笑)。

みんなもいろいろマネをしてくれてね。トム・ウエイツもジョー・ストラマーも試写を観た後、マネをしてくれていたらしいんだけど、みんな指をケガしちゃって絆創膏が指に巻いてありました(笑)」

『ミステリー・トレイン』は1989年のカンヌ国際映画祭最優秀芸術貢献賞を受賞。永瀬さんははじめてカンヌ国際映画祭に行くことに。次回はその舞台裏、山田洋次監督との出会いなども紹介。(津島令子)

ヘアメイク:勇見勝彦(THYMON Inc.)
スタイリスト:渡辺康裕 桶谷梨乃
衣装:コート・シャツ・パンツともにYOHJI YAMAMOTO

©長谷工作室

※映画『ホテルアイリス』
2022年2月18日(金)より、新宿ピカデリー/ヒューマントラストシネマ渋谷/シネ・リーブル池袋 他にて公開
配給:リアリーライクフィルムズ+長谷工作室
監督:奥原浩志
出演:永瀬正敏 陸夏(ルシア) 菜葉菜 寛一郎 マー・ジーシャン(馬志翔)ほか
心に深い闇を抱えながら日本人の母親(菜葉菜)が経営するホテルアイリスを手伝っている若い女・マリ(ルシア)と孤島でひとり暮らしている謎めいた中年男(永瀬正敏)。2人はいつしか愛と死の香りに満ちた濃密な時間の淵に堕ちていくが…。