「今みたいに理解してくれる社員さんじゃなかったから、酷かった」 あの芸人が体調不良、仕事に行けなくなった“闇の時代”語る

公開: 更新: ABCマガジン

MC海原やすよともこ「~人生密着トークバラエティ!~ やすとものいたって真剣です

23日(木)の放送回は、満を持して、中川家がトークゲストに登場! やすともと深い絆の中川家を迎え、“2週ぶち抜き真剣トークスペシャル”をお届けする。

©️ABCテレビ

「NGKの楽屋ではだいたい一緒にいる」「お昼ご飯も一緒」というほど仲の良いやすともと中川家。ともに兄弟・姉妹の漫才コンビであり、芸歴30周年を迎えた同期でもある。1992年に中川家がNSCに入学した同年、やすともは中田ボタン師匠に弟子入りし、同期ながらも異なるカタチで芸人の道を歩み始める。心斎橋筋2丁目劇場を中心に活動していた中川家はデビュー3年目で頭角を現し、1996年、「ABCお笑い新人グランプリ」で優勝。しかし、その前年にグランプリに輝いたのがやすともだった。若手の頃は賞レースやバラエティで競い合った彼ら。やがて絆を深め合い、2020年には揃って吉本興業常設劇場の看板に就任する。そんな彼らが、時に楽屋さながらのおちゃらけも交えながら、真剣トークを繰り広げる!

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デビュー当時は「しゃべったことも、同じ劇場に立つこともなかった」という2組。「ABCお笑い新人グランプリ」でやすともが優勝したときの話題になると、「悔しかったな~。俺らかなと思ってた」と剛が当時を振り返ると、礼二も「正直、びっくりした」と兄弟で口を揃える。一方、やすよは「私らは、これを取らないと次がないという思いやった」と、NSC全盛期に「誰ひとり味方がいなかった敵ばかりの殺伐とした時代」を振り返る。

2組が言葉を交わすようになったのは、漫才の営業に一緒に行くようになってから。そんな最中の1997年、2丁目劇場が“漫才禁止令”を出したのだ。行き場のなくなったやすともと中川家はうめだ花月へ。4人が口を揃えて「環境が悪かった」といううめだ花月。「気持ちが落ち込んだ」「辞めたなった」「スタッフもめっちゃ怖かった」と、うめだ花月で経験した“暗黒時代”の思い出が止まらない! さらに、辛かった地獄の営業エピソードで盛り上がり過ぎる!?

2組の“闇の時代”はまだまだ続く。その頃から剛が体調不良になり、仕事に行けなくなった。「今みたいに理解してくれる社員さんじゃなかったから、酷かった」と、当時の状況を吐露する剛。苦しい中でも辞めなかったのは、「単純にお笑いが好きやったから」と、お笑いへの思いを吐露する。

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やすともと中川家が、彼らをよく知る芸人たちから届いた「この際だから聞いてみたいガチ質問」に回答する。
「20年近くお世話になっている」というブラックマヨネーズの小杉は2組との思い出も多い。中川家が単身東京に出向き、東京の若手たちとしのぎを削っていた時代、「大阪でぬくぬくとしていた俺らに…」と、礼二に芸人として教えられたエピソードを紹介。「怒られながら、泣きながら、お酒を飲んでいた」という時代の思い出や、「M-1」の決勝が決まったときに剛から言われた「今も忘れられないこと」を明かす。そんな小杉のガチ質問は、「芸人になって良かったと思った瞬間は?」。これには、剛が率直な心境を語る!

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「よく、やすともさんには楽屋に呼んでいただく。そこに中川家さんがいらっしゃることも」と話すのはミルクボーイ。「やすともさんは楽屋でも中川家さんのスゴさを話してる」という話題から、「相手コンビのスゴイところ・アカンところ」を質問。中川家に対し、「舞台もスゴイし、この年齢でYouTubeをやって、若い年齢層も獲得してる。うらやましいほどスゴイ」と、やすよが称賛すると、ともこも「中川家に、このままでいいよと言ってもらえるようにがんばりたい。あとの人にはどう思われてもかまわない」とリスペクト。そんな2人に剛は「やすともがおると頑張れる。どの出番の時も一緒にいて欲しい」と、2組が互いへの思いを明かす。

毎週木曜よる11時17分放送のMC海原やすよともこ「~人生密着トークバラエティ!~やすとものいたって真剣です」(ABCテレビ)。 23日(木)はよる11時10分放送。

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