『不適切にもほどがある!』ぶっとんだ設定に現実感をプラスする、クドカン作品の歴代“本人役”史を振り返る!

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『不適切にもほどがある!』ぶっとんだ設定に現実感をプラスする、クドカン作品の歴代“本人役”史を振り返る!
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バラエティ番組ってこんなに差があったの? 2月9日放送の『不適切にもほどがある!』(TBS系、毎週金曜22:00~)第3話は、小川市郎(阿部サダヲ)が昭和と令和を行き来。それぞれの時代の番組制作の違いが浮き彫りに。八嶋智人だけじゃない、歴代作品の本人役も紹介します!

昭和と令和のバラエティ、こんなに違う!

昭和の深夜バラエティ『早く寝ナイト チョメチョメしちゃうぞ』から始まった今回。司会のズッキー(秋山竜次ロバート)が白衣キャラなのは、俳優として『木更津キャッツアイ』にも出演していたケーシー高峰のオマージュだろうか。

番組出演に当選した純子(河合優実)とともに、市郎、向坂サカエ(吉田羊)、キヨシ(坂元愛登)も収録現場へ。出演枠はアダルト女優、オカマちゃん、女子高生。現在は使われない呼称も「過激」の名のもと使われている。そしてセクハラが当然という態度のズッキー。昭和の頃は当たり前にこんな番組が実在していたって、今思うと恐ろしい。

ただ、ここで市郎の心境に変化が。今までは女性たちに対して性的な目線を向けることに疑いがなかったのに、純子がテレビで好奇な目にさらされるのは我慢ならなかった。そして、どんな人も誰かの娘や息子であると悟る。さらに出演者それぞれが自分がここによばれている役割を認識し、求められている役目を果たしているということも。ズッキーも裏では紳士的。テレビって本当にプロの世界だ。

対比させていたのが令和のお昼の生放送番組『プレミアムサタデー』。清潔感が取り柄のMC・堤ケンゴ(山本博/ロバート)は、裏で不祥事を起こしていた(ズッキーと真逆)。現場は大混乱し、プロデューサー・栗田一也(山本耕史)は悪質なネットの切り抜きを恐れ、過敏にコンプラ対応するようになっていた。

でもこれでは無味無臭な情報を垂れ流すしかできない。そんな番組、誰が見るんだろう。そう思うと、現在生放送のMCをしている芸能人ってみんな不用意な発言をしないよう訓練されているのかもしれない。

犬島渚(仲里依紗)のSOSに市郎が駆けつけたところで、ミュージカルが開幕。まずはハラスメントは加害側が否定しても仕方ないことを栗田が歌い上げる。そして市郎の登場。どんな女性も「みんな誰かの娘だと思って接しろ」という、昭和の番組での経験を歌に込めた。ただこれも家父長制的な態度と考え方だから、令和ならもうちょっとアップデートは必要だ。要は、誰に対しても想像力を働かせろ、というメッセージだったのだ。実際にコンプラのガイドラインは今、各所で作成されつつあるので適宜みんな参照してくれ!

さらに市郎のステージに呼応する昭和パート、サカエの伸びやかな歌声も素敵だった。昭和と令和の行き来、とても疲れる構成のはずなのにうまく機能しているって本当にすごい。緻密につくられていると感じる。

もちろん、二つの番組を見比べても昭和が正しいなんても言えない。でも正直、令和は「テレビがつまらない」と言われても仕方がない番組が横行しすぎているとも感じる。誰も不快にならない配慮はもちろん大切だし、ガイドラインは適切に機能すべきだと思うが、だからって無味無臭な番組を見たいわけではない。規制のなかでどれだけおもしろいものがつくれるかを考え、挑戦するテレビ局員たちの気概にこれからは期待したい。渚、そんなプロデューサーになってくれ!

クドカンドラマの“本人役”史に注目

今回の立役者は、なんといっても八嶋智人(本人)だった。なんだろう、この安定感と「ちょうどよさ」は! これはプライベートの素の部分を想像したときのイメージと、演技のイメージが一致する俳優だからこそなせる技。それがわかってての起用、さすがすぎる。

クドカンのドラマで演者本人が本人役を演じるケースというのは、実は結構ある。それではクドカンドラマの“本人役”史をざっと振り返ってみよう。

池袋ウエストゲートパーク川崎麻世
『木更津キャッツアイ』哀川翔氣志團加藤鷹
『ぼくの魔法使い』井川遥ルー大柴山村紅葉京本政樹杉本彩
『マンハッタンラブストーリー』船越英一郎
『うぬぼれ刑事』中村梅雀
『あまちゃん』橋幸夫
監獄のお姫さま前川清押切もえ
俺の家の話藤田ニコル長州力武藤敬司蝶野正洋

人選、さすがすぎんか? 劇中ドラマに本人役で出演している設定もあれば、普通に生きていて一般人がたまたま関わる芸能人としての登場もある。キャスティングも使い方もうますぎ。観ていて思うのは、現実にこの俳優と遭遇する機会はなんかありえそうだという点。まさに「ちょうどよさ」なのだ。

それに現実に活躍する芸能人らを本人として出演させることで、フィクションとわかるくらいぶっとんでいる登場人物たちも、私たちと同じリアルな現実を、今と同じ時代を生きているような錯覚に陥り、より作品に没入しやすくなる。これは脚本において同時代性を大事にしてきた宮藤官九郎の作品だからこそ、うまく作用するテクニックでもある。

3話では山崎育三郎の名前も台詞の中で挙がっていたが、ミュージカルパートがあることを考えると出演があり得そうな気がしてきた。まさか桑田真澄Mattも? さらなるサプライズを期待したい。

(文:綿貫大介)

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