『春になったら』奈緒“瞳”が濱田岳“一馬”に惹かれた一番の理由

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『春になったら』奈緒“瞳”が濱田岳“一馬”に惹かれた一番の理由

癌を告知された患者が病気を受け入れるまでには「否認」、「怒り」、「取引」、「抑うつ」、「受容」という5つのステップがあると言う。ならば、遺される家族はどうだろうか。同じように5つのステップを辿りながら、大切な人がこの世からいなくなるそのときをただ待つしかないのだろうか。

春になったら』(カンテレ・フジテレビ系、毎週月曜22:00~)第2話は、父になんとか治療を受けてほしい娘の精一杯の“悪あがき”が描かれた。

治療をしないことが、父親として雅彦にできる最後のことだった

もし自分が余命3カ月と宣告されたら、たぶん僕は椎名雅彦(木梨憲武)と同じように体を痛めつけるだけの延命治療は望まないと思う。でももし身近な人が余命宣告をされたら、どんな延命治療でもいいから、1日でも、1秒でも長く生きてほしいと思う。人間っておかしなものだ。自分の死は受け入れられるのに、他人の死は受け入れられない。

だから雅彦の気持ちも、娘の瞳(奈緒)の気持ちもよくわかる。どちらも間違えているわけじゃない。雅彦はただ自分らしく命をまっとうしたいだけだし、瞳はただ父を失いたくないだけなのだ。

頑なに治療を拒否する父を翻意させようと、瞳はあえて川上一馬(濱田岳)との結婚に直進する。一馬との結婚を阻止することが、父の生きる理由になるならば――そんな娘の作戦を、父はお見通しだった。

「わかってんだぞ、お前は俺に治療を受けてほしいんだろ。だから、姉ちゃんと一緒になって俺を脅かしたんだろ。私の結婚相手はこんなダメ人間ですって」

周りくどく説明しなくても、娘がなにを考えているかなんてわかる。悔しいくらい瞳は雅彦の娘なのだ。

父娘旅行の行き先は、伊豆。父と母の出会いの場所だ。一目惚れから10年越しの片想いを実らせ結ばれた。両親の馴れ初めを、娘は初めて知る。ひとつ屋根の下で暮らしていても、自分が生まれる前の両親の話なんて聞いたことがない人も多いだろう。親子でも知らないことはたくさんある。娘にそんな話をしたのは、一緒に過ごす時間が残りわずかだから。死を覚悟したから、娘を思い出の場所に連れてきた。温かいエピソードのはずが、不意に押し寄せる死との距離感に胸が締めつけられる。

「治療を受け始めたら、俺はもう癌と戦うだけの人になっちゃうんだ。それでさ、1年や2年生きたってなんの意味があるんだろう。それだったら、俺は残り3カ月、仕事をしていたい。やり残したことを思いっきりやりたい。お前の父親でいたい!」

雅彦にとって自分らしい人生とは、大好きな仕事を一生懸命やること。そして、瞳の父親でいることだった。娘のことをなにも考えずに死を受け入れたわけじゃない。大切な娘のことを考えて、雅彦は死を受け入れた。病院のベッドで管につながれながら痩せ細っていく姿ではなく、最後まで陽気に笑っている姿を、娘の記憶に残したかった。それが父親として雅彦にできる最後のことだった。だから、治療を拒否した。

その愛が胸に沁みて、溢れたものが涙となってこぼれ落ちる。なんて優しくて、なんて切ないシーンだろう。もしも自分が雅彦の立場だったら、瞳の立場だったら、どうするのか。考えて、考えて、考えるけど、きっと雅彦と同じ選択をしたと思うし、瞳と同じように父に少しでも長生きしてほしくて悪あがきすると思う。そこに自分ごとのようなリアリティがあるから、ついのめり込んで観てしまう。父娘の姿に、自分の家族を重ねてしまう。

『春になったら』は、家族のぬくもりを思い出させてくれる、普遍的なホームドラマだ。

瞳が一馬を好きになったのは、雅彦と似ているから

瞳と一馬の馴れ初めも明かされた。自身の不用意な発言から妊婦の夫に訴えられかけた瞳。誠実に向き合ったつもりが、逆に怒りの標的となる。傷ついた瞳の心を救ったのが、一馬のネタだった。

「ドンマイドンマイ。僕は好きだよ」

確かにあんまり面白くないと思う。でも、こんなふうにどんな自分もまるごと受け止めて肯定してくれる機会が、大人になったらどれだけあるだろうか。頑張っても、一生懸命やっても、報われないことのほうが多い。大人になったら、なんでもできて当たり前で、むしろそれ以上を求められて、必死に応えようとしているうちに、気づいたらヘトヘトになっている。できない自分が、嫌になっている。

そんなときに「ドンマイドンマイ。僕は好きだよ」と言ってもらえたら、どんなに救われるだろうか。この世界に今必要なのは、そういう優しさなんだと思う。

そして、第2話を観て気づいたのだけど、雅彦と一馬は似ている。「信じるよ、お前に辛いときがあったことも、あいつの芸に救われたってことも、信じる」とカメラの前で言う雅彦と、ステージで「ドンマイドンマイ。俺は好きだよ」と一本調子に話す一馬が、不思議と重なった。容姿も違うし、性格も違う。だけど、根底にある優しさが雅彦と一馬は似ている。

病院に勤めていたとき、瞳がいちばんキツかったのは、心を尽くしてケアしていた妊婦夫婦から訴えられたことじゃない。もちろんそれも悲しかったけど、それ以上に誰も味方をしてくれなかったことが、瞳を追いつめたんだと思う。病院に迷惑をかけるな。冷たく突き放された瞳は、きっと自分が物みたいに思えたんじゃないだろうか。せめて誰かに気持ちはわかるよと言ってほしかった。人と心で向き合う瞳だからこそ、心のない言葉が余計に鋭く突き刺さった。

それに対し、雅彦も一馬も「信じるよ」「好きだよ」と両手を広げて味方になってくれた。雅彦とよく似ているところがあるから、瞳は一馬を好きになったんじゃないかな。どんなときも味方になってくれる人。それが、家族なんだと思う。

「伊豆に行く」という死ぬまでにやりたいことリストを、これで雅彦はひとつ叶えた。こうやってひとつずつリストを達成しながら、父娘は残りの3カ月を過ごしていく。きっといずれこのリストに「瞳の花嫁姿を見る」も加わることになるんじゃないだろうか。それが、間に合うのかどうか。想像するだけで胸が苦しい。

一方、瞳の周辺の人物たちのドラマも少しずつ動きはじめている。岸圭吾(深澤辰哉)が瞳に片想いしているように、どうやら⼤⾥美奈⼦(見上愛)は岸に片想いをしているらしい。一方通行の矢印は、父娘のドラマに何をもたらすのか。岸が葬儀屋の職に就いている以上、いずれやってくる雅彦のお葬式に岸が関わってくると見ていいだろう。岸と美奈子の3カ月にも注目したい。