『厨房のありす』門脇麦“ありす”にしか作れない料理が永瀬廉“倖生”の心を解きほぐす

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『厨房のありす』門脇麦“ありす”にしか作れない料理が永瀬廉“倖生”の心を解きほぐす

「料理は化学です」が口癖の自閉スペクトラム症(ASD)の天才料理人・八重森ありす(門脇麦)は、その特性から頑固でこだわりが強く、音や光、人との距離感に非常に敏感で他人とのコミュニケーションは苦手。しかし彼女にとっては料理こそが自らの世界を守ってくれるお守りであり、表現方法であり、人との距離を縮め繋がりを感じさせてくれる強力な架け橋になっている。

厨房のありす』(日本テレビ系、毎週日曜22:30~)第1話では、そんなありすが店主とキッチンを務める人気店「ありすのお勝手」に流れるなんとも心地良い空気感がそのまま描かれた。

決まったメニュー表はなく、客の好き嫌いや体調に合わせありすが即興で献立を考える「ありすのお任せ料理」メニューのみの提供も、今やれっきとしたお店の強みとして機能している。これもホールを担当する親友の三ツ沢和紗(前田敦子)との試行錯誤の末、辿り着いたありすの弱みをカバーすると同時に強みを最大限に発揮する独自システム。それはまるで食材に含まれる栄養素について化学式を用いて語り、それぞれの素材が最大発揮され引き出される組み合わせを提案しようとするありすの料理とも通ずる。ありすからお客一人ひとりへの愛情が美味しそうな湯気と共に充満し立ち上っている。誰かがたった一人自分のためにこだわり手間をかけてくれることに、そして言葉に出していない小さな変化や違和感を見逃さずにキャッチしてくれることにたまらなく安心する人は多いのではないだろうか。

“自分を、その頑張りを無視せず見てくれている人がいる”ということはとてつもなくありがたいことだ。「ありすのお勝手」に住み込みバイトとして応募してきた謎の青年・酒江倖生(永瀬廉)のように、その“たった一人、自分のためだけ”に作られた“やさしい手料理”に触れ、思わず涙が込み上げてくる人がいるのも頷ける。自分に手間暇をかけてくれる人の存在によって、自分のことを蔑ろにしてしまっている節があることに、“ご自愛”が足りていないことに気づかされることがある。

痛みを乗り越えていないありすが教えてくれる “普通のきみは素晴らしい”

スマホを覗けば自分よりも頑張っている人も、自分よりも辛い思いを吐露する人にもすぐにたどり着けてしまう今、それは自分の悩みを必要以上に矮小化させてしまい、素直に打ち明けにくくする無言の圧にもなり得る。無理やり我慢を強いてしまいかねない危うさもある。そして目を見張るような才能に恵まれた人の、あるいは数奇な運命を辿る人の特別な日常にも簡単にアクセスできてしまえるからこそ、わかりやすく誰とも被らない特徴的な個性が求められているかのように思えてしまう。天才ばかりが特権的に見えて、なんだか普通であることに絶望してしまったり、やけにつまらないものに思えてしまったりすることだってあるかもしれない。

だからこそ、和紗の息子・銀之助(湯本晴)の「どうせ俺は普通ですよ」に反射的にありすが返す「普通は素晴らしいです。普通はすごいことです。普通の銀之助さんは素晴らしいんです」という言葉が取ってつけたかのようなありふれた言葉としてではなく、やけに真っ直ぐストンと胸に響く。“天才”というのは、言い換えれば“こうしか(この方法でしか)生きられない人”とも言い換えられるかもしれない。本人が望むと望まざるとにかかわらず、その不自由さの中で紙一重とも言える“天才”側に選ばれてしまったありすの苦悩も無視せずに描かれ、大人になれば“乗り越えた”と錯覚してしまうような悩みや弱さをそのまま泣きそうになりながらこぼす彼女の姿は、嘘がなくより子供には新鮮で信頼できることだろう。

そして人間誰しも一人では生きていけず、周りにいてくれる人のおかげで生かされているという、ある意味天才だろうが凡人だろうが皆に共通する普遍的な真理を心強く教えてくれる。ありすの特性をよく把握しながらも変な遠慮や線引きは一切なしに当然のこととしてツッコみ、制止する和紗然り、幼いありすのことを引き取り自分の娘として愛情いっぱい育ててきてくれたゲイの父親・心護(大森南朋)然り。そして、ボヤ騒ぎで過去のトラウマが呼び起こされたありすの混乱ぶりを目の当たりにして、一度はその衝撃に咄嗟に“なかったこと”にしようとしてしまったものの、改めて彼女と向き直そうとする倖生も。誰しも互いに影響を及ぼし合いくっつき変化する化学変化、化学反応のように“たくさんの人たちのおかげでようやく生きていける”。その中で自分を見つけられる。

第1話から盛り込まれた気になるありすの過去と“お母さん”の存在

さて、気になるのは「母親は事故で亡くなったんだ。ありすは覚えてないみたい。まだ小さかったから」という心護の言葉とは食い違うありすの記憶だ。心護の元勤務先でもある大手製薬会社・五條製薬のCEOの娘・五條蒔子(木村多江)が映る映像を見てありすは思わず「お母さん」と呟いていた。夫・誠士(萩原聖人)との会話によると、25年前に起きた火事がきっかけで蒔子は入眠剤の開発に着手したらしい。そしてありすが心護に引き取られたのが3歳の時、現在彼女は28歳のため彼女の記憶に強烈なトラウマとして刻まれている火事も同じく25年前に起こったと考えられる。心護が五條製薬を去り大学の研究室に戻ったのも25年前だ。この火事が何を大きく変えてしまったのだろうか。

そもそも倖生がありすの店で働き始めたことにも目的があるようで、そこには彼女の出生の秘密が関わっているようだ。倖生が心護の勤務先の大学でバイトをしていたのもきっとたまたまではないのだろう。

あれだけありすに甘く優しい心護からラストは信じられないほど低く冷たく頑なに何かを拒む声が発せられたが、一体彼らにはどんな過去と因縁があるのだろうか。

文:佳香(かこ)