『下剋上球児』が証明する、キャスティングにとって知名度より大切なこと

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『下剋上球児』が証明する、キャスティングにとって知名度より大切なこと

いいドラマは、いつの間にか登場人物を役名で呼んでいる。彼らのことがいとおしくて、できればあの輪の中に入りたい。せめて、彼らが泣いたり笑ったりしているのをいつまでもそばで見守っていたい。そんな気持ちにさせてくれる。

それが、いいドラマの条件だとしたら、日曜劇場『下剋上球児』(TBS系、毎週日曜21:00~)は間違いなくいいドラマだ。翔くん(中沢元紀)、根室くん(兵頭功海)、椿谷(伊藤あさひ)、壮磨(小林虎之介)、久我原(橘優輝)、楡(生田俊平)。気づけば、彼らの名前がすらすら出てくる。彼らの夏をもっともっと見ていたいと願っている。

その願いは、届くのか。いよいよ運命の準決勝が始まろうとしていた。

いつか大人になったとき、この瞬間を青春と呼ぶのだろう

「負けたら終わりや。俺たち3年、即引退やで。次の日からもうユニフォーム着られへんのやで」

3年生6人が並んで帰った夏の夜道。その光景を見ながら、なんだか鼻先にツンと痛みがこみ上げてきた。胸が酸っぱくなるような郷愁。本気で部活をやった経験がある人なら、きっと一度は感じたことがある「もっとみんなで部活をやっていたい」という想い。記憶の彼方に置いてきた切実な衝動が、彼らを見ていると甦ってくる。

ついさっきまでは自信満々な顔をしてご飯を平らげていたのに、あの喧騒が嘘みたいに夜道は静かで、潮騒がやけに耳にこびりつく。体育祭の前日の夜のような、文化祭準備で遅くまで残った日の帰り道のような、高揚と、緊張と、寂しさと。いつか大人になって振り返ったとき、まさにこの瞬間を青春と呼ぶのだろうと思えるような、儚くてセンチメンタルな空気が、6人の間に流れている。

この実在感こそが、『下剋上球児』の魅力なんだと思う。画面の中にいる彼らは俳優で、演じているのは役で、それらはすべてつくり話でしかないのに、本物の青春を覗き見させてもらっているとしか思えない。だから、つい自分の学生時代までフラッシュバックして、余計に胸が苦しくなる。

下剋上を起こすなら、向かい風の方がいい

順調に勝ち上がってきたザン高野球部は、格下相手に思わぬ苦戦を強いられるも、培ってきた地力で撃破。ベスト4へと駒を進める。準決勝の対戦校は、強豪・星葉高校。翔にとっては、かつての志望校であり、同じクラブチームの仲間だった江戸川快斗(清谷春瑠)や児玉拓海(羽谷勝太)が在籍している因縁の相手だ。

2年前は、太刀打ちできなかった。今度こそ、自分の手で勝利をもぎとりたい。だけど、運命はいつもいちばん大事なところで努力を裏切る。南雲脩司(鈴木亮平)が先発に指名したのは、根室。翔はスタメンに入れなかった。

「1日でも多くアイツらに野球をやらせてやりたい。勝たせたいんですよ」

目を潤ませながら、そう力説していたのは、他ならぬ南雲だ。今までチームを引っ張ってきた翔を外すことに胸が痛まなかったわけがない。でも、勝つためには時に残酷にならなければならない。

かつて自らが高校生だった頃、恩師の賀門英助(松平健)は勝利のために、謗りを受けるような作戦をとった。その役目を今度は自分が買う番だ。青臭い高校生だった南雲は、正々堂々とプレイがしたいと賀門に背き、勝利を逃した。翔らに同じ轍を踏ませるわけにはいかない。非情に見える南雲の選択は、優しい南雲だからこそとった選択でもあった。

スタメンから外れたのは、翔だけじゃない。キャプテン・椿谷も下級生にその座を奪われた。入部したての頃は試合に出ることすら怯えていた椿谷が、2年経って、名前を呼ばれないことに目を赤らめる。それだけ必死に頑張っていたことを僕たちも知っているから、悔しさを噛み殺す椿谷の表情に、自分まで唇を噛んでしまう。

一緒にやってきた3年生たちも、南雲の采配に戸惑いを隠せない。だけど、不思議だ。周囲の心配をよそに、当事者である翔や椿谷の方がずっと冷静に現実を受け止めていた。そして、自分のやるべきことに目を向けていた。

「明日はどうしても勝ちたい。だから、俺にやれること考えます」

子どもたちと一緒にいると、時折驚くほど大人びた顔を見せることがある。あのときの翔は、まさにそんな顔だった。試合に出られないわけじゃない。絶対に自分の力を出せるときが来る。そのために最善の準備を尽くす。

悔しさもやりきれなさもすべて振り切るように、一心に素振りをする翔。必勝祈願をする久我原と楡。豪快にバットを振る壮磨。黙々と盗塁の練習をする椿谷。気持ちを集中させるようにストレッチに励む根室。みんな考えていることは、ひとつ。絶対に勝ちたい。

耳元に流れるは、星葉高校の応援歌。なんだかんだみんな先生の言いつけをよく守っている。調子に乗りやすいのが玉に瑕だけど、素直なところは1年生の頃から変わらない。下剋上を起こすなら、向かい風の方がいいだろう。「残念」のザン高は、アウェイでこそ輝くのだ。

『下剋上球児』というドラマそのものが、下剋上だ

これだけ高校生たちのドラマに没入できるのも、彼らに既成のイメージがほとんどついていないことが大きいと思う。学園ドラマは新人輩出の場ではあるが、先クールの『最高の教師 1年後、私は生徒に■された』(日本テレビ系)の芦田愛菜のように、メイン格には知名度の高い俳優がキャスティングされるのが常だ。

しかし、『下剋上球児』はあえてそうしたスター的存在は投入しなかった。強いて言うなら、兵頭功海、伊藤あさひ、奥野壮の3人はニチアサファンにとってはおなじみだし、菅生新樹菅田将暉の弟として以前からよく話題になっていた。が、あくまで若手俳優に詳しい人なら知っているという程度で、本作で彼らのことを初めて知った人も多いはずだ。意地悪に言えば、キャスト発表の段階でいささか顔ぶれが弱いなという印象すらあった。

けれど、そうした知名度や実績を度外視したキャスティングだったからこそ、中沢元紀は「翔くん」だし、兵頭功海は「根室くん」なのだ。TBSが誇る看板枠で、こうしたポテンシャル重視のキャスティングは賭けだったと思う。でも、GP帯の連ドラ枠で最も数字が期待される日曜劇場でやったからこそ価値のある賭けだとも思う。

連ドラ枠が一気に増加し、何クールも連続で出演する俳優が続出するなど既視感のあるキャスティングが頻発している。人気のある俳優にオファーが殺到するのは、ごく自然なこと。だけどその一方で、視聴者が求めているものは、まだ見たことのない出会いだ。数字が見込めるからではなく、その役に合っていれば無名でも抜擢する。今で言うなら、朝ドラ『ブギウギ』の黒崎煌代のような、大胆かつ斬新なキャスティングに出会うと、胸がワクワクする。

そんなチャレンジをNHKだけでなく、民放でもしてくれたら、日本の連ドラにうっすらと漂う停滞感を打ち払う突破口になるだろう。『下剋上球児』はその勝負に先頭に立って挑んだ。オールスターのドラマもいいけど、新星だらけのドラマもまた素晴らしい。下剋上を起こすのは、ザン高野球部だけじゃない。『下剋上球児』というドラマそのものが、下剋上だ。

いつかこの泥だらけのルーキーたちが飛躍し、日曜劇場で主演を飾れるような俳優になったときこそ、このドラマの真価が証明されるだろう。と、遠い未来に想いを馳せるたくなるけど、まだ時期尚早。今はただザン高野球部の戦いの行方を見守りたい。

そこにあるのは、今この一瞬だけ放つことができる青春の輝きだ。

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