なぜ杉本哲太“田中”はオープニングにいない?『ペンディングトレイン』の謎を考察する

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なぜ杉本哲太“田中”はオープニングにいない?『ペンディングトレイン』の謎を考察する

もしも自分があの消えた電車の乗客の一人だとしたら、どちらについていきたいだろうか。

態度は悪いけれど、ちゃんと現実を見据えている萱島直哉(山田裕貴)と、人はいいけれど、理想論すぎる白浜優斗(赤楚衛二)。それはまるで自分の中にある天使と獣のせめぎ合いのようだった。

この極限状況で、人は天使になるか? それとも獣になるか?


常軌を逸した行動で、電車内に不和をもたらす田中弥一(杉本哲太)。彼をこのまま置いておくか。それとも追放するか。乗客の間で多数決が行われる。みんなの安全のために田中を置いていけないという直哉と、過ちを許し、みんなで力を合わせて乗り越えていこうという優斗。最後の一票を託された畑野紗枝(上白石萌歌)が選んだのは、優斗だった。

電車から追い出されたら、田中はこのジャングルで生き残るなどできない。つまり、この多数決は田中の生き死にに直結する。人の生殺与奪を自分たちで決める。そのエゴイスティックな残酷さにぞくりと寒気が走る。今、彼らが生きているのはそういう場所なのだ。

令和の日本で、8時23分の電車に乗って会社なり学校なり行く場所のある生活をしている人たちにとって“生き死に”をリアルに感じる場面は正直あまりない。昨日と同じような今日があり、今日と同じような明日がある。その当たり前が突然崩れ去ることなんて誰も想像すらしていない。

でも、ここは違う。人は3日水を飲まなければ死ぬ。“生き死に”がすぐ目の前にある。だから、本音がむき出しになる。少し髪もベタつきはじめた彼/彼女らに、天使のように振る舞う余裕はもうない。獣にならなければ、生きてはいけない。自分たちの生活を脅かす危険性を持った者を排他したいという感情は、極めて自然な防衛本能だろう。

だが、優斗は天使の道を選ぶ。理性を保ち、話し合って解決しようと訴えかける。信じることこそが解決の道だと考える優斗と、疑うことが身を守る術だと主張する直哉。どちらも間違ってなんかいない。“生き死に”を前に必死なだけだ。

だからこそ、紗枝が優斗を選んだことに直哉は少なからずショックを受けたようだった。結局、自分は報われない。誰も自分を信じてくれない。身を粉にしながら育てた弟は非行の道に走り、ネットで実名を晒されている。その場から離れた直哉の少し投げやりな顔は、どうせこうなるというままならぬ現状を重ね合わせているように見えた。そんな直哉に紗枝は言う。

「だって萱島さんはどういう人かわからない。誰のことも信じてないから従うのは怖いですよ」

誰かに信じてもらうには、まずその人を信じること。自分が何を抱え、何を考えているのか、開示すること。その場で思いついただけの出まかせを信じ込み、存在もしない亡き恋人のために紗枝は花を手向けてくれた。あのとき、「バカじゃないの」と鼻で笑いながら、直哉が本当のことを話したのは、紗枝が自分を信じてくれたことがうれしかったからだ。信じてくれたから、信じようと思った。孤立する直哉は、初めてあの電車の中で他者と関係を結ぶことができた。

この極限状況は、直哉がもう一度、信じる心を取り戻すためにあるのかもしれない。

田中は最後まで生き残れないのかもしれない…?


一方、もうこの世界に人類は存在していないかもしれないと知った乗客たちは、絶望に打ちひしがれる。その中でとった行動は、大切な誰かにメッセージを残すこと。寺崎佳代子(松雪泰子)は夫と娘に、米澤大地(藤原丈一郎)は家族と友人に。家出をするつもりだったという佐藤小春(片岡凜)も両親を恋しがり、世の中に対して斜に構えているように見える渡部玲奈(古川琴音)でさえ顧客の写真を見て感傷に浸った。すべてをなくしたとき、人は大切なものに気づく。

だが、この状況でなお誰にメッセージを残したらいいのかわからない者もいる。家族とうまくいっていない田中は、居心地悪そうに肩を狭めるだけだった。この謎の荒野に飛ばされたとき、田中は自由になれたことを喜んでいた。そんな田中がもう一度家族のもとへ帰りたいと思える日は来るのだろうか。

気になるのは、オープニングタイトル。電車に乗った直哉たちは、車窓の向こうに何かを見つけたように顔を輝かせる。泥だらけの顔は、このサバイバル生活を生き残った乗客たちの未来を彷彿とさせる。だが、その中に田中の姿はない。もしかして田中は最後まで生き残ることができないのかもしれない。

実際、第2話のラストで田中の背後に謎の人影が迫っていた。まさか田中は何者かに襲われ命を落としてしまうのか。その直前、田中の頭上からペットボトルのキャップが落ちてきた。あれは、電車がタイムスリップするときに消えたキャップだろう。そう言えば、そのすぐあとに車内でサラリーマン風の男性が消失した。あの男性はどこへ行ってしまったのか。田中の前に現れた人影が、その男なのか。あるいは一緒に行方不明になった6号車の乗客か、はたまたあの荒野の要塞に住む未来人か。だとしたら、田中は未来人にさらわれるという展開もあり得る。

そもそもこのタイムスリップの発生する要因はなんだろうか。なぜ5号車と6号車だけ消失したのか。しかも、車内にいた乗客だけでなく、車外にいたであろう自動販売機の補充員までタイムスリップに巻き込まれている。発生の条件と範囲に規則性が見られないところが引っかかる。

キャップが落ちてきた方向を見上げると、空には緑色のオーロラが。オーロラ×タイムトラベルと言えば、名作『オーロラの彼方へ』が連想されるが、あの映画のようにオーロラがタイムトラベルの発生条件に関わっているのだろうか。第1話でチラリと見えた緑色に光る石と何やら共通点があると考えてもいいのかもしれない。

また、北千住駅前で発生した殺人事件との関連性も今後の展開の鍵となりそうだ。江口和真(日向亘)は何かを知っているようだったが、和真と小春が家出をしようと思ったことと何か関係があるのだろうか。

消えた電車の謎は観る者を巻き込みながら、さらにスピードを上げようとしている。

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