【そこまで言って委員会】日本の開戦はなぜ止められなかったのか?あらためて考える!

公開: 更新: 読みテレ
【そこまで言って委員会】日本の開戦はなぜ止められなかったのか?あらためて考える!

1945年8月15日に終戦を迎えた第二次世界大戦。それから78年が経つ今年、世界は新たな火種を抱え、過去をあらためて振り返る時かもしれない。特に各国指導者についてはもう一度学んでおきたい。8月13日放送の「そこまで言って委員会NP」では、ヒトラー、スターリン、チャーチル、毛沢東といった当時の各国指導者の謎を議論した。最後に取り上げたのは、昭和天皇。マッカーサーも敬服した昭和天皇についての議論は、竹田恒泰氏(作家)の独壇場となった。

まず井沢元彦氏(作家・歴史家)が日独伊三国同盟について竹田氏に疑問をぶつけた。
「昭和天皇は、イギリスに非常に親近感を持っておられて、確か皇太子の時に訪問した。イギリス王室とも深いつながりを持つだけではなく、国益に関してかなり冷静な判断ができる方。やっぱり後から見ると、大日本帝国滅亡の最大の分岐点は日独伊三国同盟、特にドイツと同盟を結んだこと。ヒトラーは、ドイツ国民も熱狂的にしたが、 日本も熱狂させた。最初は勝って勝って勝ちまくって、本当に世界征服する勢いだった。でも昭和天皇は勢いに幻惑されるような方とも思えない。どうして同盟を認めたのか。竹田氏に聞きたい。」

指名を受けて竹田氏が滔々と述べる。
「なぜ昭和天皇が三国同盟を認めたのかとの疑問は他の皆さんと共通するところがあり、なぜ戦争を始めるのを認めたのか、なぜもっと早く戦争を終わらせなかったのか、ともつながる。昭和天皇は常に戦争を嫌い、戦争を起こさないこと、戦争を早く終わらせること、 そしてドイツに関する嫌悪感も当時の首相に相当言っていた。全部同じ答えになるが、天皇は非政治的。大日本帝国憲法下で天皇は政治的な発言、政治を動かすことを一切禁止されている。政府が決定した国策事項を天皇が覆したことは、明治以来1度もない。議会や内閣が決めたことを、君主がノーと却下することをベトー(veto、 拒否権のこと)というが、イギリスだって何百年も行使されたことがない。天皇がダメだと言って、裁可しないなんて、そもそもあり得ない。唯一できたのが、開戦の準備を優先しようとなった時に、ポケットから明治天皇の御製(天皇が書いた和歌)をお取り出しになって、『よもの海』(日露戦争開戦前に明治天皇が詠んだ歌)をお読みになった。戦争に反対だと言えないから、私はこの明治大帝の思いをいつも心にしていると、御製を読むのがもうギリギリ。それで皆が陛下は開戦に反対だと悟って、もう1回ゼロから考え直すステップを踏んだ。」

さすがと言える竹田氏の弁を論客たちも聞くしかない。

「開戦の時の状況で、よく軍が暴走と言われるが、軍以上に前のめりになっていたのが政府。そして政府以上に前のめりになっていたのが新聞。」

用意してあった当時の新聞を読み上げる。
「昭和16年10月17日付の朝日新聞の社説。“国民の覚悟はできている、ひじきの塩漬けで国難に処せんとする決意はすでに立っている、待つところは進めの大号令のみ”。なぜアメリカに攻め込まないのかをガンガン新聞が書き立てて、民衆がそうだそうだとなってしまった。冷静に判断していたのは昭和天皇だけ。ところが、もしここでベト、つまり却下してしまったら必ずクーデターが起きる。ベトをしたら内閣総辞職。当時は、軍部大臣現役武官制という悪しき制度があって、陸軍大臣、海軍大臣は必ず現役の軍人でなくてはいけない。つまり、陸軍省、海軍省が大臣を出さなかったら組閣不能。組閣できないまま憲法体制が止まって、無茶苦茶な軍事政権ができたまま戦争にもつれ込んでは、誰もコントロールできない。そのように昭和天皇が戦後書いてらっしゃる。だからこそ最後、東条英機を内閣総理大臣に任命した。天皇のご意向を受け取ってちゃんと和平交渉ができる人、 そしていざ妥結しなかった時には軍を統率できる人、これは東条しかいないということで、“虎穴に入らずんば虎子を得ずだね”と昭和天皇がおっしゃったという。この人事を決めたのは木戸内大臣だった。」

立板に水の如くしゃべる竹田氏に、宮家邦彦氏(立命館大学客員教授)が口を挟む。
「おっしゃる通りだが、1つだけ付け加えると、新聞が煽ったのは結果だ。それまでに至る政策の失敗や優柔不断等々の結果であり、あれは民意だ。民意を新聞が書いてるだけ。そこに追いやってしまった責任は、政治家は当然負うべき。」

番組議長・黒木千晶アナが最後に、この日、久々の出演で番組前半の議論をリードした舛添要一氏(国際政治学者)に、あらためて私たちが学ぶべきことを聞いた。

「今ウクライナで現に戦争が起こっていて、核兵器を使う可能性だってゼロじゃない。78年前の終戦の時を思い起こして、なぜ今から見ると馬鹿な戦争をやったのか。その原点で言うと、なぜ民主主義が独裁に敗れたのか。私もこれを追求してきてるが、ぜひ皆さんにも考えてもらいたいと思う。」

舛添氏の発言を受けて、黒木アナがこう締めた。
「いろんな空気があって、いろんな判断の誤りがあって、恐ろしいことが引き起こされてしまった歴史を今日、ひもといてきたと思うので、 皆さんも終戦の日を平和の大切さ、戦争の恐ろしさについて考える日にしてほしいなと思います。」

竹田氏の熱弁には圧倒されたが、戦争の責任は政府にも軍部にもメディアにも、そして国民にもあったことがあらためて理解できた。誰かに押し付けるのでなく、自分たちが誤った判断をしないよう78年前を思い起こしたいものだ。