「ゴールのないマラソンを全力疾走で走っている感じ」”熱狂”で挑む!飲食業のカリスマ・松村社長の原点

テレ東プラス

歴史や校風、卒業生のネットワークまで、名門校の知られざる姿を通してその秘密に迫る「THE名門校!日本全国すごい学校名鑑」(BSテレ東 毎週月曜夜10時)。MCに登坂淳一角谷暁子(テレビ東京アナウンサー)、解説におおたとしまさを迎え、「名門とはいったい何か?」常識を打ち破る教育現場に密着する。

今回は「業界トップリーダーを生んだ名門校」をお届け。話題のトップリーダーたちは母校で何を学び、その体験をどう活かしているのか? 秘密に迫る。

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「株式会社DDホールディングス」の松村厚久社長は、高知県出身の54歳。飲食業界では奇跡と言われる"100店舗100業態"を達成し、現在は440店舗以上を展開。出店する速度、ストーリーを感じるコンセプト、「当たればチェーン展開」が定説の飲食業界で、松村さんはその常識に抗うかのように独自の世界を築き上げてきた。その生き方に、人は彼を「飲食業界のファンタジスタ」と呼ぶ。

実は松村さん、30代後半で若年性パーキンソン病を発症。体調は日々変化し、誰かの肩を借りなければ歩けない時も。思うように動かない体...それでも、グループ会社1万人近い従業員を引っ張り続ける。
成功の秘訣は、土佐の熱い風土が生み出した情熱と熱狂。なぜ松村さんは、ここまで人を惹きつけるのか。

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松村さんが創業した「DDホールディングス」の本社を訪れると、自らモデルを務める巨大ポスターが迎えてくれた。社員は「社長はとても優しい」「優しくてかっこいい」と口々に語る。

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多くの従業員に愛される一方で、経営判断は孤独。「熱狂宣言」を掲げ、生き馬の目を抜く飲食業界で、独り戦略を練り続けてきた。「止まれないんですよね。ゴールのないマラソンを全力疾走で走っているような感じ。病気になりましたけど、辞めるつもりは一切ない」と語る。
脂が乗った30代後半で発症した若年性パーキンソン病。「そんな状態で経営判断ができるのか」、株主総会で厳しい声が飛んだこともあった。しかし松村さんは、経営者として感情を表に出すことはない。

病気も経営も熱狂で克服する...。その半生を記録した「熱狂宣言」は、約10万部を売り上げて話題に。松村さんの日常を追ったドキュメンタリー映画は、「東京国際映画祭」にも招待された。

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監督は、五社英雄や北野作品などをプロデュースしてきた映画界の風雲児・奥山和由さん。「最初に松村さんにお会いした時、『この人を映画にしたい』と思った。彼は『なぜ、この病気を与えられたのか分からない。きっといつか分かる、意味がある』という考え方。松村さんのような人物が出来上がっていく背景や環境、強烈な絶望感やチャレンジ精神。それを映像にした時、人間の奥の深い希望みたいなものが見えてくるのではないか」と語る。

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幕末の志士たちの如く、苦境をはねのける生き様。松村さんがそれを学んだ母校「高知県立高知追手前高等学校」は、明治11年に開校した「高知中学校」を前身とし、140年以上の伝統を誇る県内有数の進学校。
「質実剛健」「文武両道」を校訓に掲げ、男女共学で部活動も盛ん。地元では「追手(おうて)」と呼ばれ、親しまれている。
卒業生には、第27代内閣総理大臣・浜口雄幸や、アンパンマンの原作者・やなせたかしさんなど。松村さんは高校時代を振り返り「思いっきり青春していた」と語る。

松村さんの青春時代は、松田聖子中森明菜などアイドル全盛期。当時のアルバムは、「青春」と呼ぶにふさわしい写真で埋め尽くされている。たくさんの友人に恵まれ、松村さんにはその時から、人を楽しませる才能があった。
サッカー部ではキャプテンを務め、リーダーシップを学んだ。しかし、入部の動機は「モテるため」だったそうで、同級生に話を聞くと、「男女問わず高校で一番の人気者。学校のいろんな情報を全部把握していた」とのこと。
「燃えちゅうかえ(燃えてますか!)」が口癖で、現在も掲げる「熱狂宣言」は高校時代から始まっていた。

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高知の実家にはその原点が残っていた。松村さんの母親は息子について「こうと決めたら絶対にやり抜く。とことんやり抜く。途中で絶対にやめない」と語る。
ありとあらゆるエンターテインメントに熱中した松村少年は、数え切れないほどのレコード、映画、本に触れ、プロレスの虜にもなった。実家の棚はレンタルビデオ店や図書館さながら。膨大な作品で磨かれた感性が、事業のアイデアに繋がっているという。

高校卒業後は日本大学理工学部へ進学。当時できたばかりの「サイゼリヤ」でアルバイトをし、飲食の面白さを知った。日焼けサロン経営で資金を貯め、2001年、銀座でオープンした最初の飲食店はドラキュラがモチーフ。多くのメディアに取り上げられた。

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その後も、ユニークな店名のレストランを数々出店し、本格的なカツオの藁焼きや土佐料理が楽しめる店など、独創的な人気飲食店を440店舗以上展開。2015年、松村社長率いる「DDホールディングス」は東証一部上場を果たした。

飲食店に逆風が吹く今、病を抱えてどう立ち向かうのか? 松村さんは「あまりにもコロナが強すぎて、自分の病気を忘れるところだった。神様は与えるものがキツイ。でも運命が大好きで、なぜここで出会ったかを考える。コロナで相当やられたし、負荷は同じようにかけられている。僕だったら越えられると思ったのかもしれない。高知県人はみんな、自分のことを坂本龍馬だと思ってる。こう! と思ったら聞かなくなっちゃう」と語る。龍馬が貫いた信念を受け継ぐ、高知出身の経営者。「絶対にあきらめない...」その象徴たるものが、社長室に飾られていた。

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ピンクのシューズは、病気を克服した暁に、ホノルルマラソンを走るためのもの。
「熱狂こそ最強の武器......」松村さんは、自らの生き様を母校の後輩たちに伝えている。
最後に「(高校は)青春のすべてですね。タイムマシンがあれば、1年生の入学式に帰って、3年間をオールリピートする人生を送りたい。誇らしい大好きな高校」と母校愛を語った。

番組では他にも、「世界から注目!チームラボ代表の原点とは?」「ビールシェア1位を奪回したキリンHD社長の精神」などをお届けする。

5月31日(月)夜10時放送! 「THE名門校!日本全国すごい学校名鑑」は、甲子園の名門"愛工大名電高校"強さの秘密に迫る。

愛工大名電といえば甲子園出場春夏合わせて21回、高校野球の超激戦区、愛知私学4強の一つとして君臨している。番組はイチローさんが3年間過ごした合宿所に潜入、総勢48人の共同生活とは?
そして甲子園といえば、アルプススタンドを彩る吹奏楽。全国一の実績を誇る愛工大名電吹奏楽部の教育法とは?
その他、科学技術の専門学科や、生徒が参加する「ロボカップ」の全貌にも迫る。

どうぞお楽しみに!