死別の悲しみと向き合うために。死別体験を分かち合い、癒し合う「生と死を考える会」とは?

テレ東プラス

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ある日、大切な人が亡くなったら、私たちはその死をどう受け止めれば良いのでしょう。それは誰もが直面する問題です。その答えを探るために、死別の悲嘆に苦しむ人たちへの支援活動を行っているNPO法人「生と死を考える会」に足を運びました。いったいどんな活動をし、生と死に向き合っているのでしょうか。理事長と事務局長のおふたりにお話をお聞きしました。

大切な人を亡くした遺族が訪れる『分かち合いの会』とは?

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──「生と死を考える会」の活動内容について教えてください。

理事長「主な活動は3つです。死別体験者が集まり話し合う『分かち合いの会』(月5回開催)、死別して1年以上経った遺族が多く参加し、今後生きていくための情報交換や相談をし合う『ひまわりの会』、医療、文学、哲学などの幅広い視点から生と死について学ぶことを目的にした『教養講座』の3つを開催しています。『教養講座』は死別体験者だけではなく医療関係や福祉関係の方も多く参加していますね」

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──「分かち合いの会」は、実名での予約制でしょうか。

事務局長「いえ。その日の気持ちで参加するしないを決めていただきたいので、予約は不要です。受付でお名前をお聞きしますが匿名でも構いません。その他にも、ご遺族が会に参加するにあたり、ハードルに感じてしまいそうなことは常々排除するように努めています」

理事長「大切な人を亡くしたばかりで辛く悲しい想いをしているご遺族のまわりには、困難につけこもうとする新興宗教や偽物の霊媒師などが近づいてくることもよくあるので。そういう人が入ってこないようにし、遺族が安心・安全に話せる場をつくることにも神経を使って運営しています」

死別の悲しみに寄り添い、癒すための支援活動"グリーフケア"

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──何故このような会がつくられたのでしょうか?

理事長「大切な人を亡くしたときに湧き出てくる悲しみや辛さ、『どうして』という怒りを話せる場がほとんどないからです。周囲からの『泣いてばかりいると成仏しないわよ』という励ましの言葉にも傷ついてしまったり、家族を心配させちゃいけないと辛抱してしまったり......誰にも話せないまま自分の中で感情を抑え続けた結果、心身の障害を起こしてしまう遺族が少なくありません。そこで死別を経験した者同士が感情を安心して共有し合い、少しでも自分の心を楽にしようとしたのが出発点です」

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──そもそもこの会を知ったきっかけは何だったんでしょうか?

事務局長「私は17年前に夫と死別したとき、心身が疲弊し心の病にかかってしまったと思い心療内科に行ったのがきっかけです。そこで『病気ではないんですよ。自助グループの集まりはご存知ですか?』と、この会を教えてもらいました」

理事長「この会で行われている"分かち合い"って、医療現場などでも行われているグリーフケアの一種なんです。グリーフは直訳すれば深い悲しみや悲嘆という意味で、大切な人を失ったときに起こる身体上・精神上の変化を指します。グリーフケアとは、その悲しみに寄り添い癒す支援活動のことで、一対一で体験を聞いてもらうグリーフカウンセリングや、分かち合いの会のように体験者同志が体験を話し合うグループワークなどがあります。日本ではまだまだ浸透していませんが、アメリカやオーストラリアでは、昔からグリーフを学問として研究してきたこともあり、グリーフケアはとても一般的なものなんです」

──体験を共有し合うことが、死別を受け入れ悲しみを癒すことに有効なのでしょうか。

理事長「一概には言えないと思いますが、喪失への適応を行う有効な術のひとつだと思います。私の場合、この『分かち合いの会』に出会ったことが大きかったので、遺族にとって必要な場です」

長年苦しみながら、涙すら流せない。死別を受け入れるまでの遺族の苦しみ

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──差支えなければ、可能な範囲でその当時のことをお聞かせいただけますか。

理事長「ある朝起きたら別室の妻がうつ伏せでベッドの脇に倒れていました。『どうしたんだ?』って抱き上げたら冷たくなっており、顔は血のりだらけ。救急車を呼んだら、『これは俺たちの仕事じゃなくて、警察の仕事だ』と言われ、2人の刑事が来て、遺体の前で尋問されました。後に解剖されて分かったのは、死因は『くも膜下出血』で私が発見した時には心臓が止まって10時間以上経っていたということ。

そういった体験から受けるショックをすぐには受け止められないんですよ。どこかで妻が生きているんじゃないかと理屈抜きに思ってしまうんです。しばらくの間は街に出て、妻と姿形が似ている女性を追いかけては、違う人だった...を繰り返しました。それから夜は眠れないし、どうにかしたくてユング、フロイト、ロジャーズなど、色んな心理学派の心理療法に片っ端から通って多額の費用を費やしましたが、それでも妻の死を受け止められない。そうやって試行錯誤を続けていた中で出会った人に、『遺族同士が集まる場があるから行ってみたら?』と言われて、この会に来ることになったんです。死別して5年くらいのことでした」

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──数年間もひとりで苦しまれていたんですね。

理事長「当時は上智大学の図書館で、月に一度の開催で、20人くらいが輪になっていたかな。覗いてみると、自分と年格好が同じくらいの男性が泣きながらみんなの前で話していたんです。『男だから泣くな』と育てられてそれが当たり前だと思っていたから泣けずにいたのに、目の前の男性はボロボロと泣いていて。それを見ただけで心の底から安堵感のような気持ちが湧いてきたのを覚えています。ずっとこういう風に泣きたかった、泣いていいんだなと、そのとき思いました」

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理事長「オーバーに聞こえるでしょうが、大切な人を突然失ったときに多くの遺族が思うのが『自分は世界で一番不幸になっちゃった』なんですよ。私もそうでした。でも自分以外にも、死別を経験した人がたくさんいるんだと知ったことで『世界一不幸なんて思っていたのはおかしかった』と気づき、それから妻の死を受け止められるようになり、日常を送れるようにもなりましたね」

事務局長「一度参加した方はその後も継続的に来られる方が多いですね。初回は悲しみで一言も発せられないまま、他の方のお話を聞いて終始涙を流されているだけという方もいますが、1年を通じて見るとみなさん表情や声の力強さなどが違ってくるんです。会議室が狭いので一回の参加人数は限られてしまうのですが、大切な人を亡くし苦しんでいる方がいましたら一度私たちのところに足を運んでみてくださいね。もしくは身近にそういう人がいれば、ぜひこの場のことを教えていただければと思います」

【取材協力】
NPO法人 生と死を考える会
住所:東京都千代田区神田駿河台1-8-11 東京YWCA会館2階 214号室
電話番号:03-5577-3935

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