愛する日本人祖母の遺灰と“里帰り”…孫YOUが奔走!東日本大震災で被災した親戚は今どこに?:YOUは何しに日本へ?

公開: 更新: テレ東プラス

日本を訪れる外国人たちを空港で勝手に出迎え、アポなしインタビュー! そのまま密着取材を行う「YOUは何しに日本へ?」(月曜夜6時25分~)。今回のテーマは、「苦手グルメ!25年振り再会!音信不通の親戚探し!ミッション:YOU:ポッシブルSP」。不可能を可能にするYOUが続々登場する95分で、はたしてどんな面白YOUに出会えるのか?

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空港で声をかけたのは、アメリカから祖母・テルコさんの骨を持参したというタイラーさん(40歳)。アメリカ人だった祖父と出会って渡米したテルコさんは、2022年に93歳で永眠。「アメリカに住んでいても国籍はずっと日本でした。きっと祖母は日本に帰りたかったんだと思う。骨を日本へ持ってくれば、魂が故郷へ帰ると思ったんだ。おばあちゃんの里帰りだよ」と、来日の深いワケを教えてくれた。

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親戚がいるのかと尋ねると、連絡先もわからないが、とにかく探して会いたいという。もしも会えたら、「(日本の)家族のお墓に入れてもらいたいんだ」。そこまでするのは、自分をかわいがってくれた祖母への恩返しだから。そこでついて行きたいと申し出ると、歓迎してくれたので密着決定!

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数日後、石巻市(宮城県)でタイラーさんに再会。メンバーは4人に増え、左からタイラーさんの叔母・シンディーさん(65歳/テルコさんの長女)、同じくメアリーさん(64歳/次女)、タイラーさんの弟だ。ここ石巻市が、テルコさんの故郷なのだそう。そしているはずの親戚は“石巻市の歯科医”、という情報のみ。当たりをつけた歯科医院へ、まずは向かってみることに。

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1929年に長女として生まれたテルコさん。父が戦死する6歳まで、石巻で家族4人(父・母・妹)で暮らしていた。その後一家は出稼ぎで仙台へ、テルコさんも米軍駐屯地で働き始めた。そこで当時アメリカ兵だったフランクさん(タイラーさんの祖父)の一目惚れで出会い、結婚。1949年に20歳で渡米することになった。しかし戦後のアメリカは反日感情が高まっていて、買い物に行けばレジで無視され、病院では後回しにされ、生きにくかったという。そんな時フランクさんは、もしもの時は日本に帰れるよう、日本国籍のままでいるよう勧めたそうだ。しかしテルコさんはアメリカでの生活を選んだ。嫁いでから73年、里帰りしたのは4回(最後は42年前)だった。そんなテルコさんが最も気にかけていたのが、2011年の東日本大震災で甚大な被害を受けた故郷だった。当時は親戚が心配で泣いていたというが、42年前に連絡先をなくし、親戚の安否を確認できなかった。はたして親戚は無事なのか…。

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一同がついに及川歯科を発見! ところが休診で閉まっている。向かいの旅館の方に聞くと、呼び鈴を鳴らしに行ってくれたが誰も出ない。ご主人の芳明さん(75歳)の携帯電話に連絡もしてくれたが、番号が変わっていて繋がらず。続いて息子・瑛明さん(40歳)に連絡すると、2階にいたようで話ができることに。出て来てくれた息子さんに、タイラーさんと担当Dらで事情を説明してみたが、テルコさんの話を聞いたことはないという。やはり親戚ではなかったのか…。

父・芳明さんに電話をかけてもらい、祖父の姪っ子がアメリカに嫁いだかどうか、1981年に一度帰国して来たかどうか聞いてもらったところ、なんとビンゴ!…ということで、親戚同士であることが判明し、タイラーさんたちは大感激だ。

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ちなみに歯科医院のご家族は、テルコさんの父方の親戚だった。

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すると瑛明さんが、仏壇に手を合わせていってくださいとご厚意で部屋に招いてくれた。元の仏壇は、震災で起きた津波に流されてしまったが、なるべく位牌をかき集め仏壇を再生した。シンディーさんが、「(震災の時)みなさんのことを母はとても心配していました。インターネットで犠牲者のお名前を調べたりして…」と当時のテルコさんの心痛を伝えると、瑛明さんは津波の時にはこの家の2~3階に両親が避難し、事なきを得たと伝えた。津波で亡くなった親戚はいなかったと聞き、一同はホッと胸をなでおろした。“おばあちゃん、みんな無事だったよ”。

そして仏壇にテルコさんの写真を置かせてもらい、静かに手を合わせた。ご近所の協力で引き合わせてもらえたことに感謝しつつ、この日は連絡先を交換しまたの再会を約束、ハグしてお別れした。まさに奇跡の出会い、本当によかったね!

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次は、いよいよテルコさんの母と妹が眠る埼玉へ。時期は不明だが、母・きみさんの遺灰は石巻から埼玉県草加市へ、妹・のり子さんの嫁ぎ先の墓に移されていた。草加の西光院に到着すると、さっそく墓前へ。「テルちゃん、お母さんと妹に会えたよ」と、墓石に遺灰を供える。手を合わせたタイラーさんは、独学で覚えた流暢な般若心経を唱え、テルコさんの冥福を心から祈った。2人は渡米したテルコさんを心配し、何度も手紙を送ってくれてたそうだが、約40年ぶりに再会することができた。

遺灰を持ってきてよかったと喜ぶシンディーさんは、「もし可能ならこのまま同じお墓に眠らせてあげたい…」と願う。半分をアメリカのお墓に、残りを日本のお墓に納骨できるのかと住職の妻・美恵子さんに相談してみると、5~6年前にもらった墓守の名刺の住所が変わってしまい、連絡が取れないのだとか。ただ墓には1年~1年半に1回はいらっしゃるので、お寺と番組スタッフが連絡を取り合い、状況がわかり次第報告してもらうことに。

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ということで、テルコさんはいったんアメリカへ。メアリーさんは、「骨をお墓に入れる時は、必ずここに駆けつけます」と明るい笑顔でお寺を後にした。密着はここまでだが、この後さっそく連絡が取れて、納骨する許可が下りたんだって! 納骨のため、近々来日するということだ。