「給料を払えない」と言われ…波乱万丈の芸能人生乗り越えた田中美奈子“幸せな現在地”

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90年代、華やかな美貌で一世を風靡した田中美奈子。アイドルとしてデビューした後、命を削るようなハードスケジュールをこなし、バブル崩壊で思わぬ苦労に直面。
伝説的大ヒットドラマ「もう誰も愛さない」(1991年)の悪女役が評判を呼ぶものの、その胸中は複雑だった…。
「テレ東プラス」は、これまで田中が歩んできた波乱の芸能人生からたどり着いた境地まで、話を聞いた。※前編はこちら

【動画】田中美奈子が出演!福島を舞台にしたドラマ「姪のメイ」

バブル崩壊で所属事務所がピンチに…


――1989年に「涙の太陽」でデビューした田中さん。当時は、ボディコンファッションに前髪を立てたロングヘア、時代を象徴するスタイルでファンを魅了しました。ご自身の中で、内面とのギャップはありませんでしたか。

「デビュー当時、夜遊びとか六本木のイメージが一人歩きしたのは、やはり少し嫌でした。『六本木に通ってるでしょ?』と言われると、『私が六本木にいるの、見たことあります?』とか、真面目に言い返したりして(笑)。元々アウトドアが好きなので、今はキャンピングカーで旅することもありますし、普段はTシャツやジーパン姿が多く、夜の街とはほど遠い生活を送っています」

――90年代前半は、「もう誰も愛さない」をはじめ、多くのヒットドラマに出演しました。

「『もう誰も愛さない』がヒットし、演じた役の影響で、今度は悪女のイメージがついてしまったんです。当たり役をいただいたのはありがたかったんですけど、その後しばらくは悪女役ばかり来るようになって、ちょっと苦しんだ時期はありました。本当はコメディーがやりたかったので、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』(1991~1993年)で、その願望を発散していました(笑)」

――アイドル時代、怒涛のスケジュールをこなしていた田中さんですが、バブルが崩壊し、大変な時期もあったそうですね。

「そうですね。忙しくしているうちにバブルが崩壊し、ある時、社長に呼び出されて『もう美奈子の給料は払えない。今後はレコード会社に世話になってほしい』と急に言われまして…。正直『えー!』って感じですよ(笑)。そこからがまた大変でした」

――長く芸能生活を続けていく上で、心がけてきたことはありますか?

「やはり、お仕事でご一緒する皆さんに“この作品に参加して良かった”と感じてもらうことが大切だと思っています。例えば炎天下でのロケで、エキストラの皆さんやスタッフさんが遠慮してお茶を飲めていないかも…と気づいた時は、積極的にお茶を運んで飲んでいただくことを心がけています。みんながフラットな関係でいられる、それがいい現場だと思うので」

――木ドラ24「姪のメイ」(深夜24時30分)で田中さんが演じる平田幸枝は、福島県に移住した主人公・小津(本郷奏多)とメイ(大沢一菜)を地域のコミュニティーに引き込む、面倒見のいい女性です。撮影では、明るい田中さんがムードメーカーだったのでは?

「キャストの中では私が一番年上だったので、みんなの距離感が近くなるようにということを心がけていたつもりです。でも、そんな心配はよそに、みんなあっという間に距離が縮まって、すぐに仲良くなりました。現場の雰囲気が作品にも出ると思いますし、良い雰囲気で作った作品は、必ず良いものになるはずですから」

記事画像▲ドラマでは、川田広樹(ガレッジセール)と夫婦役を演じる

毎日笑って過ごせる今が、とても幸せ

――芸能活動だけでなく、キャンピングカーのアンバサダーを務めるなど、田中さんのSNSを拝見すると、毎日が充実している様子が伝わってきます。お仕事とプライベートのバランスをどのように考えていますか。

「子育て中なので、今は仕事よりも子どもとの時間を優先させています。本当にやりたい仕事だったら、『この仕事、ママはすごくやりたいんだけど、どう思う? チャレンジしてもいいかな?』と、まずは子どもたちに相談します。『やった方がいいよ!』と言ってくれたら、『ありがとう。じゃあ帰れる時は、なるべく帰ってくるからね』と約束して…。子どもたちも、私が笑顔でいる方がうれしいと思うんですよね」

――子育てする上で、大切にしていることは?

「親である私の方から子どもたちに『ありがとう』『うれしいな』『愛しているよ』といった感情を言葉で伝えるようにしています。ハグやスキンシップも大切にしているかな。キャンピングカーで家族旅行をすると、ケンカをしてもみんなでくっついて寝なければならないので、おすすめですよ(笑)」

――素敵なご家族ですね!

「ご近所の皆さんからは“サザエさん一家”と呼ばれています(笑)。おじいちゃん、おばあちゃん、私たち夫婦、子どもたちの三世代、さらに夫の姉や妹もいて、大家族なんですよ。毎日ものすごく楽しくて、ご近所の皆さんとも仲がいいので、家の中はいつもにぎやかです」

――芸能界の厳しさを乗り越えてきた田中さんにとって、幸せとは?

「大きな家や素敵な家に住みたいという願望を持っていた時期もありましたが、そればかりが幸せじゃないということに気づきました。我が家は決して大きな家ではないけれど、みんなで笑ったり喧嘩したりしながら過ごすのが、一番の幸せ。これからも、家族の幸せを一番に…健康で暮らしていけたらいいなと思います」

【田中美奈子 プロフィール】
1967年9月12日生まれ。千葉県出身。NPO法人「Ever Lasting Friends」代表。
パラオ共和国親善大使、日本RV協会キャンピングカー親善大使
1989年、「涙の太陽」で歌手デビュー。超ミニスカートの美脚で「学園祭の女王」と呼ばれ、所属事務所が田中の瞳に1億円の保険を掛けたことで話題に。
俳優としても活躍し、ドラマ「君の瞳に恋してる!」(1989年)、「キモチいい恋したい!」(1990年) 、「もう誰も愛さないなど」(1991年)など、代表作多数。映画 「眠らない街・新宿鮫」にも出演。

(取材・文/伊沢晶子)