福岡のスター35歳にして東京進出するも「お二人が来る場所じゃない」と辛辣

公開: 更新: テレ東プラス

あちこちオードリー」(毎週水曜夜11時6分)9月6日(水)の放送は、博多華丸・大吉(博多華丸、博多大吉)が初来店。芸歴33年、いろいろありすぎた芸能生活の紆余曲折を語り尽くす!

【動画】博多華丸・大吉、芸歴33年を本人が解説

福岡のスターが35歳にして東京進出


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2人の出会いは福岡大学の落語研究会。かなり"ガチめ"の落研で、師匠=大学3年生の先輩につけられた芸名が、大吉は当時流行っていた映画「コマンドー」から"福々亭こまんど"、華丸はパーマヘアがヘアーサロンのモデルのような見た目だったことから“福々亭さろん”。お互い“さろん”“こまんど”と呼び合っていたそうで、最初につけたコンビ名は「さろこま共同体」だったそう。

在学中に芸能事務所からスカウトされ、紆余曲折あって福岡吉本の一期生に。明石家さんまのマネージャーをしていた所長のスパルタ教育に耐え切れず、初レギュラー番組のMCに抜擢された同期の期待の星・カンニング竹山が失踪。大吉によると「事務所はゆくゆくは竹山と華丸をコンビで売り出そうとしていた」そうだが、竹山がいなくなったことで唯一のコンビだった華大が重用されるように。2人がMCを務めたお昼の福岡ローカル番組が大当たりし、デビュー2年目、21、22歳にしてブレイク。一躍福岡のスターになった。

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東京進出を意識し始めたのは、芸歴15年目。すでに福岡ではあらゆる仕事を経験し、ドラゴンクエストで例えると「福岡中をもう回った。出てくるモンスターすら会釈する。宝箱を全部開けた。住民の話も全部聞いた」と華丸。30歳を迎え、「一度あの橋を渡ってみようかな」と、東京進出を考えるようなったという。

その頃、元福岡吉本だった同期のカンニング竹山と、後輩のヒロシが東京でブレイクしていた。福岡でのライブでヒロシと一緒の舞台に立った時、「博多駅から歩いて来たとです」と言っただけで大ウケしているのを目の当たりにし、華丸の顔色が変わる。

華大は博多弁を駆使し、地元ネタで笑いをとってきた。しかし、ヒロシは「来た“と”です」と“と”をつけただけで爆笑をとっている。

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「東京のフィルターを通すとこげん変わるんだ」と、35歳にして東京進出を決意。しかし、東京でのオーディションには片っ端から落ちてしまう。

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当時大人気だった「エンタの神様」(日本テレビ)のオーディションで、「子どもの頃から見てました、福岡で」という若いディレクターから「申し訳ないですけど、お二人が来る場所じゃないです」と不合格以上のことを言われてしまう。

当時は、彗星の如く現れたオリエンタルラジオが大人気で、世の中は原石を求めていた。「浅草キッド」のごとく"揃いのスーツ"でオーディションに参加した2人は、完全に場違い。華丸も「そりゃ、『エンタの神様』のパッケージには合わんよね」と振り返る。

しかし、翌年、「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」(「とんねるずのみなさんのおかげでした」の人気コーナー)で、華丸が児玉清のモノマネで初出場にして優勝! 東京でのブレイクのきっかけとなった。

若手時代の意外な交流


東京進出前から交流があった芸人の話も。福岡時代、おぎやはぎとバナナマンとは深夜番組で共演し、福岡に来るたびにおいしい店などを紹介していた。「2人が東京に来た時は、絶対にお礼させてください」と言われていたが、いざ東京に進出すると、「みんな目を逸らす」と大吉。中でも一番ヒドいのは…

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バナナマン・日村勇紀。「いまだに『今日、博多から来たんですか?』ってとぼけてくる」と明かし、一同爆笑!

しっかり約束を果たしたのは、おぎやはぎ・矢作兼。「あの頃、偉くなったら東京の良い寿司屋さんに行きましょうって言ったじゃないですか。今日それやりましょう」と、数年前に実現させてくれたのだそう。

その他、学生時代にスカウトされた事務所での東京進出未遂、福岡吉本での手探り時代、若林が「漫才の究極」と唸る博多華丸・大吉の漫才の作り方、2024年2月10日(土)福岡PayPayドームで開催する「博多華丸・大吉 presents 華大どんたく」についての話も。「ネットもテレ東」をチェック!

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